進化を続ける「江戸の粋」
聖徳太子の束帯に用いられたことでも有名な「組紐」は、飛鳥時代に仏教の伝来とともに、大陸から日本に伝わってきたとされている。
その後、日本独自の技法が確立。鎌倉時代には、鎧や刀といった「武具」にも使われるようになり、江戸時代後期には「帯締」がさかんに生産されたという。
龍工房の創業は、1889(明治22)年。御岳組、唐組、丸源氏組、冠組、駿河組、四ツ組、八ツ組など、100種類以上の伝統的な組み方を継承しながら、800年前の懸守、武具に使用された組紐の再現を行なうなど、今日まで130年以上にわたって、組紐の文化と技を守ってきた。一方で、ラグビーワールドカップ2019日本大会のメダルのリボンの制作をはじめとした新しい取り組みも積極的に展開している。
3度目となる舘鼻則孝氏とのコラボレーションでは、昨年生み出した独自の組み方で組まれた「角紐」を提供。江戸の粋を体現するかのように表と裏で色が異なっているだけでなく、60ミリピッチで正確に「結び」が入れられていることで立体的なテクスチャーとなり、独特の効果を発揮している。
その角紐を受け取った舘鼻氏は、2012年にオリジナルを世に出して以来、今日まで再現してこなかった、足の付け根まであるヒールレスシューズを制作。
昨年のヒールレスシューズとはスケールがまるで異なり、高さ80センチもある作品は、足の付け根から指先に向かって、人の脚がシームレスに靴に変貌していくような印象を与えるものであり、角紐の赤色と相まって、艶かしくもある。
片足だけで120列ほどの角紐が必要な作品となっており、龍工房の福田隆太氏と舘鼻氏が作品を完成させたのは、江戸東京リシンク展開催の直前だったという。
今回のコラボレーションについて福田氏に尋ねると、「集大成だと思っています」という短い言葉が返ってきた。
「結びという意味では、120×9=1080、120×8=960......合計2040カ所結んだことになります。これだけ結びの数が多いと、少しでもズレたまま作業を続けると、最終的には取り返しのつかないズレとなってしまう......。そうならないように、集中力を維持するのは大変でしたが、完成品を見たときは、これまでとは次元の違う、想像以上のスケールに、とにかく驚きました。これは私の勝手な解釈ですが、通常のサイズのヒールレスシューズとはまた違う、舘鼻さんの内面により近いフォーマットとなっているように感じています」
大きさだけでなく、「飾り結び」についても違いがある。前作は肉厚な「平紐」を使用し、ヒールレスシューズの前面で結んでいたが、今回は「丸紐」が採用され、後ろ側で結ばれている。前と後ろで、それぞれ違った印象を与えるという点でも、「組紐」は大きな役割を果たしているといえるだろう。
そのヒールレスシューズの展示場所は、東門からほど近い場所にある「唐門」。
1945(昭和20)年の空襲により焼失したあとは石段、石積み等を残すのみとなっていたが、2019年より復元工事が開始され、翌年に完成。その堂々たる姿は、前面に置かれたヒールレスシューズという作品の額縁のようでもあり、門というフレームによって切り取られた空間がそこには出現していた。
江戸東京きらりプロジェクトを通して「アート」に組み込まれることで、海外からの注目を一層集めている「組紐」。龍工房とのコラボレーションを求める声は以前にも増して増えているというが、福田氏は期待とともに危機感も抱いている。
「国内の養蚕農家さんの数は減少し続けています。そうした課題に対しての1つのアクションとして、多くの方のお力をお借りしながら、桑の葉を育て、生糸を生産し、商品を完成されるという一連の流れを小学生が学ぶことができる『江戸で養蚕の会』という取り組みを継続しています。そうした文脈において、ヒールレスシューズというすばらしい作品に正絹が使用されることは、業界として大きな意味があると考えています」
*本記事は、「江戸東京きらりプロジェクト」(2023年3月31日公開)の提供記事です。記事中の江戸東京リシンク展は、小石川後楽園で2023年3月11日~15日に開催されました。