カーリーヘア専門の美容師が人気の理由

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 東京は、外国人にとっても暮らしやすい多様性に富んだ都市になりつつある。 しかし、カーリーヘア(縮れ毛)などのクセ毛に応じたケアについては、外国人だけでなく、一部の日本人もいまだに不便を感じている人が多い 。
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 日本人は一般的に生まれつき直毛の人が多く、クセ毛を持つ人の中にはストレートパーマをかけたがる人がいる。また、カーリーヘアの施術を得意とする美容院も限られている。

 そんな社会の中でカーリーヘアスタイルの外国人にとって、松沢きよこ氏という美容師は救世主的存在として有名だ。都内の4店舗と同氏の夫がサンフランシスコで経営する店を行き来しているため、彼女のアポイントをとるには少々忍耐が必要だが、待つだけの価値がある。

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海外での経験がカリスマへの礎

 生まれ育った東京で美容師としてのキャリアをスタートした松沢氏は、約30年この仕事を続けている。だが、仕事を始めた最初の5年は、当時日本で人気のあった保守的なヘアスタイルにやりがいを見出せなかったという。「当時の日本の美容業界で流行しているヘアスタイルは、非常につまらないものに感じていました。私はまず英語を学び、他の国の美容師たちがどんな仕事をしているのか知りたいと思うようになったのです」と松沢氏は振り返る。

 1990年代のことだった。松沢氏はイギリスへ渡り、英語を学び、ロンドンにある世界的に有名なサスーン・アカデミーに通うことにした。「むこうの先生たちは、日本に比べて本当に斬新なヘアスタイルや髪の色をしていて、私はそのスタイルが気に入りました」

 帰国後の1999年に、同アカデミーで知り合った夫の大野道則氏とともにニペンジ恵比寿をオープンした。しかし、もっと美容師としての幅を広げたいと松沢氏は再びニューヨークへ飛び立つ。そして、そこでカーリーヘアの世界に足を踏み入れることになったのだ。

 「その後、私はニューヨークのヘアサロンDevaChanで働き始め、オーナーの一人ロレイン・マッセイ氏にカーリーヘアのカット方法を教わり、魅了されました」と松沢氏は振り返る。マッセイ氏は「カーリーガールメソッド」という、独自のカーリーヘアのためのカット法やケアメソッドを提唱し、本も出版するなど世界的に知られている人物だ。松沢氏は、現在もそのメソッドを実践している。

 「DevaChanでは、99パーセントの客がカーリーヘアだったので、毎日カットする機会がありました。1日に8人もの客が来店することもしょっちゅうでした」。その頃、松沢氏は自身の髪にもクセ毛があることに気が付き、以来自分の髪の手入れも同様の方法で行っているという。

 ニューヨークから帰国した松沢氏は、外国人であれ日本人であれ、東京に住む人々の役に立ちたいと、青山にカーリーヘアのケアに特化したヘアサロン、unsartoをオープンした。「お客さんにカーリーヘアをカットできる美容師として、私を知ってもらえるといいなと願っていました」

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自分自身の髪を愛そう

 unsartoである客に出会った。日本人とナイジェリア人のハーフであるアイリーン・エバデダンさんは、口コミで松沢氏の美容院を知り、初めて訪問したという。

 「実は、ここに来るまで、私は母親以外に髪をカットしてもらったことがなかったんです」とエバデダンさんは笑った。「母親は日本人だから不慣れでしたし、私も大変な想いをしていました」。東京に暮らす外国人が増え、エバデダンさんのケースのように、多様なバックグラウンドを持つ世代が増えてくると、松沢氏のような美容師のいる店はますますありがたい存在となるだろう。

 エバデダンさんは続けた。「東京の美容院を10軒以上回ったのですが、あなたの髪をどう扱えばよいかわからないと施術を断られました。とても悲しくなって、私は自分の髪に自信がなくなりました。私が変なのかな?おかしいのかな?と。でも、今は違います」エバデダンさんは自分の髪をカットしてもらえる店にようやく出会えたことに、興奮を隠せなかった。

 彼女のようなカーリーヘアの施術には時間を要する。松沢氏は、ほかの美容院のように髪を濡らしてからカットすることはせず、まず髪質をチェックしながら少しずつ毛先をドライカットしていく。その後、洗髪とトリートメントを行い、ヘアディフューザーなどを使ってカールが自然に形成されるようにゆっくり乾かす。それから丁寧に整え、完璧なスタイルに仕上げてくれるのだ。長さやカラーリングの有無にもよるが、1回の来店で3時間近くかかることはよくある。

 施術が終わるとエバデダンさんの髪は、タイトで艶やかなカーリーヘアへと変貌を遂げた。その仕上がりに、彼女は感激した。この客の喜ぶ姿こそが、松沢氏のやりがいなのだ。「自分の髪を好きになってほしいですし、自分の髪を大切にしてほしいです」と彼女は言う。松沢氏は、美容師という仕事はまずは適切なカット技術の習得から始まり、あとはシンプルに経験を積みながら(顧客のニーズに添った施術を)学んでいけばよいと信じている。

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日常のケアにも目を向けて

 特に、メディアに登場する日本の女優やモデルは、しなやかなストレートヘアをしているから、クセ毛の人が普通ではない気がしてしまうようだが、日本人でも一定数そのような髪質の人はいる。松沢氏は、こう分析する。「日本人は他の人と違うことを好まないので、ストレートヘアにしたがるのかもしれません。生まれつきクセ毛の人が少ないので、目立ちたくないのでしょう」

 しかし、現在は多くの日本人女性たちがストレートパーマをかける(そして、髪にダメージも与える)よりも、ありのままのスタイルを受け入れるようになり始めている。これは、SNSでさまざまな人が発信するようになったからだと松沢氏は捉えている。彼女は、カーリーヘアの日常のケアついても客に伝えることを心がけており、オリジナルのヘアケアブランドまでつくった。N Brandの製品は、硫酸塩、シリコンやパラベンを含まない。これらは一般的なシャンプーによく含まれている成分だが、髪を乾燥させすぎてしまう可能性があるからだ。「一般的な市販のシャンプーの多くは、髪から必要な油分を洗い流してしまうので、髪が乾燥するんですよ」と松沢氏は説明する。

 カーリーヘアは、トレンドやファッションのスタイルとは別次元で、それぞれの人の個性を表すものだ。カーリーヘアなどのクセ毛を否定するような美の基準だけに縛られず、それぞれの髪質や好みのスタイルに自信を持つべきだ。松沢氏は、あなたの髪を健康にするだけでなく、あなた自身を取り戻す手助けをしてくれる。

*本記事は、「Tokyo Weekender」(2023年1月11日公開)の提供記事です。

取材・文・写真/ローラ・ポラッコ
翻訳/上嶋ラムショウ里奈