カンヌ受賞のマレーシア人監督が、東京で得たチャンスと出会いとは?

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 東京都などが主催する、アジアの若手映画製作者の育成事業「タレンツ・トーキョー」の修了生アマンダ・ネル・ユー監督が、長編デビュー作『タイガー・ストライプス(原題)』で2023年のカンヌ国際映画祭の批評家週間グランプリを受賞した。
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2023年517日、カンヌ国際映画祭の『タイガー・ストライプス』プレミア上映で、主演女優らとユー監督(左から2人目)。Photo: David M. Benett/Jed Cullen/Dave Benett/Getty Images

「タレンツ・トーキョー」修了生が国際的な評価を獲得

 マレーシア出身のユー氏は、11歳で渡ったイギリスで多感な時期を過ごした。映画のなかでも特にホラー映画の虜になり、映画製作への情熱を育んだ。当初はグラフィックデザインを学んでいたが、映画学校に入学。2000年にマレーシアに戻り、クアラルンプールに拠点を移すと、ホラー映画製作に再び注力するようになった。

 短編映画を経て、長編映画製作への挑戦を決意したユー氏は、2018年に東京都などが主催する「タレンツ・トーキョー」に応募し、参加することになる。同プログラムの支援を受けて製作した長編デビュー作が『タイガー・ストライプス』だ。本作こそ、今年のカンヌ国際映画祭で批評家週間グランプリを受賞した作品である。

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『タイガー・ストライプス』は、思春期を迎えて身体が恐ろしく変化していく12歳のマレーシア人少女、ザファンの物語。Photocourtesy of Tiger Stripes

 『タイガー・ストライプス』の主人公12歳のザファンは、野性的で屈託のない少女だが、思春期を迎えて人生が一変する。自分の身体が(他の人とは異なる)変化を始めたことで、自分自身や自分の身に起きていることに恐怖を抱くようになる。やがて、ザファンの友人たちやコミュニティの人々も彼女を恐れ始める。この映画が描くのは、ザファンが本当の自分を受け入れ、生き物、人間、女性としてのこれからの自分に誇りを持つようになっていく姿だ。

 ユー氏にとってこの作品が監督としての出発点であり、思春期を経て女性になるまでの自らの道のりを投影したものだ。

 「思春期は、完全に自然なものである一方、人間の身体に起こる最も暴力的な出来事の一つで、ある意味、肉体の変化に対する恐怖を描くボディホラーのようです。特に自分に何が起きているのかを自覚していないと、極めて恐ろしいものです。誰しも変化を恐れ始める瞬間があり、それは恥や不安を知るようになることでもあります。『タイガー・ストライプス』は、そうした壁を取り払おうとしているのです」

 同作品は、ユー氏自身の体験に一部基づいているが、日本のホラー映画からもインスピレーションを得ている。「『HOUSE ハウス』(1977年、大林宣彦監督)の色使い、意匠、狂気にとてもインスパイアされました。互いを支え合いながらも憎しみ合い、嫉妬し合う親友という、女同士の関係もこの映画のかなめです」

 そんなユー氏にとって、カンヌ国際映画祭における名誉ある賞の受賞は、まったく予想外だったそうだ。「批評家週間に作品が選出されたことは、とても嬉しく光栄なことで、私たちにとってはカンヌに出席するだけでも大変な出来事でした。人々にこの映画を観てもらい、それに対する私の思いを理解してもらえたことがとても嬉しかったです」

アジアの映画と文化を促進するプログラム

 2018年にユー氏は、映画界の人材育成とネットワーキングを支援する日本のプログラム「タレンツ・トーキョー」に参加した。東京都、アーツカウンシル東京、タレンツ・トーキョー実行委員会が主催する同プログラムは、アジアの若手の映画監督やプロデューサーを対象に、業界の第一線で国際的に活躍する専門家から直接学ぶ機会を提供する。アジア映画の発展を支援し、アジア文化への理解を世界に広めている。

 ユー氏は、以前に参加したベルリン国際映画祭の人材育成事業「ベルリナーレ・タレンツ」をきっかけに「タレンツ・トーキョー」を知り、そこでかけがえのない多くの友人に出会った。

 「プログラムは最高でした。そこで知り合った友人たちとは今でも連絡を取っていて、何かあれば彼らに電話をするんです。『タイガー・ストライプス』のファーストカットを見てフィードバックをくれた人もいて、そうした信頼関係を築けたことは本当に良かったです。メンターたち(当時の講師陣)も素晴らしかったです。私は脚本ラボを終えたばかりで、「タレンツ・トーキョー」に参加したときは、初めて資金調達のために企画をマーケットに持ち込むことを考えたり、脚本を書く準備をしたりしていたので、メンターからフィードバックをもらえたことが自信につながりました。このプログラムは、『タイガー・ストライプス』の成功へつながる、素晴らしい始まりでした」

 ユー氏が受講した2018年の講師を務めたのは、「ベルリナーレ・タレンツ」のプログラムマネジャーのフロリアン・ウェグホルン氏、プロデューサーで東南アジア・フィクション・フィルム・ラボの元エグゼクティブディレクターのレイモンド・パッタナーウィラクーン氏、初の長編作品が2005年のカンヌ国際映画祭でカメラ・ドールを受賞したヴィムクティ・ジャヤスンダラ監督、複数の共同製作映画でカンヌの受賞経験をもつプロデューサーのジュリエット・シュラメック氏だ。

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「タレンツ・トーキョー 2018」で知り合った講師陣と。Photo: courtesy of Talents Tokyo

 「タレンツ・トーキョー」は、修了生を対象とした「ネクスト・マスターズ・サポート・プログラム」の一環として企画開発ファンドを提供しており、ユー氏はこれも獲得した。

 「脚本やリサーチ、キャスティングやロケハンに至るまで、映画の企画には長い時間がかかります。特にアジア出身の場合、このプロセスでスタジオや投資家から支援を受けるのはかなり困難なため、このファンドは私のリサーチにとって極めて重要でした。『タイガー・ストライプス』では、マレーシア全土を車で回って学校をリサーチし、人々に話を聞きました。当然それにはお金がかかるので、その面でも非常に役に立ちました」

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「タレンツ・トーキョー 2018」の参加者と講師。中央中段がユー氏。この年のゲスト講師として、イランのアミール・ナデリ監督、諏訪敦彦監督、シンガポールのヨー・シュウホァ監督が参加した。Photo: courtesy of Talents Tokyo

 ユー氏が「タレンツ・トーキョー」で得た最大の収穫は、特にアジアの文化や経験に焦点を当てた作品をつくるアジア人監督として、他の映画製作者らと支援のネットワークを構築できたことだ。

 「タレンツ・トーキョーのようなアジアの映画製作者に開かれた育成プログラムは、とても役に立ちます。私自身、ラボやワークショップから恩恵を多く受けました。特に長編映画の製作経験が初めてという人や、まだ2度目という監督にとって、多くを学び、キャリアを積むチャンスだと思います」

 アジア映画の可能性は未開拓だ。「タレンツ・トーキョー」は、この地域の映画製作者やプロデューサーが技術を学び、脚本を書くのをサポートする上で重要な役割を担っている。アジアの映画産業の発展に貢献するだけでなく、アジアの文化を世界に広めるプラットフォームを提供しているこのプログラムには、大きな将来性があるとユー氏は考えている。「国際的な映画製作という広い世界での学びが多いタレンツ・トーキョーはとても有益なプログラムなので、私はいつも若手の映画製作者に応募するよう勧めています」

 「私からの映画製作者を目指す人たちへのアドバイスは、常に自分を知ることです。自分の表現を見出し、自分のストーリーテリングにできるだけ正直になることです」

アマンダ・ネル・ユー

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マレーシア、クアラルンプールを拠点に活動する映画監督。「タレンツ・トーキョー 2018」を修了。長編デビュー作『タイガー・ストライプス』が2023年のカンヌ国際映画祭で批評家週間グランプリを受賞。現在は、植民地支配時代のマラヤ、母性、女性の役割に対する期待をテーマにした次回作のリサーチを進めている。

タレンツ・トーキョー

2010年に「ネクスト・マスターズ・トーキョー」としてスタートした育成プログラム。公募により毎年約15名の参加者を選抜される。2023年のプログラムは、11月20〜25日まで6日間開催され、アジア全域から集まった有望な若手映画制作者やプロデューサー17人が参加する予定。
https://talents-tokyo.jp/2023/
取材・文/エレノア・パーソンズ
翻訳/前田雅子