Tokyo Financial Award:
脱炭素の未来をつくる、新しいアプローチを目指して
代表の末次浩詩(すえつぐひろし)氏がサステナクラフトを設立したのは2021年10月。サプライチェーンマネジメントや衛星リモートセンシング技術、データ分析などのノウハウを持っていた同氏は、自然破壊や気候危機への強い懸念を胸に同社をスタートさせた。
キャリアの出発点は、大手メーカーのサプライチェーンの最適化に関するコンサルティングだった。やがて彼はビッグデータとIoT(あらゆるモノをインターネットに接続する技術)の重要性が増していることに注目し、機械学習の博士号を取得するため大学に戻ることを決意した。
「ありがちですが、長男が生まれたことがきっかけで、持続可能性に関連することに貢献したいという思いに至りました。自分の家族や周りの人々を守るためにも、地球規模の問題である気候変動に取り組む必要があると感じたのです」と彼は語る。
再生可能エネルギー業界で働いた後、人工衛星関連の企業に入社。そこでリモートセンシング技術を使い、その結果得られる画像からのデータ解析を行うようになった。
自然破壊の原因解明へ世界のサプライチェーン全体を追う
末次氏は、リモートセンシングを使えば自然資源をめぐる現地の状況を把握することは可能だが、自然資源の破壊の原因を理解するにはサプライチェーン全体を追う必要があることに気づいた。
「例えば、ブラジルでは多くの森林が農地に転換されています。しかし、その引き金になっているのは欧米や日本の消費行動です。だから私たちは、大手の小売企業がどのように商品を選んでいるのか、その商品がどこから来るのか(例えばブラジル産なのかインドネシア産なのか)そしてそれがどのように森林破壊を引き起こすのかを考えなくてはいけません」
こうした問題意識を背景に、サステナクラフトは設立された。一定面積の森林を伐採しないことによって二酸化炭素(CO2)の排出をどれだけ防げるのか、また新しく植えた木が一定の年月の間にどれだけのCO2を吸収するのかを測定するといった複雑な問題に光を当てることが目標だった。
同社の仕事は今、その重要性を増している。カーボンクレジットの購入を通じて排出量を補填するカーボンオフセット*の一部について信頼性に疑問が投げかけられており、グリーンウォッシュ(製品やサービスの環境への配慮や持続可能性に関する虚偽または誇張された主張)への批判が世界的に高まっているからだ。
*カーボンオフセットは、排出量取引や排出権取引の枠組みを通じて、他者からカーボンクレジットを購入することで、自らの温室効果ガスの排出量の削減に充てること。カーボンクレジットは大気中の炭素排出量の削減の見返りとして発行される。
2023年1月に英ガーディアン紙と独ツァイト紙、調査報道NPOのソースマテリアルが発表したレポートによると、世界最大の認証機関が検証した熱帯雨林のカーボンオフセット・プロジェクトの90%以上は、無価値であるか、逆に地球温暖化を助長する可能性があるという。
一方、ヨーロッパの消費者団体は、航空会社の持続可能性に関する宣伝文句をめぐって17社を提訴している。米デルタ航空に対しても同様の理由から、カリフォルニア州で10億ドルの賠償を求める集団訴訟が起きている。
今後はグリーンウォッシュという批判を恐れて、企業がカーボンクレジットの購入にますます消極的になる恐れもあるという。
共存共栄の実現へ地球規模での排出削減に解決策を
「そこに当社の出番があります。自然保全に向けた健全な資金循環を生み出したい」と、末次氏は語る。
カーボンオフセットに関して最も困難で、最も論議を呼ぶ側面のひとつは、排出削減量やCO2の吸収量を測定する際に、その基準となるベースラインをどこに設定するかという点だ。これはカーボンオフセットに関する最近の批判や一連の訴訟にからんで、論争の的となっている。
「当社ではベースラインを設定する統計的手法を開発し、カーボンクレジットのプロジェクトごとにベースラインの妥当性を検証できるようにしました」
末次氏と同社の同僚である高畑圭佑氏、それに国立環境研究所と一橋大学の共同研究者は、ベースライン計算の新しいアプローチについて、AI分野の最高峰の国際会議であるNeurIPS(ニップス)の2022年大会のワークショップ「機械学習による気候変動への取り組み」にて研究報告を行った。これが同ワークショップの最優秀論文に選ばれた。その後ほどなくして、サステナクラフトは東京金融賞のESG投資部門に選出された。
脱炭素を超えた取り組みも視野に
現在、同社では東京のオフィスに約10人の多国籍のスタッフが在籍しているが、彼らのほとんどがオフィスと在宅勤務を組み合わせて働いている。スタッフの数は増え続けている。
「当社では、社員のほとんどが家庭を持ち、子どももいます。子育ての面でも、東京は環境もいいし、子どもがいる世帯へのサポートも充実しています」と彼は語る。
将来的には、生物多様性にスポットライトを当てることを目指している。末次氏は、日本に多い針葉樹単層林を例に挙げる。針葉樹単層林は、より自然な混交林と比べて炭素吸収の観点では差がないものの、生物多様性には乏しい。
「しかし、生物多様性を数値化するのは、炭素の推定よりもはるかに難しい。いま私たちが取り組んでいるのは、その点です。炭素のことだけに焦点を当てると、生物多様性に悪影響を及ぼす恐れがあるという研究がたくさんあるのです。他方で、生物多様性に焦点を当てれば、その解決策はほとんどの場合、炭素削減にも効果を与えることができます」
https://www.finaward.metro.tokyo.lg.jp/
写真/アンドロニキ・クリストドウロウ
翻訳/森田浩之