屋形船でしか見られない東京の景色

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 平安時代に生まれた屋形船は、観光、食事、娯楽が一度に楽しめる伝統的な遊覧船だ。都内の河川では今も、観光客や住民が屋形船に乗り、日本料理に舌鼓を打ちながら、東京の名所を巡るひとときを楽しんでいる。
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東京スカイツリーの前を通る屋形船

和食と水上エンターテインメント

 国土交通省関東運輸局の認可を受けた屋形船東京都協同組合には、現在34の屋形船事業者が加盟している。

 屋形船の多くは伝統的なデザインだが、そのサイズや仕様、提供する体験はさまざまだ。乗船には通常、予約が必要で、2人以上の少人数であれば定時の乗合船、大人数の団体であれば貸切船を利用可能だ。カラオケや芸者、芸人を手配することもできる。

 通年で運航しており、暑い夏には涼しい風を受けながら花火観賞、春には川岸の桜でお花見、晴天に恵まれた冬には夜景を楽しめる。災害で橋が使えなくなったり交通機関が麻痺した場合には、屋形船が川を渡る交通手段にもなる。

 屋形船の多くは、隅田川を運航している。何世紀にもわたって東京周辺の人や物を運ぶ重要な水路となってきた隅田川は、川沿いに豊かな歴史と文化を育み、その姿は江戸時代の浮世絵にも描かれた。当時の屋形船は富裕層や要人だけの楽しみだったが、その後の近代化に伴い、今では誰でも楽しめる娯楽となった。

 数ある屋形船事業者の一つである晴海屋は、両国乗船場から出発する2時間半の周遊コースなどを運航している。両国国技館と力士部屋で有名な両国は、人気観光スポットの浅草にも近い。

 屋形船は、外観が屋上スカイデッキなどを備える近代的なつくりとなっている一方で、内部は畳の床に掘りごたつという和のデザインだ。船内には洋式トイレも完備。夕食は、お造りや、国産牛の冷しゃぶ、旬菜、デザートのわらび餅などバラエティに富んだ内容で、中でも主役は船上の厨房で調理される揚げたての天ぷらだ。

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東京の夜景

 周遊ルートはコースや運航業者によって若干異なるが、東京タワー、東京スカイツリー、レインボーブリッジといった都内の名所を巡るものが多い。

 夏には、夕暮れ時に出航するナイトクルーズも楽しめる。空が紺と紫に染まり、街の明かりがきらめき始める中、川を下っていく屋形船からは、カモメやウ、サギといった水鳥が水上を飛び回ったり、エサめがけて水中に飛び込んだり、水辺の堤防や橋でじっと立ちすくんだりする光景が見られる。

 日が沈むと、たくさんの屋形船がお台場周辺に集まる。ここからは、日によってライトアップの色が変わるレインボーブリッジが見えるほか、遠くの橋や高架道路には電車や車がせわしなく走り、常に目を楽しませてくれる。

 隅田川を上る帰路に就くと、船内は照明が落とされ、川に架かる多くの橋の下を通る際、日中とは違う景色が広がる。それぞれの橋は独特のデザインを持ち、日没後のライトアップで色とりどりに輝く。機能と美しさを兼ね備えたエレガントな骨組みは、東京の豊かな歴史を今に伝えると同時に、岸辺に並ぶ実用的な建物とは対照的な個性を放っている。

 いくつかの橋は重要文化財に指定されている。その一つである勝鬨橋(かちどきばし)は、当時の最先端技術を用いて1940年に完成した可動橋で、中央が開閉することで大型船舶が通過できる仕組みになっていた。同じく重要文化財である永代橋と清洲橋はいずれも、東京が関東大震災からの復興途上にあった1920年代半ばに建設された。永代橋は元々、1600年代末に建てられた木橋だった。一方の清洲橋は、ドイツの吊り橋をモデルに建造された。

 東京を象徴する東京タワーと、きらびやかな東京スカイツリーは、いつ見ても圧巻のランドマークだが、隅田川の屋形船クルーズで見られる一連の橋もまた、驚きと喜びに満ちている。個性的で美しい橋の数々を船上ならではの視点から眺める体験は、きっと忘れられない思い出となるだろう。

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浅草の近くにある吾妻橋

各国の観光客に人気

 晴海屋のスタッフによると、客の半数以上はツアー客や学生グループなどの外国人で、天ぷらやすき焼きといったメインディッシュ(季節によって変わる)と、船からの景色が好評だ。世界中の人々が利用する屋形船クルーズは、もてなす側ともてなされる側の双方にとって、異文化交流と語学学習の機会になっているという。

 クルーズは世界中で人気のレジャーだが、伝統的な日本の雰囲気を味わうと同時に近代的な大都市を一望できる屋形船は、まさに東京ならではの体験だ。

 観光スポットを見るのももちろん楽しいが、屋形船で隅田川を巡れば、東京に住む人々の日常生活も目にすることができる。川沿いの道をジョギングする人、犬の散歩をする人、橋を渡って家に帰る人、ベランダで洗濯物を干す人、オフィスで夜遅くまで仕事をする人、川辺のレストランで友人や家族と食事をする人──。屋形船は、きらめく光の中に浮かび上がる「生きた東京」を垣間見られる体験なのだ。

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ライトアップされた厩橋(うまやばし)の下をくぐる屋形船

屋形船晴海屋

https://www.harumiya.co.jp/
取材・文/アナリス・ガイズバート
写真/藤島亮
翻訳/遠藤宗生