東京からサバンナへ:自然保全活動を持続可能なビジネスに転換
共生の設計
赤石旺之(おうじ)氏にとって、自然は決して都市生活とかけ離れたものではなかった。東京の都心で生まれ育った彼は、森や田畑に囲まれていたわけではない。幼い頃の野生生物との接点は、本やテレビ、そして頻繁に訪れた動物園だったが、こうした小さな「窓」が、都市の外の動物や生態系に長年魅了されるきっかけとなった。
現在、赤石氏は東京で設立されたスタートアップWildlife Venturesを率いている。ケニアのマサイマラ地域で地域社会と野生のゾウとのあつれきの解消を目指している会社だ。同社の取組の中心は「養蜂箱フェンス」と呼ばれる、養蜂箱を連結してゾウの侵入から農地を守る仕組みである。ゾウは本能的にハチを忌避する習性があり、養蜂箱が動いてハチが騒ぐと、その場から逃げ出す。こうして、野生動物に危害を加えることなく農作物を守ることができるのだ。
これは、生態学的な行動特性に基づく解決策である。しかし、赤石氏が重視するのは野生生物の保全にとどまらない。彼が目標とするのは、環境保全と地域住民の生計向上の取組が互いに強化し合うビジネスモデルの構築だ。
東京で育ち、世界に目を向ける
東京には機会が豊富にあると赤石氏は語る。港区や千代田区で育った彼は、都内で開催されることの多い国際プログラムや公開講座、NGOのイベントなどに早くから触れてきた。こうした経験が、環境問題に対する彼の見方に影響を与えた。この問題を独立した倫理的課題としてではなく、経済や政策、社会構造が作用するシステムの問題として捉えるようになったのである。
その視点が、彼の学問の方向性を決める指針となった。大学の学部では生態学と野⽣動物管理学を学び、カメラトラップ(自動撮影カメラ)や足跡、個体数調査を用いて動物を追跡するフィールドワークを行った。大学院では自然保全の人的側面に注目し、地域社会と野生動物の間にどのようなあつれきが生じ、どのような対応がなされているのかを研究した。
2019年、大学の休暇中に初めてケニアを訪れたことが転機となった。子どもの頃からアフリカのサバンナに心引かれていた彼は、最初はボランティアとして現地を訪問した。風景の壮大さだけでなく、人々と野生動物の生活圏が重なり合っていることが印象的だった。一部のコミュニティでは、ゾウをはじめとする動物が家や畑の近くを自由に行き来しており、環境問題は、人間の安全や収入、生存といった課題と切り離すことができないものだった。
「『自然を守る』ことは一見単純なようですが、実際の現場では、あらゆることがつながり合っています」と彼は話す。
自然保全の手段をビジネスモデルへ
養蜂箱フェンスというコンセプト自体は、Wildlife Venturesが考案したものではない。これは、自然保全団体が長年にわたり調査・検証を行っている手法であり、ゾウによる作物被害が多発する季節に、その侵入を抑止する効果があることが、研究で明らかになっている。しかし赤石氏は、効果が実証された取組と、それを長期的に持続させることの間には隔たりがあることに気付いた。
電気柵や夜間の巡回といった従来の抑止策は、高額な費用や危険、維持管理の難しさを伴う場合がある。養蜂箱フェンスはより負担の少ない対策であったが、助成金や一時的なプロジェクトによって実施する場合が多く、ひとたび助成金が打ち切りになると、維持するのが困難になった。
Wildlife Venturesは、この仕組みに蜂蜜の生産を取り入れることで、問題に対処することにした。養蜂箱で作られた蜂蜜は日本に輸出され、売り上げは養蜂箱フェンスの継続的な管理を支えるとともに、地域社会の収入源となっている。
そこに至るまでの道のりは決して順調ではなかった。養蜂箱を設置してから1年以上、ハチが定着せず、蜂蜜の生産は思うように進まなかった。気象条件、花を咲かせる植物の不足、ハチの群れの移動など、さまざまな課題が突き付けられた。赤石氏とチームの仲間は、追加の植物の植えつけ、ハチの現地調達、ハチの群れを呼び込むための小ぶりな巣箱を取り入れるなど、試行錯誤を重ねた。
蜂蜜の採取に初めて成功したことは、大きな節目となった。自然保全の取組は外部資金に依存するだけのものではなく、安定した収入を生み出せるものであることを示したのだ。
現地で仕組みを改善する
Wildlife Venturesは、収益だけでなく、養蜂箱フェンスの設計を現地の生態系に合わせて改良することにも力を入れてきた。既存のモデルの中には、養蜂箱をワイヤーでつなぐことで、物理的にも行動特性の面からもゾウの侵入を阻止するものがある。赤石氏のチームは、ゾウに対する効果を維持しつつ、他の野生動物への影響を最小限に抑えることを目指し、別のレイアウトを試してきた。
この取組において、地域住民の関与は極めて重要である。Wildlife Venturesは、地域の社会や環境の動態を理解しているケニア人のチームメンバーと緊密に連携し、養蜂箱の設置と地域の人々のトレーニングを管理している。赤石氏は、リーダーシップとは指示するだけでなく、人の話を聞くことでもあると話す。異なる文化や時差をまたいで仕事をする場合にはなおさらそうだ。
「私たちの役割は、解決策を押し付けることではありません」と彼は言う。「地域社会の人々が自分たちで維持できる仕組みを構築することです」
東京が学ぶべきこと
ケニアの農村部での活動から東京が学べることを尋ねられると、赤石氏は「物の考え方」であると指摘した。東京は豊富な機会に恵まれている一方で、人々を画一的な生き方に向かわせる面がある。これに対し、ケニアの現地チームメンバーの間には、限られた資源しかなくても、当然とされている前提に異議を唱え、新しいアイデアを追求しようという強い意欲が感じられるという。
同時に、彼は東京の強みも認めている。東京では情報や人、国際的なネットワークにアクセスしやすく、そのことが、彼のこれまでの歩みの中で重要な役割を果たしてきた。彼は、自身の研究や起業が可能になったのは、公的支援制度や海外へのアクセスがあったおかげだとしている。
赤石氏は、東京都が運営する学生のためのアントレプレナーシップ育成プログラム「TIB Students」のサポーターを務めており、若手の創業者や、初期段階の起業家を支援している。10年前と比べると、とりわけ社会分野や環境分野で、これまでとは異なるキャリアパスがよりはっきりと見えてきたという。今後は、仲間同士のネットワークの強化、専門家との具体的なマッチング、単発のイベントにとどまらない長期的な連携につながるプログラムなど、サポート体制のさらなる充実に期待している。
ゾウ対策の先へ
現在、Wildlife Venturesは、ゾウ対策事業で知られているが、赤石氏はそれを同社の最終的な到達地点とは考えていない。東アフリカのゾウから日本のクマまで、人間と野生動物とのあつれきにはさまざまな形があるが、その多くは、開発と生態系の限界の間にある緊張関係という共通の要因から生じている
養蜂箱フェンスは最初のモデルである。赤石氏は生態学に基づき、人々の生活の実情に即した、経済的に自立運用可能な解決策を生み出すという同じ原則に則り、新たなアプローチを開発したいと考えている。
環境問題に関心はあるが、どう関わればよいかわからない人に対する彼のメッセージは実践的だ。従来の自然保全関連の職種だけでなく、ビジネスや研究、コミュニティ主体の取組など、機会は広がりつつあると彼は話す。
東京からサバンナへ。赤石氏の取組には、この二つの世界で形作られた信念が表れている。自然を守ることと人間の生活を支えることは、必ずしも対立する必要はなく、適切な仕組みがあれば、互いに支え合うことができるという考えである。
赤石旺之
Wildlife Ventures
https://wildlife-ventures.jp/写真/藤島亮
翻訳/喜多知子




