隅田川で育まれる、つながりとコミュニティ
川辺のマルシェという発想
2011年に河川空間の利活用に関する規制が緩和されて以降、東京都は隅田川テラスをはじめとする河川空間の積極的な活用を進めてきた。隅田川テラスは、上流から下流にわたり整備が進められており、都内7区を貫いて隅田川の両岸に続く水辺のプロムナードである。
その取組の一つが「隅田川マルシェ」だ。年間を通じて各地で開催され、ハンドクラフトや飲食物を、ゆったりとした雰囲気の中で楽しめる屋外マーケットである。隅田川マルシェを立ち上げたのは、江東区深川を拠点とする「隅田川マルシェ実行委員会」のイワタマサヨシ氏だ。
イワタ氏は1964年、最初の東京オリンピックが開催された年に江東区で生まれた。この時代を、彼は隅田川再生の重要な転換点だったと振り返る。1950年代後半から1960年代の高度経済成長期には水質汚染が深刻化していたが、オリンピックの準備を契機に、廃棄物管理が体系的に進められるようになった。
2000年から深川に暮らしているイワタ氏は、長年ウェブデザイナーとしての仕事に専念していた。しかし2017年、地元の友人である日野千鶴氏に背中を押され、自身の専門スキルを生かして地域のウェブサイトを制作したところ、知り合いの輪が急速に広がっていったという。
「自分自身が地域に関わることで、本当にすてきな人や機会に出会えると実感しました。それからは、ますます地域に関わる活動に力を入れるようになりました」とイワタ氏は語る。
日本のテレビ番組でマルシェ(フランス語で「市場」を意味する言葉)を知り、隅田川テラスでも実現できるのではないかと考えた。地方の朝市と結び付けて語られがちな日本の伝統的な市場とは異なり、マルシェにはより都会的な雰囲気があるからだ。とはいえ、会場探しは当初難航した。地元の商店街や事業者団体の中には、営業の妨げになるのではないかと懸念し、反対する声もあった。
「コーヒーを片手によく隅田川テラスへ行っていました。そこで、ふと思ったんです。川はこんなに美しいし、みんなが楽しめる。ここでマルシェを開けるじゃないかと」。こうして2019年、イワタ氏と日野氏を中心に「隅田川マルシェ実行委員会」が設立された。
川辺で人をつなぐ
当時、川沿いで定期的に開かれる催しは、まだごくわずかだった。イワタ氏によれば、かつて川は人々の暮らしの中心で、主要な交通路として機能し、川岸を軸に街が形作られてきたという。ところが現代の東京は駅を中心に成り立っており、川は日常生活からやや遠い存在になっている。イワタ氏は、これを変えたいと考えている。
今では、隅田川沿いで年間約10回のマルシェが開かれている。誰でも参加でき、実行委員会には全国から出店の応募が寄せられる。多くは事業を育てたい小規模な事業者や、まだ実店舗を持たない出店者だという。「ここでアイデアを試してみて、地域が合うと感じたら、近くに店を構えようと決める人もいます」とイワタ氏は話す。
使われている小型可搬式屋台は約50台で、構造や設営方法に至るまでイワタ氏自身がデザインを手掛けた。既存モデルで課題に直面したことをきっかけに改良を重ね、特許も取得したという。水辺で購入した飲食物とともにくつろげるよう、椅子やテーブルも用意されるほか、寄付された絵本を活用し、各回で子ども向けの「水辺の図書館」も期間限定で設けている。
海外からの来訪者はまだ多いとはいえないが、浅草での開催時には存在感が増す。浅草寺など、人気の観光スポットが集まる地域だからだ。これまでには、出店者の中に外国籍の人がいたこともある。
「私たちは、コミュニケーションの機会を生み出すこの活動を『ソーシャルマルシェ』と呼んでいます。多くの市場では販売が第一の目的ですが、私たちは交流も同じくらい大切にしています」とイワタ氏は語る。
活動を始めた頃、地元住民との出会いが重要な学びをもたらした。静かな雰囲気が気に入り、その地域を住まいに選んだ女性が、近所でマルシェを開く計画に難色を示したという。イワタ氏は、「まずは、実際にマルシェを体験してから判断してほしい」と伝えたところ、終了後には「素晴らしかった」と認めた。
「それで、テラス沿いにはさまざまな人が暮らしていると気付きました。そこが生涯の住まいだという人もいます。イベントを企画する時も、川の使い方を考える時も、誰に対しても配慮が欠かせません」とイワタ氏は語る。「公共空間を使う以上、その責任が伴います」
隅田川の活気ある未来へ
隅田川テラスは堤防の一部で、川と平行に築かれた堤防が増水時の越水を防ぎ、洪水のリスクを軽減している。こうした構造を補強するため、後にテラスが設けられ、歩行者用の遊歩道として整備された。イワタ氏は、東京都が継続的に整備を進めていると話し、テラス沿いの連絡橋がつながったことで、ほぼ途切れなく歩けるルートになったという。
イワタ氏が感謝を寄せるのが、マルシェを支えるボランティアの存在だ。親しみを込めて「こふね隊」と呼ばれ、「深く関わる中心メンバーがいる一方で、時々参加する人もいます」と語る。予定に合わせて無理なく手伝える仕組みになっていることが大切で、都合のつく範囲で関われる柔軟さが保たれている。
イワタ氏は、テラスの長期的な役割について、東京都の推進チームと重ねて意見を交わしてきた。隅田川マルシェのテーマは「ゆっくりと、ゆったりと。川と街と人をつなぐ場をつくる」だという。「これが隅田川全体のキャッチフレーズのようになってくれたら」と話す。
隅田川マルシェがしっかりと定着し、運営側もテラスで何がうまくいくのかをより明確に捉えられるようになってきたことを、イワタ氏は喜ぶ。一方で、目指すのはイベントに頼ることではない。隅田川テラスを、日常の中で人が集い、本当に楽しめる場所として根付かせていくことが、変わらぬ目標だ。
「川は、東京に残る数少ない本物の自然であり、とても大切な存在です。誰もが使える場所で、東京における究極の『共有空間』だと思います」とイワタ氏は語る。「それが子どもたちの世代まで受け継がれてほしい。今の世代のことだけを考えるのではなく、常に未来を見据えて計画しています」
マルシェを通じた地域の取組は、引退後のイワタ氏にとっても新たな道を開いた。「人生の後半で、本当に意味のあるものに出会えた気がします」と、笑顔で語った。
イワタ マサヨシ
写真/藤島亮
翻訳/田崎桃子





