しゃべる点字ブロックで、視覚障がい者が自由に歩ける街づくりを
難病の母とのコミュニケーションから生まれたアイデア
点字ブロックは、1967年に岡山県で生まれた日本発のバリアフリー設備だ。線状の突起が4列に並ぶ「誘導ブロック」と、点状の突起が並ぶ「警告ブロック」の2種類のブロックの組み合わせにより、視覚障がい者の安全な歩行をサポートする。この点字ブロックに新たな可能性を見いだしたのが、W&Mシステムズの代表、高山裕康氏である。
きっかけは、難病を患っていた母親とのコミュニケーションを模索する中で、代表エンジニアの千葉和也氏が開発したタッチペン型センサーだった。ペンでコードが印刷された紙をタッチすると、「暑い」「水が飲みたい」といった音声が再生される仕組みが大きなヒントになった。
「センサーでタッチすると音声が流れる仕組みを、そのまま視覚障がい者の歩行支援に使えるのではないかと思い付いたんです。そこから試行錯誤の日々が始まりました」と、高山氏は当時を振り返る。
ユーザーファーストを目指した実用化への道のり
最初のアイデアは、視覚障がい者が持つ白杖(はくじょう)をそのままタッチペンにしてしまうというものだった。白杖の先にセンサーを付け、点字ブロックをタッチすると音声が流れる仕組みだ。実際にセンサーで情報を読み取ることには成功したが、屋外では点字ブロックにほこりや汚れが付着し、1日で使えなくなってしまった。さらに、白杖の先に取り付けたセンサーはすぐに壊れたり、飛んでいってしまったりして、実用化できるようなものにはならなかった。
「視覚障がい者にとって、白杖は体の一部です。どんなに便利で画期的なシステムでも、使い勝手が悪くてはだめなんです」
次に着目したのが、点字ブロックの突起そのものだった。警告ブロックに規則正しく並ぶ5×5=25個の突起に印をつけ、QRコードのように読み取る仕組みを考案した。突起に黒いマークを付けるかどうかで、実に3,000万種類以上のコードを生成できる。
これを実現した試作品は、白杖にマイクロカメラを取り付け、そこからケーブルをつないだコンピューターとバッテリーを身に着けて、さらにイヤホンを装着するという重装備。アイデアと技術は革新的であったものの、実際の体験会では「コードがたくさんあって取り付けるのが大変」「すぐに外出できない」という声が挙がった。
そこで、高山氏の友人でもある金沢工業大学工学部情報工学科の松井くにお教授に相談を持ち掛けたことが、大きな前進につながった。「カメラもコンピューターも通信機能も備えたスマートフォンを使えば解決する」という松井教授の助言から、共同開発がスタート。コード化点字ブロック認識システムは、2019年にスマートフォンアプリ「Walk and Mobile」としてリリースされた。
「Walk and Mobile」の操作画面。カメラでコード化点字ブロックを読み取ると、現在地と周囲の情報を説明する音声が流れる
誘導ではなく、自由に「ぶらぶら歩き」できる選択肢を
コード化点字ブロックの最大の特徴は、4方向の進行方向に対応して音声内容が変わることだ。GPSを用いた地図アプリは屋内や地下では機能しないことも多く、屋外でも数メートルの誤差が生じるなど、地図を見ていても方角がわからなくなることがある。コード化点字ブロックは、点字ブロックという物理的な定点を活用することで、方向を見失わずにセンチメートル単位で位置確認が可能となる。
「視覚障がいの人が一番困るのは、方向を見失うことです。私たちも目を閉じてぐるぐる回ると、どっちを向いているかわからなくなりますよね。そういう状態が日常的に起きているんです」と高山氏は語る。

また、ルート誘導型のナビゲーションシステムとコード化点字ブロックは、その設計思想が大きく異なる。バリアフリーシステムの多くは「目的地まで連れていく」ことを目的とする一方で、W&Mシステムズのビジョンは、「すべての人がぶらぶら歩きを楽しめる社会」の実現だ。
「あそこにベンチがある」「自動販売機がある」「新しい和菓子屋さんがある」。目が見える人が歩きながら自然に得ているような情報や、人には聞きにくいトイレの場所などを、音声案内の内容に盛り込んでいる。実際の利用者からは「頭の中に地図が浮かぶよう」「一人でも安心して歩ける」など、喜びの声が数多く届いているそうだ。歩くたびに新しい発見がある東京だからこそ、この都市で「ぶらぶら歩き」が実現するとき、そのビジョンはさらに全国へと波及していくのではないだろうか。
東京から全国へ。災害時対応や多言語対応も
2026年6月現在、コード化点字ブロックは世田谷区役所や品川区役所など東京都内の複数施設を中心に、石川県金沢市、長野県塩尻市、鳥取市、広島市など全国21カ所に広がっている。屋内外をシームレスにカバーし、オフラインでも動作する避難モードを備えているため、災害時にも近隣の避難所への誘導情報を音声で届けることができる。
さらに、多言語対応による観光分野への活用も視野に入れている。金沢では今年、観光スポットの情報を流す「観光モード」の実証実験を計画中だ。金沢城公園周辺の町家や和菓子店などの情報を複数言語で案内することで、観光ガイドの人手不足解消への貢献も期待される。
当事者に寄り添うバリアフリー社会へ
東京都では、福祉のまちづくり条例や建築物バリアフリー条例などにより、建築物に限らず、道路や公共交通施設なども含めたバリアフリー化を進めている。
しかし、設備を整えることと併せて、利用者の目線を反映させることが重要だと高山氏は指摘する。
「視覚障がい者というと、まったく目が見えない人をイメージしがちですが、全盲の人の割合は全体の1割程度。約9割の人は弱視(ロービジョン)といって、光は感じるけどぼやけるとか、中心部だけ見えづらいとか、人によって見え方はさまざまです」
点字ブロックでは、物理的な突起の凹凸だけでなく、黄色のような目立つ色を使うことで、周囲の床面とのコントラストを確保することも非常に重要なのだ。デザイン優先で周囲の床面と同色系の点字ブロックを設置したり、点字ブロックのルートを複雑に分岐させすぎたりすることは、かえって視覚障がい者を混乱させることにもなるという。
「見える人の目線で設備を作るのではなく、当事者と一緒に作れるかどうかが、本当のバリアフリーかどうかの分かれ道」と高山氏は話す。
施設や交通機関におけるバリアフリー設備の普及率について、国土交通省では実績を数値化して公表しているが、W&Mシステムズは金沢工業大学と共同で、従来のハード面だけでなく、使いやすさや周囲の人々の理解度などソフト面での指標となるような「バリアフリー達成度指数」の開発を目指している。
「目が見えにくい人、耳が聞こえにくい人、車いすに乗っている人、街にはいろいろな人がいます。周りに目を向けてみて、困っている様子だったら声を掛けるなど、小さな行動が社会を変えていく第一歩になると思います」
都市機能を高度化してきた東京は、それを誰もが等しく使いこなせるかという問いにも引き続き向き合っていくだろう。点字ブロックが「しゃべる」ことで、従来の日常を支える「当たり前」が、少しずつ変わろうとしている。日本発の点字ブロックが進化を遂げ、「誰もが自由に歩くことを楽しめる社会」という新たなバリアフリー基準を備えた社会インフラとして、東京から世界に広がることが期待される。
高山裕康
W&Mシステムズ合同会社
https://www.wandmsystems.com/写真/井上勝也





