3Dプリンティングで切り拓く、都市住宅の未来

 日本全体で人口減少が進めば、住宅価格は下がると思われるかもしれない。しかし、全国的な傾向に反し、東京の不動産価格は過去10年で大幅に上昇している。
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セレンディクス株式会社の3Dプリンティング技術により、SusHi Tech Tokyo 2026のロゴを立体物として再現
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セレンディクスの代表的な建築物「serendix10」。床面積は10平方メートルで、出力した部材を用いれば、24時間以内に施工可能 Photo: courtesy of セレンディクス

住宅を再び手の届くものに

 この課題の解決を目指す企業の一つが、兵庫県を拠点とするスタートアップ、セレンディクス株式会社である。同社は低コスト住宅の建設により、30年に及ぶ住宅ローンをなくすことを使命に掲げ、新車と同程度の価格で住宅を提供することを目指している。その「手の届く住宅」を可能にする鍵は、プレハブ構造体を3Dプリンティングで造形し、現地での組み立てや仕上げ作業を除き、人の手をほぼ介さない住宅造りを実現する点にある。

 COOの佐藤蒼士氏は東京を訪れ、4月下旬に東京ビッグサイトで3日間にわたり開催されたSusHi Tech Tokyo 2026に参加し、同社の社会的ミッションの遂行を支える技術を紹介した。このイベントは、東京都などが主催するアジア最大のグローバルイノベーションカンファレンスである。

 「私たちの事業は、従来の職人の技能だけに頼るのではなく、ロボットだけで家を建てられるようになれば、この社会課題を解決できるのではないかという発想から始まりました。そして住宅産業のあらゆる工程の自動化を進め、これまで職人が手作業で担ってきた注文住宅づくりをロボットに任せることで、車を買うのと同じくらい容易に住まいを変えられる社会を実現できると考えています」

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SusHi Tech Tokyoのロゴを3Dプリンティングする工程について説明するCOOの佐藤蒼士氏

自動車から建設へ

 佐藤氏によると、住宅価格上昇の大きな要因の一つは、熟練職人の不足による人件費の上昇だという。建設業界における人手不足は以前から続く課題であり、もともと特に人気の高い業種ではなかった上、建設の仕事に就く人はますます減っている。

 「日本の夏は暑く、冬は寒い。そのため、若い世代が大工仕事に就くことに一定の抵抗を感じているのだと思います」と佐藤氏は話す。「その結果として住宅価格が上がり、家を買うには非常に長期の住宅ローンを組まざるを得ず、住宅購入がとても難しくなっています」

 セレンディクスは2018年、ロボットアームを含むロボットと3Dプリンターを活用すれば、住宅産業のコストを大幅に削減できるという考えのもとに設立された。同社ならではの革新性は、自動車の生産ラインにある特定の工程を分解して自動化し、リードタイムを短縮するという考え方を住宅建設のプロセスに応用した点にある。それにより、大幅なコスト削減と工期短縮が可能になる。

 一般的なコンクリート住宅の建設には通常数カ月を要するが、セレンディクスの3Dプリンティングでは住宅の部材を約1週間で出力できる。2022年には、あらかじめ整えた敷地で、出力した部材を用いて住宅の躯体をわずか24時間で完成させることに成功した。

 もっとも、こうした成功の陰には、数えきれない失敗があった。佐藤氏によれば、3Dプリンターで使う材料は温度や湿度に非常に敏感で、特に冬場は難しい対応を迫られたという。

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2024年の能登半島地震後、復興住宅のモデルハウスとして活用された一般向け3Dプリント住宅 Photo: courtesy of セレンディクス

美しさと耐震性の両立

 地震への備えは、日本で暮らす上で避けて通れないものであり、新築建築物には最新の耐震基準に適合し、十分な耐震性能を確保することが求められる。セレンディクスは、従来工法を自社のプロセスに組み込むという方法を採った。同社の建物はすべて、鉄筋コンクリートを用いた3Dプリント建築である。

 佐藤氏によれば、同社の3Dプリントの建築物は国土交通省から耐用年数47年と評価されており、これは従来の鉄筋コンクリート造と同等で、日本で想定される最大級の地震にも十分耐えられるとされている。

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2024年5月、鉄筋コンクリートや鉄骨フレームを使わないことを目指す概念実証プロジェクトの一環として、広島県坂町に建設された建物 Photo: courtesy of セレンディクス

 耐久性に優れた構造物を短期間で出力し、組み立てられることから、セレンディクスは自社製品に災害時の緊急住宅として大きな可能性を見いだしている。実際、佐藤氏が2023年にインターンとして参画するきっかけとなったのは、2011年の東日本大震災での自身の経験だった。

 「私自身の経験から言えば、大きな地震や津波の後、復興には本当に長い時間がかかります。更地になってしまった土地に戻り、家を再建することにためらいを覚える人は少なくありません。すぐに建てられるとは言え、仮設住宅は決して快適とはいえません。床は冷たく、増築する余地さえありません。これは、災害後の住宅が抱える重要な課題だと思います」

 これまでにセレンディクスは、全国で10棟を超える建物を建設・設置してきた。中部地方の長野県佐久市にその一つがあり、整骨院の一部として活用されている。また和歌山県では、別のモデルが世界初の3Dプリント無人駅舎として運用されている。

 佐藤氏は3Dプリント住宅の強みの一つとして、一般的な住宅よりも意匠性の高い、洗練されたデザインが実現できる点を挙げている。セレンディクスを代表する球体型の小型住宅「serendix10」は、その一例だ。「コンクリート住宅は極めて丈夫で長持ちしますが、たいていは簡素な四角い箱のような形になります。一方、3Dプリンティングなら、同じ堅牢なコンクリートを使いながら、こうした美しい自由曲線を生み出すことができます」

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長野県佐久市に設置され、施術スペースとして活用されている建物 Photo: courtesy of セレンディクス

未来に向けたつながりを育む

 これまで事業で一定の成果を上げてきたセレンディクスだが、さらなる拡大には、なお取り組むべきことがあると認識している。そのためにも、キングサーモンプロジェクトへの参加を皮切りに東京都のスタートアップ・エコシステムに加わったことが、今後の急成長を促す契機になるとみている。

 キングサーモンプロジェクトは、東京都が抱える具体的な課題と先端企業を結び付ける取組である。ある企業の製品・サービスが実証実験を通じて特定の都市課題を解決できることが確認されれば、販路開拓や海外展開に向けた都の追加支援を受けられる可能性がある。2025年1月に同プロジェクトに採択された後、セレンディクスは東京都交通局と共に、東京都内の老朽化した鉄道施設を低コストで建て替える実証実験を行った。この取組は2026年3月に無事に完了した。

 先ごろ参加したSusHi Tech Tokyo 2026も、極めて大きな成果をもたらした。

 「事業を前に進めるには、幅広い企業と関わることが欠かせないと考えています。知名度や実績は少しずつ積み上がっていますが、私たちはまだスタートアップであり、パートナーのネットワークを広げ続ける必要があります」と佐藤氏は説明する。

 例えば、住宅の販売が完了した後に必要となる、住宅保険やリノベーション事業者など、住宅購入者向けの領域を担える企業と連携できれば理想的だ。3日間のイベントには790社を超える出展スタートアップと6万人の参加者が集まり、セレンディクスにとって、兵庫の拠点にいるだけでは得られなかったつながりを築く機会となった。

 「普段、私たちは地域外の方々と接点を持つ機会があまりありません。しかし、東京でのイベントでありながら、全国の自治体関係者が私たちのブースを訪れ、話をしてくださいました。学生の来場も多く、教育的な観点からも非常に意義があります。これほど多様な人々とつながれたことで、このイベントに参加した価値は十分にあったと感じています」

佐藤蒼士

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2023年にセレンディクス株式会社でインターンとして活動を始めた後、2024年に経営企画室に加わり、国内外での資金調達と事業開発に携わった。同年、大阪スマートシティパートナーズフォーラム「Smart City Osaka Pitch 2024」で優秀賞を受賞。2025年には現職である執行役員COOに就任し、現在はさらなる事業開発、公共分野への展開、対外コミュニケーションを担っている。直近では、深セン市人民政府が主催する2024 China(Shenzhen)Innovation Competition Tokyo Divisionで第3位を受賞した。

セレンディクス株式会社

https://serendix.com/

Sustainable High City Tech Tokyo = SusHi Tech Tokyoは、持続可能な都市を最先端のテクノロジーで実現することを目指して、世界中からスタートアップや投資家、大企業、都市、大学などが東京に集まり、未来の都市を構想・実践するグローバルイノベーションカンファレンスです。
SusHi Tech Tokyo | Sustainable High City Tech Tokyo

取材・文/LCY
写真/穐吉洋子
翻訳/田崎桃子