日銀理事から起業家へ、女性エンジニアが輝く未来を描く
日本銀行理事を経て、現在は株式会社EmEcoの代表を務める清水季子氏
カラフルな国際会議と、日本が誇る「しなやかさ」
日本銀行に勤務していた頃から、欧州統括役や国際担当理事として、G7やG20をはじめ100回以上の国際会議に日本代表として参加してきた清水氏。そこで実感したのは、会議に参加している女性の比率だけではなく、社会システムそのものの違いだった。
「海外の会議はとにかくカラフル。いろいろな属性を持つ人が集まり、いろいろな意見が出ます。日本に戻ると、同じ学校を出て、同じ会社に入って、同じ文化で30年積み上げてきた人たちだけで議論する、モノクロみたいな会議なんです。話の広がり方や発展の仕方、特にイノベーティブな議論ができるかどうかが全く違います」
しかし清水氏は、決して日本を否定的に見ているわけではない。他国の文化や生活習慣を取り入れてより良いものにしていく柔軟性や、顧客に寄り添う姿勢など、日本社会に根付く「しなやかさ」は、日本の成長を支える素晴らしい特性だと話す。その潜在能力を、どう生かすか。それが今後の経済成長において、より重要性を増していくという。
「女性活躍」を超えて、一人ひとりの潜在能力を生かす
女性管理職や女性リーダーがまだ少ないと言われている日本だが、一言で「多様性」と言っても、その課題は複数の層にわたると清水氏は解説する。一つ目は、モノカルチャーという日本の文化的背景。二つ目は、高度経済成長を経て先進国となってから40余年、モデルチェンジできていない社会システム。そして三つ目が、女性活躍をはじめとするダイバーシティの議論である。
「世界はもう『女性活躍』という言葉では語れない段階まで進んでいます。日本で多様性を議論するときは、どの段階のことが課題になっているのか、まずは見極めなければなりません」
「日本には高い教育を受けた優秀な女性たちがたくさんいますが、40代以降になると、産業界や経済界の会議でほとんど見かけなくなります。女性の潜在能力を長期にわたり社会で生かすこと、つまり中高年の女性の所得が増えることは、日本のGDP倍増に匹敵するほどの経済効果になると考えています」
しかし、制度や仕組みを変えるだけでは、社会は変わらない。制度や仕組みをつくり運用している経営層もまた、それぞれ異なるバイアスを持っているのであれば、まずは一人ひとりのバイアスを取り除く必要があるという。一人ひとりと向き合う対話は、清水氏が日本銀行にいた頃から大切にしてきたコミュニケーションである。
「まずは相手の状況や考えを理解した上で、こちらが伝えたいことを話さないと、なかなか伝わりません。組織や社会を変えたければ、一人ひとりと真剣に向き合う覚悟が必要です」
小中学生が「女性エンジニア」に憧れるきっかけを
女性の潜在能力を発揮させることが、日本の成長につながる。その一つの方法として、女性がエンジニアとして、さらに経営者としてキャリアを形成できるエコシステムをつくることが、清水氏が株式会社EmEcoを立ち上げた目的である。
EmEcoの活動の一つが、女性エンジニアが集う交流イベント「Engineers' Retreat」である。企業で活躍する女性エンジニアたちが40人ほど集まり、それぞれの悩みや挑戦について本音で語り合う、合宿スタイルのイベントだ。そこでの対話から、「子どもの頃に女性がエンジニア職に就くイメージがなかった」「周囲からは文系に進むよう勧められた」など、共通の課題が見えてきた。
「なぜ女性エンジニアが少ないのか。それは、子どもの頃に女性のエンジニアという存在を知らないからです。そこで、受験が始まる前の小中学生のうちに、女性エンジニアのことを知ってもらう場が必要だと考えました」
こうして2025年からスタートしたのが、小中学生を対象にしたものづくり体験イベント「Engineers meet Girls!!」だ。イベントでは、入浴剤づくり、紙飛行機の飛ばし方、自動運転ミニカーやロボットを動かす体験など、化学や物理、プログラミングの知識と技術を楽しく体験できるプログラムを開催。子どもたちが業界の最前線で活躍する女性エンジニアから直接学べるというのも、大きな意味があると清水氏は語る。
「ものづくりの楽しさを知ると同時に、子どもたちは『教えてくれているお姉さんたちがかっこいい!』と思うんです。子どもの頃の心象風景に、女性エンジニアが輝いている姿をしっかり植え付けたいんです」
「こんな研究がしてみたい」「車や飛行機をつくりたい」子どもの頃に抱いた強い気持ちがあれば、進路選択や人生の岐路を迎えるときに悩んだとしても「理系の道に進むことを諦めない、強いトリガーになるはず」と清水氏はその重要性を語った。
第1回「Engineers meet Girls!!」には、約200人の小中学生・保護者・女性エンジニアが参加。2026年7月開催予定の第2回では、建築物の構造づくり、半導体工場見学などさらにプログラムを拡充し、400人以上の参加者になる見込みだ。
10歩先ゆく施策で、成長を牽引する東京
東京都男女平等参画審議会会長を務める清水氏は、東京都の政策づくりにも関わっている。清水氏は、東京と地方都市、それぞれの役割や重要性の違いを認識した上で、「東京は日本の中心だが、日本を代表する都市というわけではない」とあえて定義し、その上で東京が持つ独自性やポテンシャルを高く評価する。日本全体の経済力を底上げするために、その10歩先の取組をまずは東京で実施し、先駆けて成長モデルを提示することが、東京の役割だという。
東京都ではSTEM(科学、技術、工学、数学)分野における女性活躍を推進するため、女子中高生向けのオフィスツアーなどの取組を進めているが、清水氏が目指す女性エンジニアが輝くエコシステム構築において、STEM教育もまた重要な一部分と認識した上で、自治体に期待することとしては、教育現場の環境整備を挙げた。イベントで子どもたちが女性エンジニアから楽しそうに学ぶ姿を見て、「女性の理系の先生が増えてほしい」と話した。
2022年の文部科学省「学校教員統計調査」によると、全国の中学校で英語や国語を担当する教員は女性の比率が高いことに比べ、数学や理科を担任する教員の割合は男性が多数を占める傾向にある。子どもたちにとって身近な教育現場において、「理系女性のロールモデル」として、女性の理系教師の増加もまた、理系を選択する女子学生を後押しする存在になるかもしれない。
何でもあって、適度な距離感が心地よい街
東京生まれ、東京育ちの清水氏は、現在は東京と名古屋を往復する暮らしを続けているが、「これからもずっと東京に住み続けるつもり」と話す。映画や舞台などさまざまなエンターテインメントが気軽に楽しめる距離感と、そして人と人との適度な距離感が、何より快適で暮らしやすいという。
「いい意味で放っておいてくれる街。必要なときには人と会って楽しめるし、一人でいたいときには一人でいられる。その両方あるのが、東京の良さだと感じています」
多くの選択肢があり個の自由が尊重される東京は、ビジネスで活躍したい女性にとっても、チャンスが広がりやすい街だといえるだろう。
一人ひとりの可能性を、東京から世界へ
日本銀行という大きな組織でマクロの視点を磨き、現在はスタートアップの経営者として現場からエコシステムをつくる清水氏。両方の経験から見えてくるのは、一人ひとりと真剣に向き合い、個のイノベーションを大きな変化につなげることの重要性だ。
子どもたちが理系の世界に触れ、女性エンジニアという将来の選択肢を当たり前に思い描けるようになること。清水氏が描くエコシステムは、「女性活躍」という言葉にとどまらず、いずれ日本全体、そして世界の成長力を大きく変えていく可能性を秘めている。
清水季子
株式会社EmEco
https://www.emeco.co.jp/写真/藤島亮
