日本のロボットスタートアップが見据える「ヒューマノイド時代」
ヒューマノイド、概念から現実へ
SusHi Tech Tokyo 2026で展示されたロボットの中でも、ドーナッツ ロボティクス株式会社が開発したヒューマノイド「cinnamon 1」は、性能だけでなく、その先に感じられる未来像によって来場者の関心を集めた。人間によく似たその姿は、かつてはSFの世界の問いだった「ロボットが人間と同じ空間で当たり前に共存するようになったとき、社会はどう変わるのか」というテーマを、現実の課題として考えさせる存在だった。
ドーナッツ ロボティクスのCEO・小野泰助氏にとって、この問いに対する答えは心躍ると同時に、今すぐ向き合わなければならないものでもある。「2030年までに、完全自律型の汎用ヒューマノイドが登場すると考えています。それが実現したとき、社会がどのように変わるか、今から考え始める必要があります」と小野氏は語る。
東京を拠点とする同スタートアップは、ロボットAIとヒューマノイドの開発を手掛けている。その中核となるのが、ヒューマノイドの国産ブランドであるcinnamon 1だ。現時点では海外製の機体に自社開発のAIを組み合わせた形をとるが、ハードウェアとソフトウェアを国内で一貫開発する将来モデルの実現を目指している。
cinnamon 1がまず目指すのは、派手な演出ではなく実用性だ。工場における単純で反復的な作業をヒューマノイドに担わせることを出発点に、将来的には建設現場など、人手を多く必要とする分野への展開も視野に入れる。労働人口の減少が進む日本において、こうした技術が持つ社会的・経済的な意義は大きい。人材確保が難しくなる中、ヒューマノイドは、人間だけに頼らず生産性を維持するための現実的な選択肢になろうとしている。
「工場で行われる単純作業を置き換えるためにcinnamon 1を開発しています」と小野氏は話す。課題は、ロボットを歩かせたり話させたりすることではない。実際の現場で、安全かつ信頼性を備えた実用的な存在として受け入れられるかどうかである。
動画学習からステージへ
SusHi Tech Tokyo 2026で、ドーナッツ ロボティクスは新型ヒューマノイド「cinnamon mini」も発表した。最大の特徴は、従来のモーションキャプチャーではなく、動画から直接動作を学習できるフィジカルAIを搭載していることだ。同社は、この技術によってロボットの動作学習を効率化し、ヒューマノイドの開発をさらに加速できると説明した。
この技術がより多くの人の目に触れたのは、4月29日のことだった。SusHi Tech Tokyo 2026内のイベント「TOKYO CALLING, NEXT STAGE. ATARASHII GAKKO! × ROBOTICS STAGE」に、「新しい学校のリーダーズ」が登場したのである。ドーナッツ ロボティクスにとって、アーティストとのコラボレーションは今回が初めてであり、大きな挑戦でもあった。ロボットはグループから提供されたダンス動画を学習し、その動きをステージ上で再現した。小野氏によれば、メンバーが自然にフォローし、会場を大いに盛り上げてくれたという。
このパフォーマンスは、ドーナッツ ロボティクスにとって、ヒューマノイドをより身近な存在として示す機会となった。息の合ったダンスはロボットならではの身体表現を際立たせ、パフォーマンス後の質疑応答ではcinnamon 1が会話形式で受け答えを披露。「好きな食べ物は寿司とラーメンです」と答えた後、相手へ質問を返す場面も見られた。楽しいやり取りの中、ヒューマノイドがより身近な存在になるにつれ、パフォーマンスと対話、そしてロボティクスが重なり合っていく未来を感じさせた。
こうした動きは、ロボット工学全体の潮流とも重なる。ヒューマノイドはAIと共に進化を続けており、電気自動車、アクチュエーター(駆動装置)、自動運転、生成AIといった技術の進歩が、現在のイノベーションを後押ししている。かつては意思疎通すら難しかったロボットが、今では音声や画像を理解し、より複雑な指示にも対応できるようになりつつある。
このような技術の融合は、ヒューマノイドに大きな可能性をもたらす一方で、新たな課題も浮かび上がらせる。「社会への影響が非常に大きいからこそ、今のうちに安全性やルールを整備する必要があります。そうでないと、ロボットが国家間の対立や紛争に利用される可能性もあります」と小野氏は警鐘を鳴らす。
小野氏は、ロボット工学に関わる企業の責任は技術開発を進めることだけにとどまらず、人々が信頼できる形で技術を社会に根付かせることにあると考えている。
コラボレーションを育む都市・東京
ドーナッツ ロボティクスは、大企業のプロジェクトとして誕生したわけではない。小野氏は、同社を「ガレージから一人で始めたスタートアップ」と表現する。一方で、その成長を支えてきたのが東京という都市だとも語る。「東京には優秀なエンジニアが数多くいます。実証実験を行える環境があり、大企業も多く、コラボレーションの機会にも恵まれています」
実際、ドーナッツ ロボティクスはこうした東京のエコシステムから多くの恩恵を受けてきた。2017年には初期のロボットが羽田空港ロボットプロジェクトに採択され、東京の主要な交通拠点の一つで技術を実証する機会を得た。小野氏は、こうした機会こそが、ロボット企業を実社会や公共空間、さらには新たなビジネスパートナーへとつなぐ東京の強みだと考えている。
ハードウェア開発には、打ち合わせ、部品調達、実証実験の場、投資家、そして企業パートナーなど、多くの要素が必要になる。東京には、それらがコンパクトな範囲に集まっている。約1,400万人が暮らし、多数の企業や主要な機関が密集する都市ならではの利点だ。「ロボット開発では、研究施設や会うべき人、部品を調達する場所が近くにあることが重要です。人が集まっていること自体が大きなメリットになります」と小野氏は語る。
東京は資金調達の面でも優位性を持つ。小野氏によれば、日本の投資家や大企業の意思決定者は多くが首都圏に集まっており、スタートアップにとって資金調達や提携を進めやすい環境が整っている。中でもSusHi Tech Tokyoは、ドーナッツ ロボティクスのような企業にとって、国内だけでなく海外に向けても存在感を示すのに格好の舞台だ。
ドーナッツ ロボティクスはすでに海外展開も視野に入れている。小野氏によれば、2027年から2028年初頭をめどに米NASDAQ市場への上場を目指しており、そのためには海外投資家やベンチャーキャピタルとの関係構築が欠かせないという。SusHi Tech Tokyoは、こうしたスタートアップが国内外へ技術とビジョンを発信し、新たな協業や投資機会を広げる場となっている。
ヒューマノイドが生み出す新たな経済圏
ヒューマノイドは仕事を代替する存在として語られがちだが、新しい産業を生み出す存在にもなると小野氏は考えている。今後、ロボットが小野氏の予想通り普及すれば、保守や輸送、レンタル、修理、設置、管理を担う新たな事業が必要になる。ロボットレンタル会社やメンテナンス事業者、さらには「ロボット病院」のような、現時点ではまだ本格的には存在していないサービスが生まれると小野氏は思い描いている。
「ロボットの数が人口に匹敵するようになれば、それに関わる新しい仕事が必ず生まれます。人々の働き方や暮らしは、AIやロボットとの協働を前提としたものへ自然と変わっていくでしょう」
若い起業家やエンジニアに向けた小野氏のメッセージは明快だ。「日本市場だけを見てはいけないし、AIが競争環境を変えるスピードを甘く見てもいけません」。そして、こう続ける。「求められる人材像は数カ月ごとに変わっています。3年後に必要とされる自分を考えて行動するべきです」
日本のスタートアップが世界で生き残るためには、明確な「持続的な競争優位性(モート)」の確立が不可欠だとも指摘する。ヒューマノイド工学の分野では、日本は製造技術や信頼性の高いハードウェアで定評があることに加え、海外の競合企業には参入しにくい作業現場にもアクセスできることから、そうした競争優位性を確立できる可能性がある。さらに東京には、その日本ならではの強みを世界で競争力のあるロボット関連ビジネスへと発展させるために必要なエンジニアや投資家、企業パートナー、そして実証の機会が集まっており、スタートアップにとって有利な環境が整っているという。
SusHi Tech Tokyo 2026で披露されたcinnamon 1の対話デモンストレーションと、cinnamon miniによるダンスパフォーマンスは、ヒューマノイドが当たり前になる未来の一端に過ぎない。しかし、ドーナッツ ロボティクスが伝えたいメッセージは明確だ。ヒューマノイドは、もはや遠い未来の空想ではない。投資、都市政策、産業戦略、エンターテインメント、そして私たちの日常生活へと、その存在は着実に入り始めている。
小野泰助
ドーナッツ ロボティクス株式会社
https://www.donutrobotics.com![]()
Sustainable High City Tech Tokyo = SusHi Tech Tokyoは、持続可能な都市を最先端のテクノロジーで実現することを目指して、世界中からスタートアップや投資家、大企業、都市、大学などが東京に集まり、未来の都市を構想・実践するグローバルイノベーションカンファレンスです。
SusHi Tech Tokyo | Sustainable High City Tech Tokyo
写真/穐吉洋子
翻訳/舘山未来