江戸っ子の心意気が育んできた 伝統工芸「江戸指物」の世界
大工への憧れから指物師へ
指物の歴史は平安時代の宮廷文化華やかなりし頃にまでさかのぼるといわれる。なかでも武家や町人など向けに、華美に走らず余計な装飾を排して木目の美しさを引き立て、すっきり堅牢であるのが「江戸指物」だ。文箱や硯箱といった小さなものから、箪笥や机などの大きな家具まで幅広く手がけられる。隠れた部分にこそ凝った細工を施す江戸っ子ならではの「粋」な美意識にこだわっているところが特徴である。
戸田氏が修行を始めたのは18歳。小学6年生の頃、間近で見た大工の仕事に憧れ、中学を出て職業訓練校の木工科に入った。
「卒業する頃、先生から江戸指物師の親方の元に連れて行かれまして。親方にはすでに弟子が数人いましたが、もう一人欲しかったそうで、指物も何も知らないまま住み込みの内弟子になりました」
その親方が名匠とうたわれた島﨑國治氏だ。仕事ぶりを見て技を盗めという悠長さはなく、常に隣に座らされ徹底的に体に叩き込まれた。恐ろしいと思うほど厳しかったが、些細なことでも質問すれば教えてくれた。
「20歳になった時、親方から仕事を覚えたいか金を稼ぎたいかどっちだと聞かれ、私は仕事を覚えたいと答えた。他の兄弟子たちは皆お金だったそうです。そこで人生が決まり、新たに毎日が真剣勝負の気を抜けない修行が続きました」
カンヌで世界のセレブが驚嘆
親方の死去を契機に独立して以来、戸田氏が最も大切にし、江戸指物の基本だと考えているのは、木の性質を見極めることだ。
「もちろん技巧やデザインのセンスも重要。でも見た目のデザインに走っちゃうと必ずしっぺ返しを食らう。大事なのは、木には一本一本違う性質があることを知り、見抜くこと。切り出した板は粘りや艶、光沢がそれぞれ違いますからね。なおかつ、板材になってからも木は呼吸している。だから伸縮したり反ったり歪んだりするし、その程度も板材によって違う。それぞれに気難しい個性があるのです」
江戸指物では昔から、合板などを使わない一本物の無垢材、なかでも最も硬いクワ科の落葉樹である桑が使われてきた。その最高峰だと戸田氏が考えているのが、伊豆諸島の三宅島や御蔵島などに自生する島桑だという。
「同じ桑の木材でも経年劣化で色が黒く変わってしまいますが、それが島桑だと、いくら年月を経ても一番いい色具合であるべっ甲色で劣化が止まる。まさに銘木といわれるゆえんです。そういう木の性質を自分の目で見極められないと指物師としては通用しません」
2025年5月、第78回カンヌ国際映画祭で行われた国際社交セレモニー「CANNES GALA 2025」会場で、日本の伝統工芸の代表格として戸田氏作の江戸指物が紹介され、世界のセレブがその精巧さと美しさに驚嘆した。
「年輪模様の木目や傷、気象などによる影響で現れる複雑で希少な模様である杢目(もくめ)は、日本人にとっては見慣れたものかもしれませんが、海外の人にはそれが特別な美しさに思えるのかもしれませんね」

江戸っ子の「粋」な気質に守られて
指物師の団体トップを歴任してきた戸田氏の目下の悩みは、後継者不足だ。修行を始めた当時は40人以上いた江戸指物師が、今は10人もいないという。
「親方がよく言っていましたが、指物師は大工にもなれるが、大工から指物師にはなれない。指物師はやはり若いうちから修行を始めないと間に合わないのです。私も18歳でこの道に入りましたが、まだまだ修行を続けているようなものですから」
それでも、江戸指物の技は江戸・東京だからこそ継承されてきた。その理由を戸田氏はこう考える。
「表を飾り付けるのは実は楽なことで、表を質素にしつつ見えない裏側に工夫を凝らして美しく仕上げる。これが江戸っ子の粋ってやつで、そういう気質が続いているからこそ江戸指物の技も守られ、継承されてきたのでしょう。確かに指物の需要は減ってきているし、職人も減った。だからこそ、もっと江戸指物の魅力を多くの人に知ってもらい、技も伝え続けたいですね」
Movie: 東京都








