見慣れた風景の奥に息づく、東京の伝統
店先からは見えないものを見つめる
メインストリートから外れると、東京の新たな一面が見えてくる。ひっそりとした工房や老舗の店先、地域の掲示板に貼られたお祭りの案内などを通して、電車の窓やタクシーの座席からは見落としがちな、この都市のもう一つの側面に気付かされるかもしれない。トラベルライター兼写真家のフォング氏にとって、こうした発見こそが東京の魅力の一つである。
2014年から東京を拠点としているフォング氏は、日本の47都道府県のうち45都道府県を訪れたことがあり、『Lonely Planet Tokyo』や『DK Eyewitness Top 10 Tokyo』などに寄稿している。日本の文化や着物、茶道のほか一般的な旅行コースにはめったに盛り込まれない場所に注目した内容が多い。
「京都や金沢などを訪れると、伝統的な場所や店舗、飲食店は、一目でそれとわかります。街並みや建築物が人々の描くイメージ通りだからです」と彼は話す。「ところが東京の場合、この100年間で街の多くの部分が自然災害や戦争で破壊されてしまったため、どこが新しくどこが古い場所なのか見分けにくいことがあります」
日本橋に、400年以上の歴史を持ち、江戸時代の浮世絵と深い関わりを持つ団扇店があるという。通りすがりの人には単に美しいモダンな店にしか見えないかもしれない。「一般の観光客には、この店が創業400年の老舗だとはわからないでしょう」と彼は語る。「こういう場所を見つけるのは簡単ではありません。でも、確かに存在するのです」
それらを発見することが、フォング氏にとっての楽しみだ。「宝探しみたいな気がするのです」と彼は言う。
歩く速さで街を巡る
重要なのは、スピードを落とすことだという。鉄道網のおかげで、東京は驚くほど便利だ。しかし、新たな発見ができそうなルートを選んでみると、この都市の体験の仕方が変わる可能性がある。旅行者はある駅から列車に乗り、有名な観光地付近で下車する。その間に存在するものは見ないまま終わってしまう。「是非とも歩いて色々な場所をまわることをおすすめします」とフォング氏は話す。「地下鉄に乗ってしまったら、地下にいるのですから何も見えません。モグラみたいですよ。一つの穴にもぐったと思ったら、別の穴からひょっこり顔を出すのですからね」
歩けば異なる尺度で街の姿を捉えることができる。小さな看板や開放された入り口、地域のお知らせなどから、歩いていなければ見過ごしてしまうような物語が見えてくる。ふとした会話が生まれることもある。
フォング氏は以前、蔵前にある小さな和紙工房にふらりと立ち寄ったことがある。浅草神社の古いおみくじ箋(せん)を使って紙を作っている職人が営む工房だ。神社での祈祷を経て清められたおみくじが細かく裁断され、新しい和紙に生まれ変わる。よく見ると、出来上がった和紙の中には、元の紙の断片が確認できる。
「和紙作りは東京だけで行われている工芸ではありません」と彼は話す。「しかし、この職人が作っていたのは東京にしかない和紙です」
地域社会の基盤としての祭り
季節の行事や地域の祭りは、「生きた東京」を体験する一つの機会だ。フォング氏は、こうした行事をもっとわかりやすく多言語で宣伝するよう、以前から地方自治体や観光振興機関に働き掛けてきた。決して、観光客向けに行事をつくり変える必要があるということではない。そこに行事があるのだから、その存在を知らせるべきだということだ。「行事や祭りは観光客がいようといまいと開催されます」と彼は言う。「必要なのは、多言語で情報を発信し、人々に認知してもらうことだけです」
その一つの例が、浅草神社で毎年行われる三社祭である。東京でも有数の伝統的な祭りだ。フォング氏は今年、3日間の日程のうち2日間にわたって訪れ、そこにいた人の多くが、たまたまこの祭りに行き当たったようであることに驚いた。
三社祭でフォング氏が最も感銘を受けたのは、単に神輿が通りを練り歩く光景ではなく、その背後にある地域社会のあり方だった。神輿は重く、何時間も運んで歩くには、大勢の人が交代で担ぐ必要がある。「地域の人たちがこぞって参加しているのですよね」と彼は語る。「地域の人にとって、この重たい神輿を担ぐのを手伝うことは名誉なのです」
東京のような大都市において、これは重要だ。「地域社会を維持するのは容易なことではありません」とフォング氏は述べる。「伝統的な行事や祭りは、東京が結束力を維持する一つの方法です」
参加のハードルを下げる
観光客は、行事に参加したい気持ちは強いものの、ハードルが高いと感じることが多い。彼らの参加を阻むのは意欲の欠如ではない。一番の問題は、必要な情報にアクセスしにくいことだとフォング氏は考えている。
彼は、盆踊りや阿波踊りを例に挙げている。こうした祭りでは、観光客の参加を歓迎している場合でも、踊りや決まり事がわからないために、参加を躊躇してしまう人がいる。基本の振り付けを紹介する多言語字幕付きの簡単な動画があれば、状況は変わってくるだろう。わかりやすい表示や案内により、間違いを犯す不安をなくすことも効果があるはずだ。「主催者は、あまり深刻に考えすぎてはいけません」と彼は言う。「日本の人たちは、特にイベントの場では、海外からの観光客と積極的に対話や交流を図ろうとしてくれます」
礼儀は重要であるが、観光客に特別な知識は必要ないとフォング氏は考えている。結局は敬意の問題であるという。つまり、パフォーマンスを遮らない、展示物に手を触れない、文化的な規範が自国とは異なる場合があると心得るといったことだ。また、どちらの側にも寛大さが必要だと彼は強調する。大抵の間違いは、敬意のなさではなく、単に不慣れであることが原因だからだ。
本物の体験とは
文化体験への関心が高まる中、フォング氏は、意味のある体験と、単に写真映えするだけのアクティビティとを慎重に区別している。その違いは、体験と本物の伝統との間に確かなつながりがあり、日本に対する理解を深めることができるかどうかだという。「体験を終えたとき、体験する前よりも日本について多少なりとも知識が増え、日本文化への理解が少しでも深まるようであってほしいです」
東京には、小さな工房や歴史ある商店のほか、19世紀に江戸で生まれ、今日まで受け継がれている「江戸切子」のような工芸など、文化体験の機会が数多くある。ただし、フォング氏は、伝統に意味を与えている本質的なものを失った、大量受け入れ型の「文化体験」には懐疑的である。
伝統、変化、未来
フォング氏は、あまりにも急いで伝統を変えることには慎重である。伝統の良さの一つは、昔の人々も同じようにその伝統に参加していたという感覚にあるという。「時代を超えてつながっている気分になるのです」と彼は話す。
しかし、一方で彼は、存続するために、変化に適応しなければならない伝統もあると認識している。例えば、江戸前寿司は東京の歴史や東京湾との結びつきに根差しているが、気候変動や魚介類の供給状況の変化により、仕入れ可能な食材が変わりつつある。
適応とは昔からの形を守ることだけを意味するのではない。新たな伝統が根付くことを認めることでもある。フォング氏は、原宿で行われる「原宿表参道元氣祭スーパーよさこい」に言及している。高知県発祥のエネルギッシュな踊りをテーマに、東京で開催されるイベントだ。盆踊りや阿波踊りと比べると比較的新しい伝統ではあるが、すでに東京の中心部に多くの踊り手や観客を集めるまでになっている。このイベントは、東京の文化の未来が、昔からの伝統だけに縛られる必要はないことを示していると彼は考える。「これぞ東京ですよね」と彼は言う。「東京なら、どんなことでも可能なのです」
よさこいは、東京の祭り文化が、古くから受け継がれてきた伝統だけでなく、人々が一緒になって表現する新たなスタイルにも開かれていることの表れであるとフォング氏は考える Photo: courtesy of タッド・フォング
旅行業者も観光客も、現状に満足しないでほしいと彼は訴える。SNSのトレンドや、ありきたりなおすすめリストだけを頼りにした旅行では、東京の文化的な奥深さを支えている小規模な事業者や個人が見過ごされてしまうかもしれない。「彼らが消えてしまったら、私たちが知る、豊かで、多面的で、多様な要素が共存する東京の姿も失われてしまうでしょう」
そうではなく、もっと丁寧な旅の仕方もある。のんびりと、好奇心を持って、目につきやすいものだけでなく、その先に目を向けるのである。東京では、近代的なビルの中や裏路地の工房、あるいは神輿を担いで浅草を練り歩く地域の人たちの肩に、今なお昔ながらの街の風情が息づいている。