東京の都市型観光農園、美味しくて健康的なブルーベリーを紹介

ブルーベリーを手にする矢野高之氏。家族経営の農園を守るために栽培を始めたこの小さな実が、彼の人生を変えた
ビジネスの世界から農業の道へ
矢野氏はもともと会社員として働いていたが、祖父が脳梗塞で倒れ、一家が江戸時代から東小岩に保有してきた農地を管理できなくなった。両親には家業である農業を継ぐ意思がなかったため、矢野氏は、自宅に隣接して所有する一家の農地の存続が、自分に懸かっていると認識した。地域の農業の伝統を守ることに貢献したいという思いから、この挑戦を引き受けることに決めたという。
祖父母は小松菜の栽培を専門としていたが、矢野氏は方向性を一変させて、ブルーベリー栽培を始める決断をした。観光農園の運営にも関心を持っていた彼は、樹高の低いブルーベリーは子どもや高齢者でも手が届きやすく、ファミリー向けの作物として最適だと考えたのだ。また、ブルーベリーの旬は6~8月であり、子どもたちの夏休みともうまく重なった。
矢野氏が農園を始めたもう一つの動機は、それまで東京都の西部に集中していたブルーベリー栽培を、東部にも広めることだった。「しかし問題がありました。私は家族の農業にまったく関与してこなかったので、ブルーベリー栽培はもちろん、実は農業の経験が何ひとつなかったのです」

コミュニティ志向の都市農園を確立する
農業を学ぶための師匠探しを始めた矢野氏は、何軒かのブルーベリー農家を訪ねたという。そして最終的に、2011年3月の東日本大震災で農地を失った、茨城県の元ブルーベリー農家にたどり着き、栽培技術を教えてもらえることになった。
師匠は東小岩まで足を運び、矢野氏はその指導の下でブルーベリー栽培を学んだ。そして土壌や水といった栽培の基礎に加えて、地域特有の生育環境にブルーベリーを適応させる必要性も理解した。
「ブルーベリーのいくつかの品種は、近くを流れる江戸川から吹きつける風に非常に敏感で、木が曲がってしまいます。また、大雨や気温上昇の影響を受けるとうまく育たない品種もあります」と話す。
試行錯誤をしながら学ぶ中で、生育の悪かった5品種については栽培を諦めざるを得なかった。しかし現在、矢野氏が栽培するブルーベリーは合計35品種と、東京都のブルーベリー農園の中でも屈指の多様さであり、さらに4品種を試験中である。
また、矢野氏の農園ではブルーベリーをポット(鉢)で栽培しているが、直植えするブルーベリー農家が多い中、これは珍しいアプローチだという。さらに師匠の助言を受けて、水や窒素、リン酸などの栄養素を、細い管で一つひとつのポットに直接届ける仕組みも追加した。これにより、矢野氏が一人で農園を経営する際の重要な課題である、水やりと肥料の管理等の作業が大幅に効率化された。

とはいえ、農園にはおよそ1,000個のポットがあり、一部の作業には、より多くの人手が必要になることもあった。
「ポットに土を入れるのは果てしない作業に感じました。でも地元の人たちが手伝いに来てくださり、本当に助かりました」と笑いながら振り返る。
小さいけれど力強いブルーベリーの魅力を来園者に伝える
東小岩の矢野氏の農園を訪ねると、渋谷や新宿といった観光客の多いエリアとはまったく趣の異なるエリアを探索する良い機会になる。例えば小岩駅の周辺では、地元の人々が商店街をのんびりと歩いたり、小さな食堂でおしゃべりを楽しんだりしていて、都心とは異なる田園のような雰囲気が感じられる。
矢野氏の農園に到着すると、来園者はまず座って紹介動画を見るように案内され、矢野氏からブルーベリーに関する基本知識の説明を受ける。
「この農園を始めてから、ブルーベリーにあまり馴染みのない人が多いことに気づきました。ブルーベリーを食べようとしたお客さんから、皮をむいたほうが良いですか、といった質問を受けることがよくあったので」と彼は微笑む。
矢野氏は次に、彼の農園で栽培しているブルーベリーの原産地を示した、壁の大きなパネル展示を来園者に見せる。そこにはオーストラリア、ニュージーランド、米国などの原産地が紹介されている。米国の中ではジョージア州とノースカロライナ州が主要原産地であり、農園ではそれぞれの産地に独立した収穫エリアが設けられている。
矢野氏は来園者に対して、「欧州の人々が最初に米国に入植した時代に、先住民から栽培方法を教わった作物の一つがブルーベリーでした」とブルーベリー栽培の歴史を解説する。
さらに、ブルーベリーが日本に伝わった経緯も詳しく説明する。1960年代に、温暖な気候に適した品種が米国から東京農工大学に持ち込まれたとされる。
「その中の一つだったホームベルという品種の木は、今も同大学のキャンパスで育てられています」と彼は話す。

ブルーベリー:本物のスーパーフード
学んだばかりのブルーベリーの知識を思い返しながら、来園者はテント状のネットで覆われた広いエリアへと案内される。そこで渡されたカップがいっぱいになるまで好きな品種のブルーベリーを収穫できる。
入口のすぐ手前には、どの原産地のブルーベリーがどの区画にあるかを示すマップがある。その隣の看板には、ブルーベリーの各品種の味の比較表が掲示されている。矢野氏の知人で、ミシュランで三つ星を獲得したレストランのシェフソムリエである太田賢一氏が手掛けたものだ。
「彼が農園に協力してくれることになり、本当にうれしかったです」と矢野氏は顔を輝かせる。
来園者はこうした情報を参考にして収穫したいブルーベリーを決めてもよいし、淡い緑からくすんだピンク、そして深い藍色へと、熟し具合によって色を変える丸々とした果実を眺めながら、ポットの列の間を自由に歩き回ってもよい。
ニュージーランド原産で、先住民のマオリ族の言葉で「大きい」を意味する「ヌイ」など、一部の品種は一般的なブルーベリーと比べてかなり大粒だ。矢野氏によれば、スーパーマーケットで販売されるブルーベリーは、輸送中のつぶれを防ぐために小粒なものがほとんどだという。
「熟したブルーベリーを食べられるのは本当のぜいたくです。枝から摘むと、風味はすぐに落ちてしまいますから。採りたての実はとても濃厚で甘いんですよ」と彼は説明する。

東京駅からわずか35分というアクセスの良さもあり、集客は順調だと矢野氏は話す。また、東京都のブルーベリー生産量が全国最多であることに触れ、東京の人々は健康意識が高い傾向があるために、ブルーベリーの人気がとりわけ高いのではないかと指摘する。
「ブルーベリーに含まれるアントシアニンは、健康に役立つ可能性があると言われています。まさに真のスーパーフードなのです」と彼は話した。
矢野高之
ブルーベリーファーム東京
https://www.blueberrytokyo.jp/写真/井上勝也
翻訳/友納仁子
