「江戸甲冑」を今に伝える親子三代の技

図面もなく実物に触れて研さんを積んだ技法
男児の誕生を祝い、5月5日の「端午の節句(こどもの日)」にその健やかな成長や厄除けを祈って飾る五月人形は、往時の鎧兜のミニチュア版だ。その風習は江戸時代以降、「我が子を守る」という意味で庶民の間にも広がり、そのまま現代まで伝えられてきた。拓実氏は祖父、父から受け継いだ技に加え、現在の素材、技術、自ら工夫した技法を駆使して、かつての鎧兜を五月人形として再現している。

拓実氏の祖父である加藤鞆美氏は、国宝や文化財に指定されている武具甲冑の模写修理に功績を残して最高峰の名匠とうたわれた初代名人・加藤一冑(いっちゅう)を父に持つ。日本伝統工芸甲冑士一号にも認定されている。
「かつて実際に武将らの甲冑を作っていた職人は図面など残していなかったため、曽祖父である初代一冑の頃には技の伝承はいったん途切れていました。そのため、実物が飾られている屋敷や全国の神社仏閣などに通い詰め、朝から晩まで何日もかけて精密画のように模写し、古文書などで時代考証も重ね、素材もできるだけ昔のものを手に入れ、それを細部まで組み上げて再現する技術を自分で磨き上げたそうです。今では国宝に指定されているような甲冑でも当時はまだ触れたようで、そういう手触りでも技法を確認できたんでしょう」
武家が中心の江戸で受け継がれてきた江戸甲冑は、きらびやかな装飾を施す甲冑とは異なり、入念な時代考証のもとに大鎧を再現し、重厚な意匠と質実剛健が特徴で、1986年には東京都の伝統工芸品にも指定されている。加えて、表からは見えない裏側にこそ凝った意匠を施すのが江戸っ子の粋だという。
その特徴を再現する技を初代一冑から幼少の頃より仕込まれ、自身も同じように全国を訪ね歩いて実物の甲冑に触れ、研さんを積み重ねた加藤鞆美氏が、新たに自らの暖簾(のれん)を掲げて開いた工房が「甲冑工匠加藤鞆美」なのである。
現代のニーズに合わせた工夫
幼い頃から祖父、父の仕事を間近で見て育った拓実氏は中学生で三代目を継ぐ決意を固め、父と同じ東京都立工芸高校アートクラフト科に進む。1907年に創立され、100年以上にわたり東京で工芸・デザインの担い手を育ててきた高校だ。そこで金工技法を学んで卒業後、すぐさま工房で修行の道に入った。
「祖父は見て覚えろという昔気質の職人で、父は聞けば教えてくれる。もちろん祖父も父も甲冑師の師匠としては厳しいですが、家族でもある。でもそこに甘えがあってはいけないと自分を律することも意識してきました。ただ、失敗しても怒られない。逆に、だからこそ申し訳ない気持ちで早く精進しなければと追い込まれる。そういう失敗の繰り返し、積み重ねで腕を磨くしかなかったです」

制作時に最も気を使うのは、部材を組み上げる「まとめ」の工程だ。
「例えば、兜の正面に付けられる左右一対の角のようなものを鍬形(くわがた)といいますが、こういう部材は作るときに失敗しても作り直せる。でも、最後のまとめで失敗すると取り返しがつかない。左右前後のバランスが少しでも狂えば見た目の美しさが台無しになるから、その作業に最も注意を払うし全神経を集中させます」
伝統の継承に加え、美意識も変わってきている現代のニーズに合わせ、自分なりの工夫を凝らして新たな風を吹き込むことも強く意識している。その一環で2024年から、「加藤秋実(あきさね)」という名で新作も発表してきた。
「『色彩(いろどり)』をテーマに掲げて、祖父や父の作風とは違うもの、甲冑工匠加藤鞆美としてはやってこなかったものを作るというコンセプトで始めました。例えば、兜の首のあたりを保護する錣(しころ)という部分があり、この錣を彩る色とりどりの糸を威糸(おどしいと)といいます。この糸の組み上げ方で見た目のデザインが決まり、普通は左右対称にするのですが、秋実の作品ではあえて非対称にし、見る方向によって違ったデザインに見える工夫を凝らしています」

海外へ江戸の技を届ける
三代目として新たな風を吹き込むべく、意識して海外にも目を向けている。ホームページやオンラインショップも立ち上げ、Instagramでは日本語と英語で発信。2019年にはルイ・ヴィトンから日本文化とのコラボレーションの話が持ちかけられ、初代・加藤鞆美作の甲冑を出品した。高評価を得た同作はさらに2025年、ルイ・ヴィトン創業170周年記念事業の一環として開催された展覧会にも招待出品された。

一方で、男性向けスキンケアブランドBULK HOMME(バルクオム)から、自社の広告用にと等身大の甲冑一式を展示するために制作監修をしてほしいとの依頼もあり、拓実氏が引き受けた。
「海外で高い評価を受けるのは、甲冑師としてはもちろん日本人としても誇りですし、励みにもなります。またこういう取組をすることで、これまで僕らの中にはなかった発想も生み出されるという意味で刺激を受けます」
SNSでは外国人のフォロワーも増え、実際に工房を見学したい、自分も制作体験をしたいという申し込みも少なくない。
「ワークショップもやっていて、わざわざ体験のために訪日される方も増えました。海外の方は甲冑の歴史的背景や意味などにも非常に興味を持たれます。だからこそ、僕らも技術的にも知識的にもさらに深く探求して腕も磨き、甲冑の魅力をもっと世界に発信していきたいです」
変わり続ける街・東京で、変わらず受け継がれてきた江戸の技。親子三代の手によって守られてきたその技は世界へも届き、いま三代目がそこに新しい彩りを加えようとしている。伝統と革新が共存する甲冑工房の姿は、東京の在り方を象徴しているようだ。