都市交通の分岐点――東京のラッシュ地獄はコロナで変わるのか?

東京都は約1400万人が暮らす世界有数の大都市である。通勤圏の埼玉、千葉、神奈川の3県を加えれば3600万人を超える。コロナ禍以前は、多くの人たちが通勤・通学の時間帯に一斉に都心へと移動するため、郊外と都心を結ぶ鉄道路線の車両は、身動きが取れないほどのギュウギュウ詰めとなる。
コロナ禍で通勤ラッシュが消えた!
冒頭に掲げた画像がまさにそれ。2012年6月にJR新宿駅・山手線ホームで撮影された凄まじい光景だ(写真:ZUMAPRESS/アフロ)。新宿区によれば、2015年度には新宿駅の1日当たりの平均乗降客数は約360万人に及んだ。1日に360万人!混むはずである。そして、その過酷で奇異な地獄絵は世界中に知れ渡っている。
ところが、である。新型コロナウイルスに対抗するため、世界中の都市という都市から人の姿が消えた。都市封鎖(ロックダウン)を選択する国や都市も多い中、強制力のある法律を持たない日本では、不要不急の外出の自粛、テレワークの導入・活用、遠隔授業への転換などをお願いするほかに方法がなかった。東京都は「3密」(密閉、密集、密接)の回避を繰り返し、繰り返し呼びかけた。

この画像は最初の緊急事態宣言が発令された2020年4月に撮影された(写真:アフロ)
それでも、である。東京の公共交通機関の様相は一変した。時差通勤どころか、テレワーク、リモートワークが一気に定着した。特に大企業では、その実施率が5割を超えるケースも珍しくない。他社の人と同じ空間を共有して働くコワーキングスペースにも関心が高まり、その利用料を補助する企業もある。山あいの一軒家をシェアするIT(情報技術)企業のエンジニアのニュースがよく流れたし、思い切って都会を捨て田舎暮らしを選ぶ人も出てきた。東京都も、「TOKYOテレワークアプリ」を提供するなどしてテレワークの推進と定着を図っている。
人々の「働き方」に対する価値観と、企業の「働かせ方」に対する考え方に、大きな転換点が訪れたように見える。
前進と後退、その分岐点は何処に?
にもかかわらず、である。東京の人流は戻り始めている。緊急事態宣言の発令下でも、通勤電車は再び混みあっている。 これから、どうなるのだろうか。シナリオは2つある。
(1)変化が定着し、転換が進む
(2)元に戻る
前者の場合は、コロナ禍を克服した後に、社会変革のムーブメントが盛り上がってくることが前提となる。「働き方」にとどまらず「生き方」にいたるまで、多くの人々が自分自身を見つめ直すことを通して、「そうありたくない」ということを人生の選択肢から排除していく。「通勤・通学ラッシュ地獄」は、その中に入る筆頭候補ではないかと、筆者は思う。都市に住まうということ、都市で働くということ、都市を動くということ、一つひとつを丹念に検証し、取捨選択する作業が始まるのではないかと、筆者は思う。
その状態は、都市から人がいなくなるということでは決してない。同じ時に、多くの人が一斉に、理不尽な苦痛を味わい、それを我慢して、移動する、という選択肢が脱落するということである。友人に会う、家族で出かける、仲間と学ぶ、もちろん、仕事に打ち込むために、これからも人々は都市を縦横無尽に動き回るだろう。コロナ禍で我々が学んだことの1つは、「ほかにも選択肢がある」ということなのではないだろうか。
一方、後者の可能性も残る。コロナ禍を克服した後、人々は易々と元の生活に戻り、新宿駅のホームではかつての地獄絵が再現されるかもしれない。その可能性は少なくはない。
では、前進と後退を分ける分岐点、分水嶺はどこにあるのか―。
残念ながら、その答えを筆者は持ち合わせていない。ただし、そのことについて、都市に暮らし、働く我々一人ひとりが、今から考え始めることが大切なのではないかと思う。
行政の対応も必要だ。東京都は2021年3月、『未来の東京』戦略を策定し、ポストコロナを見据えたビジョンと戦略を提示した。都市機能をさらに高める政策として、「新型コロナ危機を契機とした東京の都市のあり方フォローアッププロジェクト」の取り組みを紹介している。ぜひとも、目を通していただき、共に考えていきたい。