自律分散型の水循環システムで、都市の安心と環境を守る──WOTAの挑戦

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 これまで以上に効率良く水を使えるようにし、水不足で苦しむ人を大きく減らす──。SDGs(持続可能な開発目標)が掲げる目標の1つ、水資源の問題をテクノロジーで解決しようと、東京大学出身の技術者たちがスタートアップWOTAを起業した。
自律分散型の水循環システムで、東京の安心と環境を守る──WOTAの挑戦

 私たちが現在直面している大きな課題の一つが、水不足だ。「2015年国連世界水発展報告書」によると、人口増加や気候変動などを要因として、2030年には必要な水資源(淡水)が40%不足するという試算もある。こうしたなか、独自の水処理システムを開発し、地球と人類にとってサステナブルな水の使い方を広めようとしているのが東京大学発のスタートアップ、WOTA(ウォータ)である。

 WOTAは、CTO(最高技術責任者)の奥寺昇平らをはじめとする、東京大学出身の水処理やコンピューター科学の技術者が集まって2014年に起業したスタートアップだ。「宇宙ステーションのように水を再生処理し循環利用する仕組みを地上でも安価に実現できれば、世界に偏在する水の問題を民主的に解決できるのではないか」という発想に基づき、自律分散型水循環システムの開発を行なってきた。

 WOTAが開発しているのは、いわば水処理を自律制御可能にすることで従来の大規模水処理施設に対し10万分の1程度のサイズの水処理装置を実現する技術だと言える。同社の最初の製品である自律分散型水循環システム「WOTA BOX」は、独自開発した水質センサーと深層学習(ディープラーニング)(※1)を使って水処理を自律的に最適制御することで、同じ水を何度も再生処理して循環させる可搬型の水再生処理プラントだ。

 WOTAでは独自開発した水質センサーによって水処理に関するビッグデータを蓄積し、ディープラーニングという手法を用いて水処理に関するあらゆるデータをAIに学習させている。これによって、WOTA BOXは高い安全性の担保と高効率の浄化を実現しているのだ。WOTA BOXを利用したリサイクル率は実に98%に上り、これまでの50倍以上の効率で水利用が可能になるという。

※1 深層学習(ディープラーニング)

 コンピューターに極めて高い学習能力を持たせる手法。現代のAI(人工知能)を構成するテクノロジーの1つで、画像認識や他言語翻訳サービスなど様々な分野で活用されている。

 同社は、この技術を用いて災害時の水問題の解決に取り組んできた。2016年の熊本地震や2018年の西日本豪雨といった災害現場では、水循環システムの試作機を用いた入浴支援を実施。これを通じてWOTA BOXの製品化に成功し、それ以来2020年3月末までに避難所で過ごす累計2万人以上に清潔なシャワーを提供している。

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令和2年7月豪雨の際に、熊本県八代市に防災用として配備された「WOTA BOX」。通常であれば100リットルの水で大人2人程度しかシャワーを浴びられないが、WOTAの水循環技術を使えば同量で100人以上が利用できる。

水道設備がない場所でも手洗いを

 新型コロナウイルスの感染拡大で手洗いの重要性がかつてなく増した2020年7月、WOTAは水道設備がない場所にも設置できる水循環型手洗い機「WOSH」を発表した。WOTA BOXで使われる深層学習アルゴリズムと水質センサーに加え、3段階のろ過システムや紫外線による殺菌モジュールを搭載するWOSHは、手洗い後の水をWHO(世界保健機関)の飲料水水質ガイドラインに準拠するレベルにまで再生処理し、循環利用できる製品だ。発表から1年足らずだが、すでに商業施設や公共施設、飲食店、病院など都内を中心に200カ所以上に設置されている。

 手洗いをユビキタスにするWOSHのアイデアは、東京都主催のスタートアップピッチイベント「UPGRADE with TOKYO」の第5回(2020年開催)でも優勝をし、東京都が計画する「未来型オフィス実現 プロジェクト」でも導入が言及された。

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多くの飲食店が集まる東京・築地の店先に置かれた「WOSH」。

水と環境への意識を変える

 WOTAの自律分散型の水循環システムは、人々の生活の質を向上させるだけでなく、より環境に優しい水の利用にもつながる──。こう述べるのは、WOTAで最高経営責任者(CEO)を務める前田瑶介氏だ。

 「自律分散型水循環システムがあれば、海や川、降雨などから成る自然の循環系への環境負荷を大幅に低減できるようになります。上下水道がない環境下において、生活排水をその場で処理し、再生・循環利用していくシステムを構築できるのですから」

 また、東京のような大都市において、水や電気などのインフラは「あって当たり前」の存在だ。私たちの意識は、蛇口をひねれば水が出て、汚水を流せば誰かが処理してくれることに慣れきっている。水処理の仕組みや、その経済的・環境的コストに意識が向くことは少ない。

 しかし、前田氏はWOTA BOXやWOSHの利用者の間で環境意識が変わっているのを感じている。

 「WOTA BOXやWOSHを導入してくださった方は、機器のメンテナンスを通して水処理の工程に対する理解を深めます。さらにWOTAの水循環システムは、水を使った量ではなく、出した汚れの量、つまり排水の量と質で利用コストが増減するので、節水だけでなく『より綺麗に水を使おう』という質も意識した利用に変わっていくのです」

 水がない場所でも綺麗な水を豊富に使えるという体験自体、利用者の意識改革につながっている。

 「水を使えて気持ちいい、嬉しいといった体験を入口に、その奥にある技術や循環型の発想に触れることで、『実際に水はこうやって処理されて綺麗になるんだ』『こうした仕組みがあればまだ上下水道がない環境でも、環境負荷の低い水の利用が可能になるんだ』という気づきを得てもらえるのです」

東京に安心と安全を

 同社は、分散型の水インフラの技術が東京のような大都市において、大きな安心と安全を届けられると考えている。

 「日本の上下水道は大規模集中型ですが、首都直下型地震やゲリラ豪雨などの都市災害が発生した場合、1か所の故障がシステム全体に影響をもたらす場合があります。自律分散型の水インフラであれば、小さな単位で水インフラを管理できるので、平時も有事も同じ水の使い方を維持できます」

 水の再生・循環利用テクノロジーは、もちろん衛生の向上にも寄与する。都市では水インフラが行き届いているように見えるが、衛生上あるべき場所に水道を引くことができなかったり、水道の整備に多大な費用がかかったりするケースも多いと前田氏は語る。

 例えば、感染症対策の観点では店や施設の入り口で手洗いできることが望ましいが、駅構内や公園など公共の場でも水道配管の位置関係により自由に水が使えない場所は多い。またビルや家の構造上、水回りは1箇所に集中させざるを得ないことが多いのが現状だ。

 「先進国の都市においても水利用の不自由さは存在しており、我々はこれも一種の水問題だと捉えています。例えば、自律分散型の水インフラならば、いつでもどこでも必要な場所に手洗い場を設置できるので、手洗いの習慣づけを促すことなどもできます。分散型の水インフラには、都市の衛生を守るという社会的意義もあるのです」

 東京発の水循環型システムが、人々の水や環境に対する考え方を少しずつ変えようとしている。

UPGRADE with TOKYO」は、都政課題の解決に、民間から生まれた製品・サービスを活用すべく生まれたピッチイベント。毎回異なるテーマを掲げ、スタートアップからアイデアを募っている。製品・サービスをプレゼンテーションするピッチで、審査委員から課題解決に資すると認められたスタートアップに対しては、事業の協働等に向けて具体的な交渉を進める機会が設けられる。2021年5月末時点で、これまで10回開催された実績がある。

WOTAの取組は日本政策金融公庫のウェブサイトでも取り上げられています。

取材・文/川鍋明日香