「大都市が問題」から「大都市で解決」へ――東京都立大学の饗庭伸教授が考える、地球の未来のために東京ができること

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 「Urban20」(アーバントゥエンティ、U20)という言葉を聞いたことがあるだろうか?

 U20は、持続可能な世界のために都市が重要な役割を果たすとの認識に立ち、国家レベルのG20の議論に、都市の経験や意見を反映させるためのグループだ。2017年12月に発足し、現在は東京都のほか、大阪市や、海外ではパリ、ロンドン、ロサンゼルス、サンパウロ、ソウルなど、各国の大都市が参加している。

*参考リンク:東京都都市外交HP

 第4回のU20メイヤーズ・サミットは2021年9月にイタリアのローマで開催予定。6月17日には公平な社会の実現や、気候変動対策、パンデミックからの回復など世界が直面している課題について、G20に対する提言となるコミュニケを発表した。

 このU20において東京はどういう役割を果たすべきだろうか。東京都立大学の饗庭伸(あいば・しん)教授(都市環境学部都市政策科学科)は、都市に住む一人ひとりが「手段として大都市を使う」ことが、世界の課題解決のために重要だと指摘する。ここからは、饗庭教授の寄稿だ。

東京都市圏の未来とは

 Urban20の意味を深読みすると「大都市が地球の問題である」というのではなく、「大都市で地球の問題を解いていこう」という発想の転換があるのではないでしょうか。つまり「課題解決の対象としての大都市」ではなく、「課題解決の手段としての大都市」という考え方への転換です。

 東京においてこの考え方は、今世紀が始まるころにはっきりと意識され始めたと思います。それまでの東京は急成長を遂げたがゆえの「過密」を大きな問題としていました。例えば住宅の不足、慢性的な交通渋滞、密集した工場による大気汚染といった問題に対して、都市の密度を分散して対抗しようとしていたわけです。

 しかし、分散は都市が持つ課題解決の力をも削ぐことにつながります。そのまま厳しく規制して大人しく静かな東京を目指すという選択肢もあったと思いますが、結果的には、日本やアジアが抱える高度な問題を解決できるようにしようと、さまざまな機能を東京に集積する方向に舵が切られました。

 そこから20年近くが経ったわけです。今年のU20コミュニケに署名した28都市を見てみると、いまだ人口が爆発的に増えている都市、過密の問題を抱えている都市もあります。その中で東京は「課題解決の手段」へといち早く転換した大都市として、先導的な役割を果たすのではないでしょうか。

 もう1つ東京の特徴をあげるとすれば、ここから先、不可逆的に人口が減っていく大都市であるということです。私が専門とする都市計画は、空間を使って課題解決に取り組むものですが、人口が減っていくということは空間の新陳代謝の速度が落ちることを意味しています。新しい課題が発生した時に、課題解決のための機能を新しく出来る空間に導入することができず、ゆっくりとした新陳代謝のプロセスに新しい機能を導入することでしか解決することができません。この大都市を使って、次々と押し寄せる課題を柔軟に解くにはどうすればよいのでしょうか。

 2021617日に発表されたU20コミュニケをみると、やはりトップには前回に引き続き「新型コロナウイルス感染症からの、環境に配慮した公平な復興」という課題が掲げられています。これは「グリーンリカバリー」と呼ばれる考え方で、単に新型コロナウイルス感染症に襲われる前と同じ状態に都市を復興するのではなく、復興にあわせてより地球環境に配慮した状態に都市を進化させようというものです。この課題は、例えば人口が急増している大都市では、地方自治体が主導して感染症が集中した過密地域を再開発し、そこに最新の環境性能を持つ公的な空間をつくる、というふうに取り組まれることでしょう。

 しかし東京でその手は通用しません。東京の都市空間は成長の過程で細分化し、一人ひとりの所有者に分譲されてしまいました。新陳代謝が遅く、所有者が自分の土地や建物を変化させることでしか都市は変わっていきません。政府が主導的に取り組める余地は限られており、替わって空間の所有者が、自分の持つ小さな都市空間を適切に変化させることでしか課題解決ができません。例えば空き家の所有者が、それを、新型コロナウイルス感染症で困った状態に追い込まれた人たちのために使ってみる、感染症のリスクを低減するための空間として使ってみる、そんな小さな自覚的な取り組みが求められるわけです。

 人口が減少する大都市であることの「強み」を緑地の問題を例にとって少し具体的に考えてみましょう。密度が高い時代、都市の人口がただただ増加していった時代において、都市の緑地は慢性的に不足していました。政府が苦労して緑地を保全する仕組みをつくってそれを運営したり、税金で土地を買い上げて公園をつくったり、ということが行われてきました。しかしこれからはどうなるか。すでに人口減少が都市空間の問題として顕在化している地方都市においては、「もう土地を使わなくなり、管理も難しくなったので、誰かに寄付したい」という動きが日に日に大きなものになっています。つまり、もう苦労して緑地を増やさずとも、これからは緑地が向こうからやってくる、という時代になったわけです。

 こういった土地を使って、どう「グリーンリカバリー」していくか。政府が一括して寄附を受け入れて、そこに一本ずつ植樹をしていく、という方法もとれるでしょうし、近隣の人に斡旋する仕組みをつくり、それぞれが自身の庭を拡張する形で緑地を増やしていく、という方法も考えられます。空き家や空き地は一つ一つは小さく、ランダムな場所、時間で発生しますから、こうして出来上がる緑地は、こんもりとしたまとまりを持つ「森」や、サッカーや野球を楽しめるような「広場」ではなく、まちのあちこちで小さな緑が顔を出すものになるはずです。点在する緑は、そこを飛び回ることで縄張りを広げる鳥や昆虫の生態系を育み、その足元は卓球やeスポーツを楽しむ場所になるかもしれません。それは派手な超高層開発を林立させて都市の課題を解決していく方法とは全く異なりますが、なかなか素敵な都市だと思いませんか?

 緑地の問題解決を例にとって考えてみましたが、私たちの頭を悩ませている、災害の問題、福祉の問題、エネルギーの問題、教育の問題......それぞれについて、人口が減る東京ならではの解決の方法があるはずですし、それらはUrban20を牽引するよき実践になると思います。

 617日、Urban20からは、新しいメッセージが発せられました。往々にしてこの手のメッセージは主語がわかりにくくなってしまう問題を抱えています。私はその主語は「大都市が」ではなく「誰かが大都市で」ではないかと深読みしたわけです。ただのコンクリートとガラスの塊にしかすぎない大都市が意思を持つわけではなく、大都市の所有者がどう大都市を使っていく意思をつくっていくのかが重要になってきます。

 東京の場合、その所有者は国家でも地方自治体でもなく、大半は異なる人格を持つ個人です。Urban20から発せられるメッセージに耳を傾け、それを自分の行動へと昇華していくことが重要なのではないでしょうか。

饗庭伸

 1971年兵庫県生まれ。東京都立大学 都市環境学部 都市政策科学科 教授。長年にわたり、都市計画とデザイン及び、まちづくりにまつわる市民参加の手法、市民自治の制度、NPOなどを研究する。岩手県大船渡市、山形県鶴岡市、東京都世田谷区明大前駅前地区、中央区晴海地区、日野市、国立市、多摩市など、まちづくりプロジェクトに専門家の立場で多く携わる。主な著書に『都市をたたむ』(2015)、『素が出るワークショップ 人と街への視点を変える22のメソッド』(2020)、『平成都市計画史』(2021)など。
寄稿/饗庭伸