「アートを見る」とは、自分を見ること。
──コロナ禍で得た、芸術鑑賞の意味を再認識する機会

出典元: Tokyo Tokyo FESTIVAL 2021年1月29日 記事
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 2020年6月9日から9月27日まで、東京都現代美術館で開催された『オラファー・エリアソン ときに川は橋となる』。同展は、アイスランド系デンマーク人作家、オラファー・エリアソン氏の、日本での開催は10年ぶりとなる個展。気候変動や地球環境がテーマに掲げられ、好評のうちに幕を閉じました。
 当初の開催予定は3月でしたが、新型コロナウイルス感染拡大により約3カ月延期に。海外の作家が来日できない状況下で、どのように準備が進められたのか。この展覧会を企画したキュレーターであり、東京都現代美術館参事の長谷川祐子さんに伺いました。 ※肩書は取材当時のものです。
コロナ禍で得た、芸術鑑賞の意味を再認識する機会 「アートを見る」とは、自分を見ること。
東京都現代美術館参事 長谷川祐子さん
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オラファー・エリアソン《太陽の中心への探査》2017年
「オラファー・エリアソンときに川は橋となる」展示風景(東京都現代美術館、2020年)
撮影:福永一夫

『オラファー・エリアソン ときに川は橋となる』は、観覧者の目の前に虹を再現するなどの体験型作品や、空間全体を作品として体験できる大規模なインスタレーション、サステナビリティをテーマにした作品など、代表作と新作で構成された。
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Portrait of Olafur Eliasson
Photo: Brigitte Lacombe, 2016 © 2016 Olafur Eliasson
オラファー・エリアソン 1967年、コペンハーゲン(デンマーク)生まれ。光や水、霧などの自然現象を新しい知覚体験として屋内外に再現する作品を数多く手がける。近年は気候変動など社会的課題をめぐる取り組みにも力を注いでいる。

功を奏した要因は、テーマ性と作家との信頼関係

 多くの来場者が訪れた同展は、エコロジーについて五感で体験しながら、自分と地球環境に思いを巡らせることができる仕組みに。この構成は、長谷川さんとエリアソン氏とで考えたもの。

 「エリアソンが『サステナビリティ』をテーマに個展を開くのは今回が初めてです。日本は東日本大震災を体験し、自然と人間の関係を考え直すエコロジーと深い関わりがあるので、東京開催ならそこを意識した展覧会に、と。
彼は国連の文化親善大使として、環境問題について発信しています。それは、自身の第二の故郷・アイスランドの氷河が溶けている様子を、定点観測で20年以上にわたり撮影し、地球環境の危機を身をもって実感しているからです」

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オラファー・エリアソン《溶ける氷河のシリーズ1999/2019》2019年
「オラファー・エリアソンときに川は橋となる」展示風景(東京都現代美術館、2020年)
撮影:福永一夫

エリアソン氏は幼少期に過ごしたアイスランドの自然を、20年以上にわたり撮影し続けてきた。

 今回は準備段階においてもサステナビリティが考慮され、作品の輸送は飛行機を使わず、シベリア鉄道と船でほぼ1カ月かけて搬送。輸送期間と会場での設置期間から逆算し、当初の開催予定日のかなり前には日本に到着していました。

 「1月、2月はまだコロナの状況が分からない段階で、予定どおり設置し準備を進めました。作家は最終チェックで3日前に来る予定で組んでいたので、ギリギリまで、何とか来日できないかと思っていましたが......叶いませんでした。
ですので、開催延期が決まった時には既に展示は完成していたんです。そのまま開館できる日を待つ状態が続くわけですが、今回は幸いなことに作家のスタジオから来たものが大半で、他のレンダーからのローン(借用)が少なかったので、丸々3カ月ズレても展覧会を維持できました。

 サステナビリティがテーマですので、あまりいろいろなものを運ばず、元々現地制作や "地産"の素材を使うことを考えていました。作家から素材調達も含めて詳細な指示をもらい、それに従って東京で作るという方針。
全てが輸送だったらいろいろな問題があったと思いますが、このテーマだったことが、うまく作用しました」

 
ある程度までの準備を東京で行うのは予定されていたことですが、作家による"最終チェック"ができない、という想定外の状況に。特に苦労したのが、今回の展覧会特有の"不定形な展示"だといいます。

「日本で1日の作業が終わる夕方5時以降が、ベルリンのエリアソンが起きだす時間。ディスプレイ業者さんにも残っていただき、作家に見せて指示を受け、次の日に反映するというスタイルで進めました。

 
作家とはスカイプをつなぎっぱなしにしてiPadで見せますが、水のゆらぎ、光や露などは不定形で現象的なもの。
とても大きな500m2のアトリウムを使った展示などは、空間全体の様子をiPadで伝えることは不可能に近い。しかも新作なので、作家自身もその場所でどう見えるか想像がつかないわけです。

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スカイプを通して展示を見せながら、ドイツのエリアソン氏から指示を受ける様子

 例えば "波紋が壁一面に映る" 状態は、どれくらいの時間揺らすかによって、波の立ち方や次の波が来るテンポが変わってくる。波の表面だけではない全体の効果は、その場にいないと分かりません。

 作り上げた効果を良しとするかどうか。オンラインでのコミュニケーションで補いながら調整していくのは本当に大変でした。
ただ、新作であっても彼の方法論や言語は大体分かっていましたので、最後は、彼の作品を長年見てきた私の判断を信用していただくしかない。『あなたはここにいないんだから、私に任せて』と言うしかなかったですね(笑)。

 幸いなことに施工もエリアソンと仕事をした経験のある会社でした。私も含め、作家と築いてきた信頼関係、経験があったからこそできたと思います。
他の作家もエリアソンのようにリモートでうまく展示できるという保証はありませんから、新型コロナウイルスにより海外の作家が来日できないことで、今後、国際展は制約されてくると思います」

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オラファー・エリアソン《ときに川は橋となる》2020年
「オラファー・エリアソンときに川は橋となる」展示風景(東京都現代美術館、2020年)
撮影:福永一夫

水面に反射するスポットライトの光が、頭上のスクリーンに映し出される。
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オラファー・エリアソン《ビューティー》1993年
「オラファー・エリアソンときに川は橋となる」展示風景(東京都現代美術館、2020年)
撮影:福永一夫

暗闇の中、観覧者の前に虹が再現される。

"今、できること"から見えた、オンラインの可能性とアートの使命

 展覧会の開催を待つ間、4月24日には、ベルリンのエリアソン氏と長谷川さんとのオンライン対談が行われました。ライゾマティクス(以下、ライゾマ)が主催するオンラインイベント「Staying TOKYO」での企画です。

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オンラインイベント「Staying TOKYO」での長谷川さんとエリアソン氏
https://www.youtube.com/watch?v=B8snYcVEREQ&feature=youtu.be

 「オラファースタジオのスタッフも、全員自宅待機の時期。アーティストは何ができるかを考え、私もキュレーターとして何ができるか考えていましたので、お互い本音でディスカッションしました。

 美術館でのレクチャーなら参加できるのは200人ほど。オンラインでは海外の方も含め約2000人がライブで視聴され、大きな可能性を感じました。と同時に、それをすぐに始めたライゾマの人たちはスゴイな、と思いましたね」

 対談から約1カ月後には緊急事態宣言が解除され、無事に展覧会が開催されましたが「コロナ禍での運営面における課題が見えた」と長谷川さん。

 「今までの大量動員型での鑑賞は、企画の立て方から考え直す必要があると感じました。美術館としては収益を考えると来場者数が必要ですが、安全第一での開催となると赤字覚悟でやらざるを得ません。
オペレーションについては、各美術館のスタッフ、キュレーターなどが総合的に判断するしかなく定式はないと思います。今回の展覧会では、展示室内のお客様の数をコントロールしました。

 また、特に公立美術館においては、教育普及プログラムの問題があります。今回はシステムが間に合わず、オンラインで本来の役割が適切に果たせませんでした。今後、教育普及や情報をどういう形でオンラインでシェアするか、仕組みを考える必要があると思います。

 ただ、今回はカタログを展覧会の開催前から販売し、2回増刷するほどの人気でした。例えば、東京の展覧会にいらっしゃることができない方にも、映像も含めた別の媒体も併用しながら展覧会の内容をご理解いただけるのでは、という可能性を感じました」

 コロナ禍においてドイツ政府は「アーティストは今、生命維持に必要不可欠な存在」と表現しました。長谷川さんは、日本においても" アート鑑賞の意味" について多くの人が考える機会になったのでは、と感じているそう。

 「今回、家族連れや若い方がものすごく多かったんです。コロナ禍でフィジカルな体験ができず人間として非常にストレスが多い状況の中、ここでは自分のシャドーで遊んだり、虹の中に入ったり、自分の身体が作品と一緒になれる。エリアソンの言葉で言うところの『あなたと作品の共同制作』です。
画面越しとは違う、五感で体験することで生まれる喜びからか、特に若い方たちが、今まで私が見たことがないくらい長い時間を展示室で過ごされ、真剣に向き合ってくださっているのが印象的でした。

 今回、感想で多かったのは『順番に鑑賞し五感で体験していく中で、地球環境について"私の問題だ" と実感できた』という声でした。ニュースなどで見聞きするのとは明らかに違う。これこそが、アートの"チカラ"だと思います。

 行動が制限された時、人間は非常に内省的になり自分と向き合います。芸術作品を見るということは、自分を見るということ。自分のメンタルなもの、あるいは想像力とか思考力。
アートがどういう環境をつくり、自分たちの精神にどういう作用があるのか。コロナ禍で人間性を維持しバランスをとるために重要なものであると、アート鑑賞の意味を皆さんに再認識していただけたなら、非常に素晴らしいことだと思います。

 その機会として、ぜひ地元の美術館や資料館なども使っていただければと思います。私もコロナ禍で地域の美術館を訪れました。それらは、皆さんの資産です。
作家も作品も移動しづらい時ですから、地域の美術館が所蔵するコレクション、資産をいかなる形で活用するか、見直していくことが大切だと思います」

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オラファー・エリアソン《クリティカルゾーンの記憶(ドイツ-ポーランド-ロシア-中国-日本)no.1-12》2020年
「オラファー・エリアソンときに川は橋となる」展示風景(東京都現代美術館、2020年)
撮影:福永一夫

鉄道と船で運ばれた際の振動で描き出された作品。
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オラファー・エリアソン《サンライト・グラフィティ》2012年
「オラファー・エリアソンときに川は橋となる」展示風景(東京都現代美術館、2020年)
撮影:福永一夫

携帯式のソーラーライト「リトルサン」を使った参加型の作品。
※「リトルサン」はエリアソン氏とエンジニアのフレデリック・オッテセン氏が共同開発したライト。世界各地の電力のない地域に届けるプロジェクトが実施されている。

半歩先を見せていくのが美術館の役割

 長谷川さんが次に企画しているのは、オンラインとオフラインを合わせたハイブリッドでのライゾマの個展『ライゾマティクス_マルティプレックス』。

 「何もかも今後の状況次第ですが、先が見えない時は選択肢があった方がいい。そこでオンラインとオフラインのハイブリッドというのは、いろいろな意味で今の状況を切り抜けていく一つのアイデアだと思います。
現状を憂えるだけではなく、今だからできる新しい試みを、非常にポジティブに試行錯誤してみようということになりました。

 彼らは私たちの身辺で起こっているさまざまな問題や知覚を超えた現象をリアルに感じられるよう、視覚的に美しくデザインする。とても印象に残る方法です。
ビジュアライゼーションするチカラというのは、アーティストの新しい使命の一つ。それを非常に巧みな形で行っています。

 ライゾマには、今まで私が海外で企画した展覧会に参加してもらうことが多かったのですが、今回は日本で一緒にやっていただけるということで、とても楽しみにしています。

■『ライゾマティクス_マルティプレックス』
会期:2021年3月20日(土・祝)-6月20日(日)
会場:東京都現代美術館 企画展示室 地下2F
https://www.mot-art-museum.jp/exhibitions/rhizomatiks/
※本展示は終了しております

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Rhizomatiks Research×ELEVENPLAY×Kyle McDonald《discrete figures Special Edition》2019年10月6日
札幌文化芸術劇場 hitaru
主催:札幌文化芸術劇場 hitaru (札幌市芸術文化財団)・ライゾマティクス
©kenzo kosuge
[参考図版]
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「Fencing Visualized Project」2013年~
H.I.H. Prince Takamado Trophy JAL Presents Fencing World Cup 2019
ライゾマティクス_マルティプレックス展
[参考図版]
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Squarepusher 《Terminal Slam》2020年
[参考図版]

 美術館には、常に半歩先をお見せするという役割もあります。アーティストの新鮮な視点を通して視覚化していくという重要な役割を、このタイミングで開催できるのは非常に面白いことだと思います。

 また、現代美術館は東京都の美術館です。この国の、ある意味で文化の第一拠点。コロナ禍で開催したエリアソンのエコロジー、サステナビリティという展覧会に続いて、このライゾマの展覧会はオンラインでも視聴可能ですから、国内の方にも海外の方にも、ぜひ見ていただきたいですね」

長谷川祐子(はせがわ・ゆうこ)

 京都大学法学部卒業、東京藝術大学大学院修了。金沢21世紀美術館を立ち上げ、現在東京都現代美術館参事、東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科教授。イスタンブール・ビエンナーレアドバイザリー委員。犬島「家プロジェクト」アーティスティックディレクター。
最近の展覧会は「第7回モスクワ現代美術国際ビエンナーレ:Clouds ⇄ Forests」(モスクワ 新トレチャコフ・ギャラリー、2017〜18)、「Japanorama: NEW VISION ON ART SINCE 1970」(ポンピドゥセンター・メッス、フランス、2017〜18 )、フランシス・アリス個展「La Depense」(上海ロックバンド美術館、2018)、「Sharjapan-The Poetics of Space」(シャルジャ芸術財団、2018)、「深みへ―日本の美意識を求めて―」展(パリ ロスチャイルド館、2018)、「Intimate Distance: the masterpieces of the Ishikawa Collection」(モンペリエ・コンタンポラン、2019)、「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」(東京都現代美術館、2020)など。

取材・編集/加藤瑞子