東京から世界へ、省エネスパコン「TSUBAME」がもたらす未来

Read in English
 東京で行われている世界トップクラスの研究の一つに、東京工業大学のスーパーコンピューター「TSUBAME」がある。省エネ性能で世界一に輝いた実績を持ち、今もなお世界の第一線を走っている。国内外で高い評価を受け続けている「TSUBAME」とスーパーコンピューター界の最前線について、東京工業大学学術国際情報センター・遠藤敏夫教授らに話をうかがった。

AI、IoTの発展により注目度増すスパコン

 スパコンとは、言わずと知れたスーパーコンピューターの略称。その計算速度はパソコンの数十万倍と言われ、一般的なコンピューターでは解くことが難しい、大規模で高度な科学技術計算を行うことができる。

 決して身近な存在とは言えないが、実はさまざまなかたちで私たちの生活を支えてくれている。たとえば、スパコンの使い道として古くから知られるものに天気予報がある。観測した気温、気圧、湿度などのデータを物理法則の方程式に入れて計算することにより、未来の大気の状態を予測しているのが、現在の天気予報。このように大量の計算を即時に行う場面こそ、スパコンの出番となる。

 さらにAIやIoTやなどのテクノロジーの進展により、大量の計算を必要とする場面は格段に増えており、スパコンへの注目度も日に日に高まっている。最近では、新型コロナウイルス感染症の治療薬の開発に使用されるなど、新薬の開発から気候変動の予測まで、さまざまなシーンでスパコンが活用されているのだ。

「TSUBAME」が省エネ世界一に至るまで

 スパコンの性能を競う世界ランキングには、平均計算速度を指標として性能を比較する「TOP500」と、電力効率の良い高性能計算を競う「Green500」のカテゴリーが存在する。2021年6月に「TOP500」で理化学研究所の「富岳」が3期連続世界一を果たした功績は記憶に新しいが、日本の大規模運用スパコンで「Green500」世界一の偉業を成し遂げたのは、東京工業大学学術国際情報センターが開発したスパコン「TSUBAME3.0」だ。

 TSUBAMEプロジェクトは2006年にスタートし、2010年に発表された「TSUBAME2.0」が当時日本最速となる計算速度2.4PFLOPSを記録。ひとつの成果を出したが、性能とは別に消費電力の課題を抱えていた。TSUBAME1台の消費電力がピーク時には東工大・大岡山キャンパス全体の10%を超えてしまうことがあり、当時の開発責任者が大学から呼び出されるほどの事態になったことから、開発チームは「2.0」のシステム運用と並行して、省エネの研究を本格スタートさせた。

 今ではSDGsの文脈からも、開発者は消費電力の問題と向き合う必要がでてきているが、当時では周りより一歩先をいった問題意識だったという。そして、長い年月をかけた研究が功を奏し、2017年に日本勢として初めて省エネ性能世界一の偉業を成し遂げたのであった。

 「TSUBAME3.0がGreen 500で世界一になるまでには、省エネ化のプロジェクトをスタートしてから7年の歳月を要しています。世界に先駆けてこうした問題意識を持っていたこと、また未知の領域、未知の技術にも失敗を恐れずに挑戦する姿勢が結実したのだと言えるかもしれません」(東工大学術国際情報センター・遠藤敏夫教授)

TSUBAME3.0.jpg

「TSUBAME」で広がる研究の発想と可能性

 省エネルギーというだけでなく、TSUBAMEが特徴的なことは「みんなのスパコン」というコンセプトだ。TSUBAMEプロジェクトはもともと、計算による科学技術研究の促進を目的にスタートしたもの。そのため、学内はもちろん、学外の研究機関・民間企業などにも幅広く利用を解放されている。

 「プロジェクトが始まった2006年当時は、高性能のコンピューター使えるのはひと握りの人に限られていました。その裾野を広げるという思想だったと思います。現在、登録ユーザーは学内外に5,000人くらいいて、アクティブユーザーも昨年度の実績で約1,500人。これは国内スパコンとしてはきっと一番多いのではないかなと思います」(遠藤教授)

 圧倒的な計算能力を誇るTSUBAMEを日常的に利用できることは、東工大の研究者や学生にとって、研究に勤しむ上での大きな魅力となっている。たとえば同大情報理工学院の研究員・青山健人さんは次のように語る。

 「研究計画を考える際には、日常的に扱える計算資源の規模によって内容や発想が縛られがちです。ですが、いつでも誰でも使えるスパコンがあることで、東工大からスケールの大きな研究が生まれる可能性を広げていると思います。スパコンは性能が第一ではあるものの、広く使われてこそ価値を発揮できる。その点で、TSUBAMEが新入生から研究者まで広い対象に向けた利用の促進を続けていることは良い方針だと思いますし、それを使い倒して最新の研究成果を得るというのは、ある種のロマンがあって面白いです」

 TSUBAMEはもともと接続用のアプリを通して使うものだったが、最新のアップデートにより、Webブラウザ経由で手軽に使えるようになり、スマホからでもスパコンにアクセスが可能になった。これは"デジタルネイティブ"な学生の振る舞いに着想を得たという。使いやすさの観点にもこだわりつつ、利用者の裾野を広げ続けている。

 「最近ではディープラーニングの研究などもWebブラウザで行える開発環境が整ってきています。学生がそうしたものを活用しているのを見て、我々もこの波に乗らなくてはいけないのでは?とハッとさせられたんです。TSUBAMEはもともと使いやすさを重視して開発してきましたが、その『使いやすさ』も時代の変化とともに変わってきているということ。これからも時代に合わせて、柔軟に変化し続けていきたいと考えています」(遠藤教授)

 さらに第四世代の開発が進められており、今後のTSUBAMEプロジェクトの活躍に期待が高まっている。東京から世界を驚かせる研究が巣立つ未来へ、「みんなのスパコン」のコンセプトのもと、TSUBAMEの進化はこれからも続く。

文/鈴木陸夫 写真/東京工業大学