Sustainable Recovery Tokyo Forum から始まるサステナブル・リカバリー

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 東京都では、気候危機に対応しながら経済復興を目指すだけでなく、人々の持続可能な生活を実現する観点にまで広げた「サステナブル・リカバリー(持続可能な回復)」の取組が進められている。この「サステナブル・リカバリー」の実現を世界に提唱するため、東京都は、2021年8月7日に、国際会議「Sustainable Recovery Tokyo Forum」(サステナブル・リカバリー東京会議:Re StaRT) を開催した。東京大学理事でグローバル・コモンズ・センター ダイレクターの石井菜穂子教授が、東京をはじめとする都市が果たすべき役割とその意義を語る。

 東京オリンピックが終了にちかづいた87日、小池知事は、オリンピック・パラリンピックに縁のある五大陸の市長たちを招待して、「Sustainable Recovery Tokyo ForumRe StaRT」を開催した。会議には、次のオリンピック・パラリンピック開催都市であるパリのイダルゴ市長、ロスアンジェルスのガルセッティ市長、ブリスベンのシュリナー市長、ダカールのワルディーニ市長、シンガポールのタン駐日大使が参加。私がモデレーターを務めた。

 コロナ禍で国民、都民が大変な状況にある時に、オリンピックを開催したうえ、さらに国際会議?なぜ?という疑問を抱かれる方も多いかもしれない。この会議のモデレーションを要請されたとき、私のなかにもその思いはあった。しかし私の出した結論は、「だからこそやるべきだ」であった。

 今世界の人々に、直面する危機は何と聞いたら、気候変動、コロナ禍、社会の分断。。。が答えとして返ってくるだろう。そして、多くの人たちは、それらをバラバラの問題として、そしてとてつもなく大きな、勝つことの難しい課題として捉えているかもしれない。しかし、Re StaRTで、東京都が率先して世界の市長たちと共同で打ち出そうとしているのは、この地球規模課題の原因は一つで、それに打ち勝つことは可能であること、そして都市がその解決に主要な役割を果たすことができる、というメッセージである。少なくとも私はそのように理解した。

 まず少し硬い話題から。なぜ気候変動、コロナ禍、社会の分断は、根っこが一つの問題なのか。最近加速化している温暖化は、産業革命以降、特に前世紀央から加速化した現代経済成長のパターンが、我々の文明を支えてきた安定的な地球環境を壊しつつあることから来ている。地質学者は、我々人類という種が地球の機能を変え始めた「人新世」に入ったと考えている。経済システムが地球の容量を超えてきた証左が、気候変動であり、生物多様性の喪失であり、水や化学物質循環のストレスである。コロナ禍を含む人獣共通感染症の頻発も、人間の経済活動、特に食料生産、インフラ開発、都市膨張が、生態系の安定を脅かしたことに原因の一つがある。そして、産業・金融資本以外の資本に価値づけをしない現代の経済システムが、格差の拡大と社会の分断を強めている。

 このように、現在我々が直面している地球規模課題の多くは、現在経済システムと地球環境の衝突に由来している。その根本的な解決は、現代経済システムをどう変革するかである。この経済システム改革は、一大事業であるが、この事業に都市が果たす役割は極めて大きい。都市は、現在でも経済活動の7-8割を担っており、そのデザインすなわち、住まいかた、暮らし方、生産消費の仕方がどうなるかで、地球環境に与えるインパクトは極めて大きい。またガルセッティ・ロスアンジェルス市長も言っているように、都市は様々なアイデアの実験場である。既に東京は、国に先立って、キャップアンドトレードの仕組みを入れている。そのアイデアや実践上のチップは、ロスアンジェルスやマレーシアの都市に伝えられている。

 この例からもわかるように、私が都市の積極的な役割に期待する理由は、大きく分けて二つある。第一に都市は、市長のリーダーシップのもと、国に先立って、様々なアイデアを統合し、実践に移していくことができる。市民との距離の近さは、圧力ともなって、迅速な実行を促す。第二に、都市のリーダーたちは、お互いから学びあうことに極めて積極的で貪欲である。そこには、頻繁に国際交渉でみられるような政治や競争といった、解決に向かう努力を妨げる要因が少ない。

 こうした理由から、パリ合意以降に活発になった都市間の協働・協創は、コロナ禍に対しても、「Build back better」あるいは「Green recovery」といったメッセージを生み出し、その戦略が都市間でも議論されてきた。

 しかし、今回のRe StaRTで打ち出された「サステナブル・リカバリー」は、これまでの努力のさらに上を行こうとする試みである。具体的には、環境面でのサステナビリティ、いわばグリーンを追求するだけでなく、包摂や多様性を重視し、誰もが輝ける社会を創ることによって、社会の分断という課題にも取り組んでいくという野心的な試みである。

 オリンピックに続きパラリンピックの開催、そして、オリンピック・パラリンピックに合わせて開催された多くの文化的イベントが、少なくとも日本社会で、「包摂性、多様性」の尊重を大きく後押したことは間違いない。そして今回Re StaRTに参加した市長の発表から明らかであったのは、それぞれの独自のやり方で、各都市のリーダーが、市民との接点を大事にし、グリーンだけでなく、社会の分断からの心の回復につながる政策を既に動かし始めていることであった。パリ市長は、市民が基礎サービスに「自転車で15分でいきつける15分都市」の設計にコミットしている。ロスアンジェルス市長は、5つのゼロや100%再生可能エネルギーの実現、ブリスベン市長は、市民・都市の行動変容に向けた施策を推進しているほか、ダカール市長は、コミュニティ強化に資する環境・文化の各種プログラムに取り組んでいる。どの市長も、市民がチェンジ・エージェントとなりうるよう、市民の必要性に沿った政策を打ち出している。

 今回の会議終了後、「サステナブル・リカバリー」に関する共同宣言が採択された。この宣言に盛られたメッセージは、気候変動、コロナ禍と社会の分断という地球規模課題がのしかかる今だからこそ、都市が積極的な役割を果たすべきこと、都市はそれができる類まれな位置づけにあること、そしてそのリーダーシップを果たす覚悟のあるリーダーがいることを示したものである。

石井菜穂子

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 1981年大蔵省入省。2012年地球環境ファシリティCEO20208月より東京大学理事、教授、グローバル・コモンズ・センター ダイレクター 。人類の共有財産である「グローバル・コモンズ」の責任ある管理について、国際的に共有される知的枠組みの構築を目指している。

寄稿/石井菜穂子