東京から発信するメディアアートと強みの「文化」──アブストラクトエンジン代表 齋藤精一
2006年の設立以降、メディアアート、広告、エンターテイメントとさまざまな分野でリアルとオンラインを横断しながら活動してきたライゾマティクス。同社は2016年の10周年を機に、リサーチ、アーキテクチャー、デザインの3部門を立ち上げ、より専門性を高めたプロジェクトを展開してきた。
ライゾマティクスとしてはダンスパフォーマンス作品「discrete figures」や、アーティストのパフュームの近未来的なステージの映像制作などを手がけるなど、世界的にも非常に人気が高く、多くの人が目にしたことがあるだろう。
また、パノラマティクスは「SENSE ISLAND -感覚の島- 暗闇の美術島」や、「MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館」といった気鋭なアプローチのアートプロジェクトを国内で手がけるなど、そのテクノロジーを駆使した先進的な動きは続いていく。
そんななか、2021年、ライゾマティクスは社名をアブストラクトエンジンに変更し、ライゾマティクス、パノラマティクス、フロウプラトウの3つの核で事業を行うことを発表した。
「さまざまな社会変化が急激に起こる現在、我々はものを生み出し、つくり、実装するチームとして何ができるのか? そんな大きな問いに対して「THINK」ではなく「ACTION」として立ち向かっていく」をテーマに活動する、アブストラクトエンジン。代表を務める齋藤精一にとって、今の東京とメディアアートはどのように映っているのだろうか?
統一性があり、個別性もある「東京」
──東京を拠点に活動されていますが、「東京」であることを意識していますか。
東京ならではのクリエイティブや、これだけ密集しているなかで生まれるデザインや思想はあると思います。飛行機で離陸した時、上空から見下ろす東京の風景は、どこの街とも違う形相があります。統一性があるけれど個別性があり、ミクロとマクロの両方の視点から見える。そこが東京らしさだと思っているので、「東京」は意識しています。
──東京は新しい才能や作品が生まれやすい場所でしょうか。
東京はインキュベーターになれると思いますよ。メディアが充実しているから、知らないところで知らない人が活躍したりと、若い人のポテンシャルを感じます。
数十年前までは、紙のデザイナーは紙のデザイナーだけ、インテリアのデザイナーはインテリアのデザイナーだけのように固まっていて、さまざまな団体が存在していました。今は、みんなが中間領域で、どこにも属さずに活動ができるようになりました。ファッションもやるし、ラップもやるし、デザインもやる。1960年代の東京のクリエイティブシーンのような、いろいろな「イズム」が発展した時代の空気を感じます。
だからこそ、僕のような40代半ば世代がどう動くのかが大事ですよね。旧態依然としたうねりをつくるのか、インディペンデントに発表し続けるのか。そう思って、今回、組織改革をしたのもあります。
──ライゾマティクスの組織改革の狙いとは?
2006年にライゾマティクスを設立してから、いわゆる数値化できないものを芯に、いろいろなことをやってきました。次第に、何でも頼まれる存在になり、自分たちが何屋かわからない状態に。今回の組織変更は、改めてブランドとして分け、各々がやってきたことをシャープにするのが目的です。時代の変化に則して、サステイナブルな考え方やマクロな視点を持つようになってきたことも関係しています。
当初のライゾマティクスはアートの濃度が高かった。そこで、ライゾマティクスを社名から取り、「ライゾマティクス リサーチ」を「ライゾマティクス」チームに改めました。「ライゾマティクス アーキテクチャー」は「パノラマティクス」に。シンクタンク機能で社会を俯瞰し、行政や業界の仕組みを考え、社会実装をしていきます。「ライゾマティクスデザイン」はデザインを軸に業界や領域を超えてクリエイティブを行う「フロウプラトウ」に。3つの組織で、思想しながら作品をつくっていきたいと考えています。
──パンデミックの影響は受けましたか?
この1年間、直感的にこれはどうだろう? あれはどうだろう? と挑戦してきました。毎週金曜日にオンラインイベント「STAYING TOKYO」を開いたり、アーティストのオンラインライブをやったり、独自のNFTアート(NFT=Non Fungible Token、非代替性トークン)のマーケットプレイスをつくったり。いろいろなものをオンライン化して1年経って思うのは、オフラインって素晴らしいなということ。デジタルといってもAR、XRの中心にあるのは人が体感すること。密になれないので、リモートで解像度、濃縮度を上げられるかやってみたものの、人が出会えること、人の温度を感じることが恋しくなります。
また、通信速度が速くなっても補えないものがあるとわかりました。僕がアナログの話をするのは相反していますが、実験したから見えてくる風景があるし、正直に言う必要がありますね。
メディアアートが社会にもたらすこと
──メディアアートには実験的な要素があります。その社会的役割とは?
脈略なしに何でも実験できるのが、「メディアアート」。メディアアーティストは、ICT(通信技術を活用したコミュニケーション)やオープンデータとか新しいテクノロジーに強い。直感的にわかるようにしたり、体験したくないものを興味関心が湧く体裁に変えたりと、便利にするだけでなく、かつ楽しくしてくれる。つまり、体験価値の向上がメディアアートの役割だと思っています。
──メディアアートは社会問題を解決できるでしょうか。
社会問題に対してアートやデザインができることはたくさんあると思います。これはクリエイティブの領域の話になりますが、少子高齢化、課題先進国、障害者雇用施設など、まずネーミングが悪いでしょう。危機感を感じてしまうし、関わるにもポジティブな気持ちにはなりません。これは違う言葉で表現して、人が関心を持つスイッチをいかに考えて、人をいかに巻き込んでいくかが大事です。
たとえば、アートやデザインは、社会の悩みを美しく昇華させることができると思います。アーティストやデザイナーに積極的に試してもらえるようなプラットフォームを、行政がつくらなければなりません。
──行政のインフラを変える必要があるということですね。
僕はインフラを変える行政の仕事に面白みを感じています。しかし、東京は文化に対する評価がまだ低い。東京の文化的側面を大きくしようという動きはあって、文化後回しは段々変わってきた気はしていますが。東京都は一国くらいのスケールがありますから、もう少し文化に投資がいくと、都市開発が変わるでしょう。そうすれば観光も変わり、既得権益も変わります。
「東京」であるためには文化が必要
──コロナ禍で都市開発への意識は変わり始めました。
「コロナが時代を10年早回しした」とよく言われますが、都市開発の着眼点は加速したと思います。東京からストリートが消えた話は以前からしていました。同じような都市開発をしてどこもかしこもインテリアになってしまった、街で駅ナカ開発をしているようなものだ、と。みんなが同じ稼ぎ方をして、同じ行政のガイドラインで開発されているから、金太郎飴になってしまうのですよね。
ニューヨークのように、ウィリアムズバークにはこういう歴史があるから、廃墟をリノベーションして「ドミノパーク」をつくろうということができない。これからの東京には、エリアをもっとハイライトしていく文化の力が必要です。
──文化が強みになるということですね。
東京が東京であるべき姿、多様性や文化の違いを、その土地ごとに探さなければならないと気づいたはずです。学生時代、僕はパルコのアートコンテストで賞をもらったことがあるのですが、当時は、経営者である増田通二さんたちがその東京の「文化」をつくろうとしていました。今は皆がチャレンジすることを恐れ、文化をなかなかつくろうとしませんよね。
──注目している新しいテクノロジーはありますか?
サーキュラーエコノミーの実験で「物々交換」に注目しています。今、都市集中と地方分散が同時に起きています。たとえば、中目黒には誰々が住んでいて、こんな産物があるというデータと、北海道には誰々が住んでいて、こんな産物があるというデータ。カルチャーとエコノミーの両輪を持っていたら、それらを交換しよう、となるのではないかと思うのです。僕は、デジタルの力、DX(デジタルを利用した変革)の力を信じています。