よりアクセシブルで自由な国際都市東京の実現に向けて:私の思いと期待──アブディン・モハメド|TMCトーク Vol.18

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 本記事は2021年9月2日に東京都メディアセンター(TMC)が実施したTMC トークでのアブディン・モハメド氏の講演を書き起こしたものです。
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よりアクセシブルで自由な国際都市東京の実現に向けて:私の思いと期待|TMCトーク Vol.18

 アブディン・モハメドです。 私自身、東京という街をどう感じているか、そして東京の可能性についてお話させていただいたうえで、今開催されております東京2020パラリンピックのレガシーとして何を残すべきかについて、私自身の考えを共有させていただきたいと思います。よろしくお願いします。

 私は19歳の時に日本に来ました。「目が見えないという状況で、東京という世界都市での生活は、大変なんじゃないか」と、いろんな方に質問されます。私の答えは「ノー」ですね。東京は目が見えない人にとって非常に暮らしやすい部分が、結構あります。というのも、東京は公共交通が非常に発達していて、車を運転できない視覚障がい者にとっては、移動しやすいということがあります。

 障がいはいろいろありますけれども、例えば視覚障がいについてお話をします。「視覚障がいというのは、何が『障害』なのか?」と考えたときに、まず「移動障害」、単独で移動すること(に困難を伴うということ)です。二つ目は「情報障害」、人間は情報の9割を目から入手するということが言われていますけれども、それが使えない視覚障がい者にとっては「情報障害」があります。三つ目は「周りの方々のマインドセット」、障がい者に対するマインドセットの問題があります。

 この「移動障害」に関しては、先ほど申し上げましたように、東京は公共交通が非常に良いです。当然ながら、ホームからの転落といった安全性にはまだ課題が残っていますけれども、今、鉄道会社や東京都などいろんな組織やステークホルダーが、その解消に向けて努力しています。また車椅子の方々にとって、例えば、移動のバリアをなくすエレベーターなどの設置が駅でも進んでいます。ただ、これは良いんですけども、東京を十分に楽しむということを考えると、博物館や美術館などのレジャー施設でのアクセシビリティについては、まだ課題がたくさん残っています。

 東京都の回し者ではありませんけれども、やっぱり東京の凄さは、皆さんで楽しめるようないわゆる世界レベルの美術館や博物館だけではなく、緑豊かな地域も東京都の中にある、ということだと思います。奥多摩の方に行けば非常に緑豊かな地域もありますし、山も森林もあります。ですので、皆さんが抱いているメトロポリタン(大都市)のイメージと違って、東京は多様な場面でそれを楽しむことができるということで、非常におすすめしたい街だと思います。

 今回の東京2020パラリンピックでは、先ほども申し上げましたがレジャー施設のアクセシビリティにまだ課題があるということでしたが、これを改善できたでしょうか。今回の新型コロナウイルスの感染がなければ、パラアスリートは自分たちの参加する種目が終わった後に、東京を散策して東京の魅力に触れ、まだ残っている課題について東京に対してフィードバックする、又とないチャンスとなったはずでした。しかし残念ながら、このようなご時世ですので、パラアスリートたちが東京を散策することはできない状況でした。それは、とても残念だなと思っております。

 今後は、東京という街にぜひ足を運んでいただきたいなと思っていますし、残っている課題に関してはソーシャルイノベーション(社会変革)によって、いろいろな課題に対処していくような形になればいいな、と私は期待しています。

 最後のポイントに移りたいと思います。東京2020パラリンピックが行われましたけれど、その後ですね。「レガシーとして何を残すべきか」について、私自身の考えを述べさせていただきたいと思います。

 連日種目を見ていますと、どうしてもやっぱり気になるのは、参加者の多くがいわゆる先進国出身者であるという状況です。世界の障がい者の8割は開発途上国に集中しています。そういったデータがあります。そのデータから考えれば、やっぱり、まだまだ開発途上国からパラアスリートが出てきてもおかしくない状況です。(開発途上国から選手が)ほとんど参加できていないことを見ると、やはり社会参加において、「障がい者はまだ劣勢的な立場に置かれている」ケースが多いのではないかと、私は推測しております。

 今回皆さん、特に日本の方々は、2週間あるいはそれ以上の時間をかけて、パラアスリートの様々な種目を見ることは、おそらく初めてなんじゃないかなと思います。皆さんの中で、障がいに対する見方は、大きく変わったのではないかと私は推測しております。「障がい者は何もできない」とか、あるいは本当に「密かに生きている」、そういったイメージもあったのではないかと思いますけども、激しい運動をしたり、厳しい調整をして目的に向かって挑戦するアスリートの姿を見て、皆さんの中で、障がいに対する見方が変わったのではないかと思います。

 言い換えれば、この障がい者スポーツのイベントが社会全体のマインドセット、障がいに対するマインドセットを変えるきっかけになったのではないかと思います。であれば、世界の障がい者の80%が住み、彼らが十分に社会参加できていない開発途上国においても、この障がい者スポーツの普及を通じて、障がい者スポーツが開発途上国の方々の人々の目にも触れることによって、そこから彼らの行動の変容やマインドセットが変化することも期待したいなと、私は思っています。

 東京都は、これまでに周到な準備をしてきたと思います。東京都だけではなく、障がい者スポーツ団体などの様々なステークホルダーが、これほどまでに集まって調整して、この大会を成功に導いてきているんですけども、この東京2020パラリンピックのレガシーとして私が提案したいのは、このレガシー自体を使って、開発途上国における障がい者スポーツの普及、あるいは普及の支援に繋げていただきたいということです。東京都がリーダーシップをとって、障がい者スポーツ普及の国際的なイニシアティブを取っていただきたいなと思っています。理由は、開発途上国における障がい者スポーツの普及を通じて、それぞれの社会において、障がいに対する理解の促進をしていくことができるからです。

 勘違いしていただきたくないのは、「スポーツの普及」が目的ではないことです。スポーツというのは、皆さん理解しやすいですよね。スポーツをツールとして使って、障がいへの理解を促進したい、そっちのほうが目的であります。目指したい姿は、障がいがあっても完全に社会参加できる、"Social Full Participation in All Social Aspects"ということ。余暇、教育、就労などにおいて、人々が平等に活躍できる機会をつくることであります。スポーツ普及を通した理解促進は、皆さんにとって一つのわかりやすい切り口であるということを、お伝えしたいと思います。

 例えば、私は現在、参天製薬株式会社という会社で働いております。やっぱり障がい者の雇用問題は大きくてですね、生き生きと働けるような環境はほとんどない状況です。それをまず参天製薬という会社から、どんな障がいがあっても働きやすい社内環境であるという風に変えたい。できるだけ障壁をとっぱらって、働きやすい環境を作って、そこから他の企業に対しても(同じように成果を)導出していきたいと考えております。

 必ずしもスポーツだけの話ではなくて、総合的な変化を目指していきたいし、それぞれの方々が、それぞれの立場で、ぜひこれに参画していただきたいと思います。社会全体を変えるには、皆さんの理解、そして皆さんがこの障がいを「自分ごと」として捉えることが前提となりますので、特定の活動を推進していくようなものではありません。ぜひ皆さんには、まず関心を持っていただくことをお願いしたいなと思っています。

アブディン・モハメド

Yusra Mardini

 1978年、スーダンの首都ハルツーム生まれ。生まれたときから弱視で、12歳のときに視力を失う。ひょんなことから19歳のときに来日、福井県立盲学校で点字や鍼灸を学ぶ。東京外国語大学特任助教を経て、現在は学習院大学法学部政治学科特別客員教授。著書に『わが盲想』(ポプラ社)がある。

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