つながりでコンテンツ産業を支援する。東京都のインキュベーション施設「東京コンテンツインキュベーションセンター」が目指すこと
秋葉原や池袋と並んで「サブカルチャーの聖地」と称される東京・中野区。その一画に、東京都がコンテンツ産業のスタートアップを支援すべく創設した「東京コンテンツインキュベーションセンター(TCIC)」がある。
同センターが支援しているのは、アニメやゲーム、映像といったコンテンツ関連分野に身を置く創業3年以内のスタートアップ。制作会社のみならず、コンテンツ産業を支える技術を開発しているテック企業なども広く支援している点が特徴だ。
2008年の創設以来、TCICを卒業した企業は120社以上。長編アニメーション映画『ペンギン・ハイウェイ』を手がけたスタジオコロリドや、「ソードアート・オンライン」シリーズのプロデュースや「斉木楠雄のΨ難」のアニメーション制作で知られるEGG FIRMといったコンテンツ制作企業のほか、VTuberやゲーム制作、最近では細田守監督の『竜とそばかすの姫』といったアニメーションでも技術が使われているLive2D、映画やイベントのチケット決済サービスなどを手がけるメタップスといったテック企業も、みな創業から間もない時期をTCICで過ごしてきたOB企業だ。
ハードとソフトの支援
TCICの支援は、大きく分けてハード面とソフト面に分けられる。
ハード面の要はレンタルオフィス機能だ。中野新橋の職業訓練校をリノベーションして生まれた同センターは、オフィスとして使える25の完全個室と、オーディションや動画配信、セミナーなどのイベントや打ち合わせに利用できる3つの会議室、ラウンジなどが備わっている。入居希望者は毎年募集され、審査に通ったスタートアップはそのすべてを月平均5万円前後で利用可能だ(最大3年まで)。
オフィスの賃料が低いというだけでも、創業間もない企業にとっては魅力的だ。しかし、数々のOB企業が名もないスタートアップから日本のコンテンツ産業を支える存在へと成長できた理由は、ソフト面にあると言っていいかもしれない。
例えば、同センターには3種類のメンターがいる。1つ目は専門メンターで、税理士や弁護士、司法書士、さらには東京都労働相談情報センターや東京都知的財産総合センターの職員などが、入居者の法務上・経営上の相談などに乗っている。2つ目はOBメンターで、120社以上いるOB企業の一部が在籍し後輩にアドバイスをしている。これをきっかけにOB企業が現役の入居企業に仕事を発注し、新しい協業関係が生まれることもあるという。3つ目の客員メンターは今年から始まった制度で、コンテンツ産業やベンチャーキャピタルなどで活躍する外部の識者を招聘してより専門的な質問に答えてもらったり、新しいビジネスにつなげたりしている。
こうした支援を最適なタイミングで行なうため、TCICでは入居企業と定期的に面談をし、決算や仕事、事業の状況などをヒアリングしている。
「企業が入居するとき、会社の規模を拡大させていきたいのか、自分たちに特化した仕事を少人数精鋭で続けていく会社になりたいのかを私は必ず聞くようにしています。その方向によって、必要な支援というものも変わってくるからです」と、TCICでインキュベーションマネージャーを務める川野正雄氏は言う。1年目のスタートアップならば、口座をつくるところから立ち会う場合もあるという。
「コンテンツ産業はただ自分たちが作りたいものを作ってすぐにお金を生み出せる業界ではありません。初めのうちは、他社から仕事を受託したり技術や人材の提供をしたりしつつ、自分が作りたいものをつくっていくという両輪が必要になります。なので、そのバランスに関する相談も多いですね」
さらに、審査を経て東京都の施設に入居していることで企業の信頼度が上がり、融資や出資が受けやすくなったり、人を集めやすくなったりもするというメリットもあるという。
「つながり」をつくる
TCICが主催するアクセラレーションプログラムも人気だ。「TCIC Pitch Campus」と呼ばれる6カ月のプログラムでは、OB企業や客員メンターによるピッチのトレーニングを受けられる。その効果は折り紙付きで、プログラム終了後数カ月で投資家からの出資を獲得した企業もいる。
ほかにも、知的財産管理や海外進出などに関するセミナーや、入居者同士の交流会、OBやコンテンツ業界関係者を招いたミートアップ(現在は新型コロナウイルスの感染拡大により、東京都のガイドラインに沿って実施)、TCIC内外のネットワークをフルに活用した企業のマッチングなど、TCICの支援には「つながり」をつくるための取り組みが目立つ。
こうしたつながりが企業の長期的な成長につながったと振り返るのは、OB企業であるLive2Dの最高経営責任者(CEO)を務める中城哲也氏だ。
「TCICを起点とするさまざまな縁が重なりあって本格的な資金調達に成功し、その後の発展の土台を作ることができました。同じ資金調達をするにしても、コンテンツに愛情があり、信頼出来る方々を紹介していただけたことで、ただの投資ではなく事業に対する応援をしてもらえる関係を作れたことが非常に大きかったと言えます」。その縁を後輩にもつなぐべく、中城氏は現在TCICのOBメンターを務めている。
コンテンツ関連産業に関わらず、日本は欧米に比べて起業率が低く、スタートアップへの支援も手厚いとは言えない。こうした問題に加えて、コンテンツ関連産業には業界ならではのハードルもあるとインキュベーションマネージャーの川野氏は話す。
「特にコンテンツ関連産業は、大企業が規模を生かすパワーゲームの世界になることが多いのが現状です。そうしたなかで、スタートアップがどう自分たちのやりかたを見出すかは大きな課題だと思っています」
TCICにとって、この課題への突破口のひとつはつながりをつくることだ。
「才能のある人と人、企業と企業、スタートアップと大きなプラットフォーマーなどをつなげて機会をつくることが、良い支援なのではないかと考えています」