畑や農作物を通じ、人と人とをつなぐ次世代の都市型農業

出典元:「Pen」
Read in English
 農業人口の減少に伴い、見捨てられそうになっている都市農地。東京都板橋区のとある農園に、人と農業をつなぎ、土地に新たな息吹を吹き込む手がかりがあった。
畑のテーブルでランチを楽しむ「ハスネファーム」農場長の冨永悠さんと真由美さん夫婦、サポーターズのメンバー。サポーターズは農作業を手伝う仲間。「農業に興味があっても都内で体験できる場所が少ない。ボランティアが集まるのも都心ならでは」と冨永さん。

 都営地下鉄三田線の蓮根駅から徒歩7分ほど。住宅街を歩いていると、不意に視界が明るくなる。姿を現すのは、陽をさんさんと浴びた畑。緑の葉を茂らせ、のびのびと育つ野菜が道行く人々の目を和ませている。入り口には直売コーナーがあり、収穫したばかりの野菜が並ぶ。そこが、ハスネファーム。広さ約3000m2、まだ30代の冨永悠さんが手がける都心の有機農場だ。

 冨永さんはもともと農業を志していたわけではない。畑は妻の真由美さんの家で受け継がれてきたもの。会社員として充実した日々を送っていた冨永さんが農業に関わるきっかけとなったのは、5年前。義父の他界だった。

「義母が管理するには広すぎる畑でした。人に貸すのか潰すのか、そんな話も出てきました。そのタイミングで、農業を学び始めたんです。生産緑地の2022年問題もあり、いずれ判断を迫られる話でした」

 生産緑地とは法律で定められた土地で、市街化区域の農地が対象。1992年に法律が改正され、農地として土地を利用する代わりに、30年間の税制優遇を受けられることになった。2022年は、その大部分が30年目を迎える年。ハスネファームも同様だ。政府はさらに法律を改正して市民農園への転化を促すなど、都市農地の減少に歯止めをかけたい構え。それでも後継者不足が問題となる昨今、生産緑地の指定解除に合わせて宅地化される農地は多いと予想される。いま、改めて都心で農業を続ける意義が問われている。

DMA-2-DSC_7045.jpg
板橋区の住宅街にあるハスネファーム。先代までは化学肥料や農薬を使う慣行栽培だった農地を有機栽培に転換。ビニール製のマルチシートの代わりに草わらを使うなど、エコな農業への試行錯誤が続く。
DMA-3-DSC_7132.jpg
栽培する野菜は基本的に少量多品目。今年は江戸東京野菜である馬込半白キュウリも育てた

 会社勤めと並行し、とりあえず農業スクールに通い始めた冨永さん。いざ学んでみると、農業は魅力あふれる世界だった。

「趣味程度のつもりで始めたのに、すっかりハマってしまって。もっと学びたいという気持ちが止まりませんでした」

 学んだのは農薬や化学肥料を使わず、土の中の生物多様性を尊重する有機農業。農業と向き合ううちに、気づいたことがある。

「都市に農地があるからこそ、できることも多い。農業は公共性が高い分野です。地域の中で果たせる役割を考えると、ものすごいポテンシャルを感じました」

 19年に会社を辞め、ハスネファームの農場長に就任。有機野菜を栽培しながら、都市農地だからできるアイデアを少しずつ具現化した。たとえば、異色の直売コーナー。商品を売るだけではなく、オーダーを受けてその場で収穫&販売する仕組みを導入した。客の収穫体験にも対応する。

「日頃は農業に縁がない人にも、気軽に農作業を体験できる場を提供したかった。本来、農業は日常の中にあるもの。だから収穫体験は可能な限り受け入れています」

 近隣の福祉園からは、入園者が定期的に農作業を手伝いにやってくる。その縁で、ハスネファームの野菜を使った福祉園オリジナルクッキーも誕生した。

DMA-4-DSC_7497.jpg
直売コーナーに並ぶ野菜。箱の中にない空芯菜などの葉物は、欲しい量を伝えるとその場で収穫してくれる。包装にプラスチック製品は使わない。

人と人とをかけ合わせることで、
都市農業の可能性は広がる

 栽培する野菜は、季節ごとに30種類ほど。なかには、地域の店を巻き込んだものもある。ホップだ。板橋区の「クランクビール」や、北区の「十条すいけんブルワリー」と共同で栽培し、収穫後はそれぞれのブルワリーが醸造に使用する。

「畑でホップの収穫祭を開いたところ、多くの人が来てくれました。地域の人と畑とのつながりをつくるきっかけになったと思います」

 収穫体験を受け入れたり、畑でイベントを開いたり。冨永さんは積極的に畑へ人を呼び込もうとしているように見える。

「農業は、コンピューターならOSのようなもの。なにかをかけ合わせると、可能性はどんどん広がります。だから、これまで閉ざされていた都市農地を、自分は開放したい。コミュニティやアイデアなど、そこからなにかが生まれるはずですから」

 今年は、農業から一歩踏み込んだ試みもスタート。ハスネファームの獲れたて野菜を存分に味わえるレストラン「プラント」の開業だ。実験の場と位置づける同店のシェフは、週替わりの交代制。そのひとりが「イートリップ」でシェフを務めていた白石貴之さんだ。

「自分で畑を見ながら食材を探すのは本当に楽しい。実だけではなく、花やツル、根っこを使ったり。常に発見があるんです」

DMA-6-DSC_7532.jpg
農園から徒歩5分ほどのところにあるレストラン「プラント」。
DMA-7-DSC_7587.jpg
シェフは畑を見て回り、自ら選んだ野菜で調理を行う。割れたニンジンなど、販売できなくても味に影響のない食材はここで料理に生まれ変わる。
DMA-8-DSC_7627.jpg
夜のおまかせコース(¥11,000)の一例。サザナミダイにインゲンを合わせたひと品には、セロリとルッコラの花を添えて。瑞々しい野菜が料理の主役になる。

 畑には色やかたちが悪くて販売できないもの、間引いて破棄される運命の野菜もある。それらを有効に利用するのも、このレストランの役割だ。さらに生ゴミはコンポストで堆肥化され、畑の土に還っていく。

 畑を開放することで、農作物を通して地域の人と人とを結びつける、都市農業の新しいカタチ。また、冨永さんは練馬区で畑を借り、都市農業を志す人のサポートも行っている。それだけ、ハスネファームに手応えを感じているのだろう。

「昨年から養蜂を始めました。コンポストは地域に広げることができるし、いずれニワトリも飼いたい。都心の里山のような場所になればいい。そう思っています」

 都心の農業が生む可能性。答えのひとつが、ここにある。

DMA-5-DSC_7484.jpg
この日のサポーターズは近所の大学生、農業スクールの生徒など。

ハスネファーム

東京都板橋区蓮根2-5 電話なし (営)10時~12時、14時~16時 (休)月、水、金、日  https://www.facebook.com/the.hasune.farm

プラント

東京都板橋区蓮根1-14-22 電話非公開 (営)11時30分~、13時30分~、18時~の3部制(水~金)/12時~、18時~の2部制(土、日、祝) (休)月、火(ほか不定休あり) ※サイトより要予約
https://hasuneplant.com
※本記事は「Pen」(2021年10月号)の提供記事です。
写真/村上未知 文/小久保敦郎(サグレス)