「箏で新たな伝統をつなぐ」──期待の若手・LEOが語る日本音楽の魅力
邦楽界のホープが東京でリサイタルを開催
東京都千代田区にある紀尾井ホールは、クラシックと邦楽、ふたつの音楽を奏でるためにつくられた、専用のコンサートホールだ。東京の多様な文化・芸術が継承されてきたこの場所で、2021年10月22日、邦楽界期待の若手演奏家による特別公演が開催された。
彼の名はLEO。日本の伝統楽器・箏(こと)の奏者として19歳の若さでメジャーデビューを果たし、現在は23歳。伝統的な古典音楽以外にもクラシックや現代音楽など多彩な音楽を演奏し、メディアで数多く取り上げられる注目のアーティストだ。
箏は奈良時代に中国大陸から伝来した和楽器で、各部には中国の伝説上の動物である龍にたとえた名称が付けられている。日本では「琴」の漢字が使われることがあるが、実は「箏」とはまったく別の楽器。大きな違いは「柱(じ)」と呼ばれる、絃の音程を調節する可動式の支柱があるかないかだ。
箏は柱の位置により音の高さを変え、右手の3本の指にはギターのピックのように「箏爪」をはめて絃をはじく。もともとは貴族たちが愛好していたが、江戸時代の音楽家・八橋検校が芸術音楽へと発展させたことで庶民の間にも広まり、現在の形になったと伝わっている。
今回のリサイタル『古典を現代に迎える』は、「日本にしかない音楽文化を表現する」という明確な趣旨のもと、LEO氏が3年ほどかけて構想を練った。日本独自の音楽とは一体何なのか──。話は彼の幼少期に遡る。
箏の音色に刻まれた日本人の美意識
LEO氏が箏と出会ったのは9歳のとき。当時通っていた横浜のインターナショナルスクールの必修科目であり、これが初めて楽器に触れた経験だった。
「箏は、自分の中にある日本人としてのアイデンティティと合致したような気がしたんです。もともと内気な性格でしたが、箏を通じて自分を表現することの楽しさを知り、どんどんのめり込みました」
そう語るLEO氏は、父はアメリカ人、母は日本人の家庭に生まれるも、幼い頃に両親は離婚。以来、学校では英語、家では日本語のみを話していた。箏と出会ったのは、ちょうど「自分は何人なのか」と悩んでいた時期だったという。
LEO氏を惹きつけた箏の魅力は「古典」にあった。箏といえば、正月に流れる定番曲『春の海』をはじめ、優雅な曲調のイメージが強い。だが、古典とは音楽そのものだけではなく、日本人が受け継いできた独特の文化や精神を意味する、とLEO氏は話す。
その一つが「間(ま)」だ。空間的な「間」や余白の美しさは日本の文化・芸術の特徴といわれ、落語や歌舞伎、建築などでも重視される。他者との心理的な距離においても、日本人は非常に「間」を意識する国民といえるだろう。
箏の曲にも、西洋音楽にはない独特の間、つまり「音のない空間」が存在する。そこに日本人の美意識が感じ取れるからこそ、箏の音色は私たちにどこか懐かしさを感じさせるのだ。
東京から世界の人に音楽を届ける
純粋な日本音楽は、海外の人にとって新鮮に映るはずだとLEO氏は言う。なぜなら長い前奏から始まる日本の古典音楽には、時間をかけて楽曲の世界に沈んでいくような没入感があるからだ。
音楽ストリーミングサービスの普及を背景に、現代は洋楽、邦楽ともにイントロが短縮される傾向にある。音楽を聴く環境をめぐる競争がこれほど激しくなれば、できるだけ早く聞き手の興味を引こうとする流れも至極当然といえるだろう。
だが、そんな時間に追われる今の時代だからこそ、箏の音色は聴く人に新たな価値を与えるはずだ。
古典から現代曲、協奏曲、自作曲まで幅広い楽曲を演奏し、自身にとって大きな挑戦となったリサイタルを終えたLEO氏。今後の目標をこう語る。
「今は『古典』と親しまれる楽曲も当時の人にとっては最先端だったはずで、当然批判もありました。しかし、良いものは時を超えて継承され、やがて歴史の一部となります。僕も箏の演奏を通して、新たな日本の古典をつくっていきたいと思います」
箏曲界の発展のため、次世代の奏者にバトンをつなぐため――。国内外から注目される気鋭の箏アーティストが新たな歴史を紡いでいく。