完売画家・中島健太が見る、東京の「色」と「多様性」
どこかで自分が主役になれる街──東京
写実絵画を中心に手がける洋画家の中島健太氏は、これまでに制作した約700点がすべて完売という気鋭の現代アーティスト。「完売画家」としてメディアでも広く取り上げられ、自身の画家人生やアーティストとしての哲学を詰め込んだ著書『完売画家』(CCCメディアハウス)も話題だ。
そんな中島氏は、生まれも育ちも東京都。幼少期は、住宅街の広がる荻窪や吉祥寺の周辺で暮らしていたという。子どものころから現在までを振り返って、東京という街の魅力について「どこかで自分が主役になれる場所が見つかるところ」と語る。
「たとえばアメリカは、広大な国土に点在している都市ごとに、文化や風習が違いますよね。そうした文化や風習、街がまとう雰囲気を『色』と言うなら、東京はひとつの都市のなかに、さまざまな『色』を詰め込んでいるような印象があります」
都市づくりには行政の方針が大きく反映されるものだ。しかし、東京には行政主導ではなく、住民主導で増殖していった街という印象があると中島氏は話す。
「東京の街には、『気づいたらこうなっていた』というようなカオスさがあります。似た匂いの者同士が集まり、自分たちのエリアの色を決めていっている。だからこそ、街に嘘がないし、自分が馴染みやすいと感じられる場所がどこかにあり、そこで誰もが主役になれる。それが、東京という街が築いてきたレガシーではないでしょうか」
巨大都市のなかで溶け合う多様性
地域ごとに明確な色を持つ東京の街は、まさに多様な文化・風習、価値観が寄り集まっている場所。中島氏は、そんな「東京の多様性」を肌で感じ取っているという。
「僕は最近、自転車で移動することが多いのですが、街と街の間の空気が変わる感じが好きです。自転車で移動していくと、そこでの人間の振る舞いや格好というものが、少しずつグラデーションで変わっていく様を体験できるんです」
ハイブランドの店が並ぶ銀座、若者の文化が集まる渋谷、下町の雰囲気が残る浅草のような街がある一方で、郊外に足を延ばせば山や田畑が広がる街もある。それもまた東京だ。ひとくちに東京と言っても、それぞれの地域がまとう空気はまったく異なっている。
そのなかで、自分に合う空気を求めて街を住み分けるということは、人やモノ、地域に対して、「見えないカテゴライズ」をしていることだと中島氏は言う。東京という街は、時間をかけて自然とカテゴライズされ、そこに住まう人々は敏感にその空気を感じ取り、自らその空気を選んでいる。
「僕は、カテゴライズそのものが悪いことだとは思っていません。むしろ多様性の受け入れ方って、こういうことじゃないかと思うんです。『価値観を受け入れろ』と言われても、なかには受け入れられない価値観だってあるし、認められないものもある。そういうとき、衝突し合わずに、ただ溶け合うということは、大切なんじゃないでしょうか」
中島氏は、東京は都市のスケールで多様な価値観が共生していると語る。「価値観を『受け入れる』のではなく、多様な価値観があるということを『知っている』。それが、東京のおもしろさですね」
「わからない」を恐れない
「いまの世相を見ていると、みんな『正解』を求めている風潮があります。その反対に、『わからない』ことに対しては、すごくストレスを感じるようになってしまっている。クイズ番組がテレビで人気を博すようになって久しいし、インスタントに答えが与えられる時代です」
「わからない」ことを受け入れることの重要さを語ると同時に、中島氏は、その物差しになるのはアートではないかと話す。
「芸術やアートに触れたとき、『わからない』という感想を抱く人がいます。でも、僕はわからなくていいと思っているんです。他人がいいと思うものを、必ずしも自分もいいと感じるとは限らないし、『わからない』なら『わからない』という心を、素直に表現していい。さまざまな価値観を知る一方で、自分の価値観を認めてあげることも大切だと思います」
東京に生まれ育ち、東京のあらゆる「色」を見つめてきた中島氏は、東京は世界一夜景の美しい街だと言い切る。
「特に新宿の東京都庁から見る景色は格別です。これほどまでに、どこまでも夜景が広がっている街は、世界のどこにもないんじゃないでしょうか。地平線の先まで光が広がっていますが、そのなかには、ビルの光もあればネオンの光もある。大きな道路もあれば、毛細血管のような小さな道もあって、360度どこを見渡しても似ていない。これこそ、東京の多様性ですよ」