コオロギが地球を救う!? 世界が注目する昆虫食

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iStock.com/stockphototrends

 気候変動や生物多様性の損失、人口爆発と貧困・飢餓など、地球が直面する危機の原因のひとつが「食」だといわれている。そんななか、家畜と比べて生産性が高く、温室効果ガスの発生も少なく、しかも高い栄養価を備える「昆虫」が、地球を救う食材として注目を浴びている。

昆虫が世界の食糧難を解決する救世主に!?

 野にいるコオロギやバッタは想像できても、食材として見るとどうしてもゲテモノ感がぬぐえない。ところが今や昆虫食は、そんなイメージを払拭して、今後危惧される世界的な食糧難を解決する救世主への道を歩み始めているのだ。

 その昆虫食の先駆者のひとりが、昆虫料理研究家・内山昭一氏だ。現在は東京・日野市に居を構えるが、幼少期を過ごした長野県は、イナゴやカイコサナギ、ハチノコ、ザザムシなどの佃煮がスーパーに並ぶお国柄。当時は好んで食べることはなかったそうだが、昆虫=食べ物という認識は自然と定着した。

 昆虫食に目覚めたきっかけは、1998年にたまたま参加した多摩動物公園の昆虫食イベントだ。世界各地で2,000種類以上の昆虫が食べられているという現状を知り、昆虫食への興味が湧いた。翌年の秋、昆虫食イベントでいっしょだった友人と捕虫網を手に河原に行き、草原で捕まえたトノサマバッタをその場で素揚げして食べたところ、思いのほかのおいしさに感動したという。

 「トノサマバッタは昆虫の中でも飛翔力と跳躍力に優れ、胸と腿の筋肉が発達している。その肉は赤身で食感も味わいもいいし、メスなら大きくて食べ応えがあり、卵もおいしくておすすめです」とさらりと話す。

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実は栄養価が高いトノサマバッタ

東京が昆虫食の一大ブームを牽引

 世の中で注目を浴びるようになったのは、2013年5月に国際連合食糧農業機関(FAO)が発表した、食糧問題を解決する手段として昆虫食を推奨する報告書だ。次いで2018年には、欧州連合(EU)が昆虫を域内で流通可能な食品として新たに認定。欧米では、昆虫食のスタートアップ企業も誕生するなど一気に市場が拡大した。

 日本でも2020年に無印良品が「コオロギせんべい」を発売し、敷島製パンの「コオロギのバゲット」が発売2日で完売するなど、大手企業が参入。日本橋の「ANTCICADA」や都内に複数店舗を構える「米とサーカス」など、高級レストランからB級グルメまで、昆虫食を提供するレストランも驚くほど増えてきた。

 内山氏によると、東京に住んでいると昆虫に接する機会は少ないが、東京には流行に敏感で好奇心旺盛な人が多く、特に20代から30代を中心に興味を持つ人が格段に増えているという。何より食べられるレストランが多いことも、東京が昆虫食ブームを牽引している要因のひとつだ。

 内山氏自身も、昆虫食の試食会をこれまで数多く開催し、のべ4,000人あまりが参加しているという。当初は、ゲテモノ食いのイベントと受け取られがちだったが、今はきちんと食材としてとらえる人が大半だ。

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セミ幼虫のチリソース炒め。セミの幼虫は身がしっかり詰まり、ナッツのような味がするという

コオロギが身近な食材になる日も近い?

 内山氏は、単なるブームでは終わらずに、食卓に並ぶ日常食として昆虫食が定着してほしいと言う。昆虫は、高タンパクで、良質な脂肪(不飽和脂肪酸)、さまざまなミネラルや食物繊維を豊富に含む。牛の場合40%しかない可食部率が、コオロギでは80%に上るなど無駄も少ない。狭い土地と少量の水で飼育が可能で、メタンガスや二酸化炭素などの温室効果ガスもほとんど出さない。SDGsが掲げる17の目標のうち、8つに貢献するといわれているのだ。

 カミキリムシの幼虫はマグロのトロに、オオスズメバチはフグの白子、ハチノコはウナギの味によくたとえられる。「どれも皆さんが想像している以上においしいはず。まずは一度食べてみてほしい」。ただ市場の広がりということでは、コオロギが抜きん出ている。栄養価も申し分ないうえ、癖がなく食べやすく、何より養殖しやすい。コストを抑えて安定供給が可能になれば、さらに身近な食材になるだろう。

 世界の昆虫食市場は2019年の70億円から、2025年には1,000億円に達するという予測もある(日本能率協会総合研究所)。日本でも、徳島大学発の「グリラス」をはじめ、コオロギを養殖するスタートアップが次々と出てきた。農林水産省も202010月に「フードテック官民協議会」を立ち上げ、バイオ肉などと並び、代替タンパク質として昆虫食の普及に乗り出した。

 一般家庭の食卓にコオロギが並ぶ日もそう遠くはなさそうだ。

取材・文/熊野由佳