建築家・永山祐子が思い描く、建築と都市の未来
建築が場所にもたらす価値を問い続ける
「その場所にとっての本当の価値は何かを考える」。インタビューの中で永山祐子氏が繰り返し語った言葉だ。建築の仕事の本質を捉えた言葉だが、近年は、デザインの斬新さや素材の新奇性などにとらわれて見過ごされがちだ。建物は建てられたあと、その先何十年も存在し続けるわけだから、そこに暮らす人々や、そこに集まる人たちがどう活用するのが一番いいのか、この場所に求められているものは何かを、彼女は常に問い続けているという。
アラブ首長国連邦(UAE)で2022年3月まで開催されるドバイ国際博覧会では、「日本館」の建築設計を手がけた。それと同時に、生まれ育った地である東京では、2つの大規模再開発プロジェクトが進行中。ここでも、地域で暮らす住民から長く愛され、暮らしを豊かにするデザインを追求している。
東京駅に隣接する敷地面積3.1haに及ぶ大規模再開発の「TOKYO TORCH」では、低層部デザインアドバイザーとして参画。高さ約390mのTorch Towerと、約7,000平方メートルの広場など人と人が行き交う空間にどう接点を作り、どう交わらせるかを考えた。延べ約2kmの歩道をビルにまとわりつかせるようにしたのもその一つだ。「超高層は前を行き交う人々にとって自分の日常と繋がっているとは実感しにくいものですが、地上から視覚的に繋ぐことで、日常との繋がりを感じさせたいと思いました」
大規模プロジェクトに日常の視点を
一方、2022年に開業予定の「東急歌舞伎町タワー」は、歌舞伎町の中心という都心の超高層なのに、オフィスフロアがなく、商業施設、映画館、ホテル、ライブホール、劇場、レストランなどのエンターテインメント施設だけが入る。
永山氏はコンセプトと外装デザインを担当し、かつて沼地だったという歴史、目の前のシネシティ広場にあった噴水をモチーフに従来の超高層ビルにはない繊細さを追求した。ビルを覆うガラスの反射を、表面の特殊印刷によってコントロールすることで、水のきらめき、しぶきの白さを表現。見る角度によって揺れ動く様は、まさに永山氏の得意とする光のデザインだ。
杉並区阿佐谷生まれの永山氏にとって、新宿はなじみの"近所"だったという。そこに新たに建つ超高層ビルには、ふんわりと柔らかいニュアンスを持たせるつもりだ。
「比較的、ヒューマンスケール(人が快適に感じられる適切な空間の規模)の店舗や住宅、施設を設計している私たちの役割は、暮らしている人たちと同じ目線で建物を見ること。私たちが参加することによって、これまでなかった日常の視点を取り入れることができれば、大規模プロジェクトのデザインのやり方も変わると思います」
建築で都市の未来を創る
今は順風満帆の永山氏だが、27歳で独立したときは思うように仕事がなく、いったんはチームを解散。そんなときにコンペをきっかけにルイ・ヴィトンから声がかかり、京都大丸店のファサードを担当することになった。「首の皮一枚で繋がり、これでやっと建築を続けられるという喜びしかありませんでした」
このプロジェクトで、建築家としての飛躍のきっかけをつかんだのち、瀬戸内海の豊島に建てた横尾忠則氏の美術館「豊島横尾館」(香川県土庄町/JIA新人賞)や、延床面積5,000平方メートル以上という大規模な複合施設「女神の森セントラルガーデン」(山梨県北杜市/第44回東京建築賞優秀賞受賞)など、作品と共に成長していった。
建築は未来を創る仕事だと永山氏は定義する。「コロナ禍で、人と対面で会うことがむずかしい時間が長く続きました。でも私たちは、建築家として人が集まる場所を作り続けていく運命にあるのです」。だからこそ、これからの都市において「集まる」という、非常に大切なことの場所にふさわしい建築は何だろう──永山氏はそれをもう一度考えたいという。
建築とそこに集う人々に真摯に向き合う永山氏の建築が、未来の東京の景観をどのように変えていくのかに注目が集まる。