防災×アート! 地域共創で災害対応力を向上

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 2年に1度の国際芸術祭「東京ビエンナーレ2020/2021」で、ソーシャルプロジェクト「いつものもしも、神田五軒町・市ヶ谷エリア」が実施された。地域の災害リスクや解決策についてアートの分野からアプローチする新たな試みは、都民の災害対応力を向上させる効果が期待されている。

建築模型とMAPに一人ひとりの声とアイデアを重ねる

 2021年7月から9月まで開催された「東京ビエンナーレ2020/2021」は、世界中から集まったアーティストやクリエイターと東京に暮らす地域住民とで作り上げる国際芸術祭。東京都内の施設や公共空間でアート、建築、デザインなど多彩なプロジェクトを展開した。

 開催期間中に行われた「いつものもしも、神田五軒町・市ヶ谷エリア」は、まちで生活する一人ひとりの声をすくい上げ、そこにアートの要素を掛け算する課題解決型アート作品。神田と市ヶ谷の2会場を拠点に地域住民や来場者に防災に関するヒアリングを行い、さまざまな声(VOICE)を収集するところからスタート。その声に対する解決策や知恵を、建築設計事務所のオンデザインが建築模型「VOICE模型」やMAPに落とし込み、「見える化」する取り組みだ。

 「いつものもしも、神田五軒町・市ヶ谷エリア」を牽引したのは、オンデザインの一色ヒロタカ氏。建築家として、東日本大震災で被災した石巻市の復興プロジェクトに関わった経験から、防災や災害対応力の知見を活かし、プロジェクトの設計を担当した。

 今回のプロジェクトの具体的な内容について次のように語る。

 「地域住民の皆さんには、開催2ヶ月前から対面とオンライン両方で面談を行い、災害に対する個人の不安や悩みにひたすら耳を傾け、実際の空間に潜む課題を抽出しました。課題に対する解決策のアイデアを『アンサー』と呼び、会場を訪れた人から収集することに。アンサーは付箋に書き出してもらい、模型やMAPに直接貼ってもらえるようにしました」

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VOICE模型&MAP
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会期中は住宅の模型やまちのMAPを用意し、課題の内容と箇所を吹き出しに書いて見える化。
photo by Koichi Torimura

 VOICEとアンサーは会期中に300近く集まったという。拠点運営を担当した渡邉莉奈氏は、印象深いVOICEとアンサーについてこう振り返る。

 「神田にある長屋を事務所にしている方にヒアリングをした際に、『建物自体もさることながら老朽化した木造建築物が多いので火災の危険を感じる』という話がありました。そこで実際にその長屋を『VOICE模型』にして課題を見える化。集まったアンサーの中でも、特に印象に残っているのは、『周辺の高層マンションから放水できるようにすれば良いのでは』というものでした。こうした既成概念の中では生まれない発想は、多様なアイデアを集めるという、このプロジェクトの特徴を物語っていると思います」

 また、広報を担当していた内藤あさひ氏は、リアルな場でのソーシャルプロジェクトならではの収穫について「さまざまなアイデアをシェアできた」と話す。

 「過去に京都から来場された方から、『京都では消防車が入れない場所が多く、古くからリアカーに消火用品を載せて火事に備える文化がある』という話を伺いました。リアルな場に模型やMAPを置き、それらを中心に人が集まる場だからこそ、多種多様なアイデアや知恵を出し合うことができたのではないかと思います」

 さらに、オンデザインは、「無印良品」を展開する株式会社良品計画をプロジェクトパートナーに招きコラボレーションを実施。「VOICE模型」によって浮き彫りになった課題やニーズをもとに、災害時にも役立つ「いつものもしも」のプロダクトを、VOICEへ重ねた。

シェアされた集合知を地域に還元していきたい

 防災や災害対応力向上の取り組みは、かねてより行政主導で実施されることが多かった。それを国際芸術祭である「東京ビエンナーレ2020/2021」の舞台で、アートプロジェクトの一環として行う意義とは何なのだろうか。一色氏は言う。

 「昨今、自然災害の種類や発生回数は増加の一途をたどっています。災害が日々の生活と隣り合わせにあるからこそ、アートを介して日常に災害対応力の強化を浸透させることができないだろうか、という発想から、このプロジェクトは始まっています。『東京ビエンナーレ2020/2021』は民間主導かつ地域の協力を得ながら作り上げる芸術祭ですので、日常における災害への向き合い方を考えるきっかけとして、ふさわしい場だったと思います」

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photo by Koichi Torimura

 「常識」の枠組みを外して災害対応力を考えることができるのは、アートだからこそ。東京ビエンナーレは2年に1度の開催を予定しているため、今回の災害対応力向上プロジェクトをさらに発展させていきたいという。

 「シェアされたVOICEやアンサーなどの集合知を、どのように地域に還元していくかということが次回のテーマだと考えています」と一色氏は話す。

 アーティストやクリエイターの発想、地域住民の声、来場者のアイデアという3つの観点から見えてきた災害対応力。このプロジェクトが地域をどのように強くしていくのか、今後の仕掛けに注目したい。

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一色ヒロタカ氏
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渡邉莉奈氏
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内藤あさひ氏
取材・文/末吉陽子 写真提供/オンデザイン