コロナ禍後の東京の働き方を考える【寄稿】

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浜田宏一(米エール大学名誉教授、元内閣官房参与)

 コロナ後の東京は一体どんな社会になるか──バブル崩壊後の経済停滞について日銀の金融政策を批判し、安倍内閣では内閣官房参与としてアベノミクス政策を牽引した経済学者・浜田宏一氏が指摘する、「一番起こってほしくない悪夢のような事態」とは。
マスク着用など基本的な感染予防策の徹底やワクチン接種によって、東京は、世界の大都市のなかでは比較的、感染拡大を抑えられている(AFLO)

 新型コロナは世界中に大きな苦難をもたらした。あまりにも多くのものがすでに失われてしまったが、疫病もまん延すると免疫も増えて、どこかで終息するというのが歴史の教えるところである。今ここで、コロナ後の東京はどうなるかを考え始めることも許されるであろう。

 現在、日本国民かつアメリカの居住者として、ニューイングランドに足止めを食っている私は、日米両国民の暮らし方に大きな違いがあり、それがコロナのまん延にも影響していることに気づく。

 平均してみると、日本人は科学の成果を信頼する。そして人と同じように行動することが好きである。マスクの使用や、ワクチン接種では政府の指示に素直に従う。ほかにも、日本が島国であるとか、挨拶するときの接触が少ないなどの理由が、コロナ禍の日本で少なくとも死者が相対的に少ないことに役立っていると思う。日本人は予防接種が国民全体のためになるといわれれば素直に協力する国民性がある。

 アメリカでは、自分の身体をどうするかは基本的人権の一つだとして、今でもワクチン接種をしない人が多く、マスクの強制に対しては生徒の親から強い反対の動きがある。自分がかかるのは自由だとしても、それが多くの他人に迷惑を及ぼすということ──経済学ではこれを「外部性」という──を理解できないことが死者の数を増やしている。アメリカ人の極端な自己主張がコロナの害を増幅しているのである。

 ところで、コロナの被害は苦しい体験であるが、我々は皆が集まらなくてはできないと思われていたことが、実は集まらないでもできるということを学んだ。会議もズームでできる。授業もズームでできる。もちろん展覧会もオンラインでできるし、難しいと思われる音楽の合奏もうまく設定すればオンラインでできる。

 昔のことだが、東京の国鉄と私鉄の多くがゼネストをやったとき、当時住んでいた鎌倉から、ストをやらない私鉄をつないで片道4時間かけて本郷にある東大の教授会に出かけるのがバカらしくて休んだら、集団の規律に合わないと学部長はもとより同僚、進歩的と思われた先輩からも叱られた。コロナ後であったらこんなことは起こらなかったであろう。

 たまたま現在の東京都知事は、日本の政治家に珍しい女性の小池百合子氏である。日本の社会、特に男社会はなかなか変革になじまないが、小池氏は第二次小泉内閣の環境大臣であったころ、ネクタイをいつも着用する日本のサラリーマン社会の習慣を破る「クール・ビズ」の定着に力を発揮した。

 同様に、北海道知事だった高橋はるみ氏(現・参議院議員。知事在任は2003年~2015年)が、北海道に事実上のサマータイム、長い日照時間を有効活用する働き方を導入した。単に偶然で女性知事の自治体で革新が起こったとは言えないと思う。男性にもいろいろ優位性はあるが、女性は物事のメンツにこだわらず、冷静に改善策を採用できる──といったらほめ過ぎであろうか。

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小池都知事が提唱した「3密(密閉・密集・密接)」は感染対策の合い言葉として広く浸透。英語では「3C(closed spaces, crowded places and close-contact settings)」といわれる(AFLO)

 高度成長期、日本の経済成長は電気製品や自動車など製品開発と生産に依拠していた。日本製品が世界に羽ばたいた秘密は、終身雇用の状態で、会社のメンバーがいわば会社を一つの家族、運命共同体として受け止め、朝礼に集まり、時には寝泊まりしても技術を改善するところにあった。会社も長期雇用する社員に報いる蓄積を持っていた。『カイシャ』は世界共通語になり、短期決済でない、長期契約による雇用関係の信頼性が日本の企業の長所とされた。

 デジタル革命を経て、先端技術の生まれ方や利潤機会はこれまでとは違った様相を呈している。各人がいずれも端末を持っていて、瞬時に交信できる社会では、各人の潜在的な嗜好や可能性を見つけ出して、必要な端末をうまく結びつけることが大きな利潤機会となる。会社の中で個別の技術を磨くよりも有効なのである。アップル、アマゾン、サムスン、楽天などの成功はこのような要因によるものと考える。

 コロナ禍が去った後で一番起こってほしくない事態は次のようなことである。

 中年の管理職社員が「サァ、元に戻ろう」と昔流の定時出勤、長期労働時間が復活する。東京のJRや地下鉄では、ラッシュ時に駅職員が乗客を車両の中に押し込まなければならない光景が再現する。非人間的な通勤ラッシュが再来し、休日には観光地が混雑して、都市の人口が自然を十分に楽しむ時間も生まれない──。

 コロナ禍が下火になったときには、東京都もぜひ今行われているフレックス・タイムを続けられるような対策を講じてほしい。都庁窓口の受付時間をフレックス化するとか、週4日制にまではしないでも土曜に働く日をつくるとか、いろいろな方策が可能であろう。

 エール大学に勤めていたころ、授業の忙しい時期に秘書(正式には事務助手)や研究所の事務長が突然、家族旅行で一週間の休暇をとりますと言って消えてしまうことが多かった。しかし、自分のすべき仕事はしっかり終えて、あるいは代理を決めてからいなくなるので、何ら私の仕事に差し障らなかった。

 コロナ禍は残念なことではあるが、どうしたら皆の人生を楽しく、しかも有意義に送れるか、働き方を考える良い機会であるともいえる。

浜田宏一

経済学者。エール大学名誉教授。東京大学名誉教授。 1936年、東京都に生まれる。東京大学法学部および経済学部を卒業した後、エール大学にて経済学博士号を取得。国際金融論に対するゲーム理論の応用で国際的な注目を浴びる。第2次~第4次安倍内閣(2012~2020年)官房参与。著書に『アメリカは日本経済の復活を知っている』(講談社)、『経済成長と国際資本移動──資本自由化の経済学』(東洋経済新報社)、『21世紀の経済政策』(講談社)など。世界の有識者による論考・分析を配信する国際的NPO「プロジェクト・シンジケート」定期寄稿者でもある。