日本の食材に魅せられた外国人シェフが「Farm to Table」を実践!

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 高い品質と味の良さで知られる日本産食材。外国人シェフが、自ら交渉して仕入れた日本各地の食材を使って、自国の料理を提供するレストランが人気だ。東京・中目黒に店舗を構えるモダンネパール料理レストラン「ADI(アディ)」では、日本産食材とネパールの伝統的な調理法を組み合わせた、オリジナリティあふれる料理を生み出している。
iStock.com/monticelllo

ネパールと日本の架け橋になるようなお店に

 食の安全に関する意識の高まりを受け、アメリカを中心に「Farm to Table」という新たな考え方が広まっている。これは生産者(農場)と消費者(食卓)が近い距離でつながり、環境に配慮したサステナブルな食材を取り入れる概念だ。世界的な食の中心地である東京でも、「Farm to Table」を実践するレストランが年々増えつつある。

 東京・中目黒にあるアディのシェフオーナーを務めるアディカリ・カンチャン氏は、元々シェフを目指していたわけではない。2010年の来日後、日本語学校などで経営を学び、一般企業に就職した。その後、飲食系企業に転職して、レストラン経営などを学び、レストランのオーナーに転身。2019年に麻布十番で既存の店舗の空き時間などを利用して営業する「間借りカレー」を始めた際に、実家の母を頼ってネパール料理を学んだという。

 いわゆる「脱サラ」をしてオーナーシェフになったアディカリ氏だが、幼いころから母に代わってキッチンに立っていたこともあり、料理には親しみがあったという。

 その後、2020年に中目黒でアディをオープン。「アディ」とは、サンスクリット語で「始まり」を意味する言葉。ネパールと日本の交流のスタートであり、ネパールと日本両国をつなぐ架け橋になりたいという願いが込められている。

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モダンネパール料理レストラン「アディ」のオーナーシェフ、アディカリ・カンチャン氏

生産者との会話からインスピレーションが湧く

 「日本産食材は、生産者の想いがしっかり込められている点が魅力的です」とアディカリ氏。アディでは、直接契約している日本各地の生産者から、毎日、新鮮な食材が届く。現在、取引をしているのは、旅先で出会った生産者をはじめ、シェフ仲間からの紹介やSNSを通じて知り合った人を含め10人弱。

 誰が、どんな場所で、どんな気持ちで食材を育てているのかを知るため、「可能な範囲内で現地に行くように心掛けています」とアディカリ氏は話す。実際に現地を訪れて生産者と話すことで、新メニュー考案に役立つほか、料理をするときの大きなパワーになるという。

 また、それぞれの生産者が何を育てているのか、ほぼ頭に入っているため、調理中に彼らの顔が思い浮かび、ふと笑顔になることもあるそうだ。

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ネパールの一般的な定食「ダルバート」

 ネパールは海に面していないこともあり、アディカリ氏の魚へのこだわりは特に強い。それゆえ、アディをオープンする前に、静岡県焼津市にある鮮魚店で2週間ほど魚の扱い方や調理法を学んだ。

 現在でも月に一度は必ず足を運んでいる。そこに集う漁師や料理人たちと世間話をすることで、それぞれの業界の最新情報を交換したり、新しい調理法を学んだりしているという。何気ないやり取りの中でインスピレーションが湧き、新メニューができることも。

 魚を調理するときに大事にしているのが、「魚が本来持っている美味しさを邪魔せず、さらにワンランク上を目指す」こと。また、鮮度も重要なポイントだ。毎朝、鮮魚店から獲れたての魚を送ってもらうため、「ダルバート」のおかずやコース料理のメニューは日替わりになっている。

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天然ブリをチリソースと合わせた一品

生産者と共に生き、共に成長する

 たまに、見たことのない魚が送られてくることがある。その度に、アディカリ氏は送り主へ電話をして、魚の特徴やおすすめの調理法を聞き、ネパール料理に落とし込んでいる。「どんな調理法やスパイスが合うのかを考えるのは、とても刺激的です」とアディカリ氏は言う。

 そうやって、互いに協力しあい、学びながら成長していることに喜びを感じるのだという。特に、コロナによる困惑状態にある今は、生産者やシェフ仲間と協力体制を組む必要性は大きい。

 いい生産者とつながれば、いい料理が作れる。気持ちのこもった料理は、食事を豊かな時間にしてくれる。

 この流れを信じて、アディカリ氏は「生産者と共に生き、共に成長するサイクルを守り続けていきたいです」と笑った。

取材・文/安倍季実子 写真提供/ADI