ホテルの一室から、日本のものづくりの力を世界に発信
世界的に活躍するデザイナーと、日本のつくり手がタッグを組む
2019年に開業した日本橋の浜町ホテルの2階に、「TOKYO CRAFT ROOM」と名付けられた特別な一室がある。この客室は宿泊施設でありながら、日本のものづくりの素晴らしさを世界に伝える発信拠点としての役割も果たす。実は、この客室に揃えられた家具や調度品の一つひとつが、世界的に活躍するデザイナーと日本有数のメーカーや職人がタッグを組み、オリジナルで製作されたものであり、宿泊者は、この部屋で時間を過ごし、アイテムを実際に使って品質の高さに触れ、日本のものづくりの精度、デザイン性の高さをリアルに体感していく。TOKYO CRAFT ROOMのクリエイティブディレクターを務める柳原照弘氏はコンセプトをこう語る。
「日本の工芸の技は、世界的に見てもきわめてレベルが高いのですが、海外にはきちんとした形で伝わっていないのも事実。ならば、日本に興味をもって訪れてくれる人々が、この国のものづくりに自然に触れ、その多様性や奥深さに気付いてくれないだろうかと考えてつくったのが、このTOKYO CRAFT ROOMです」
伝統産業を伝えることの難しさ
柳原氏はデザイナーとして国内メーカーや地域の伝統産業と協働を重ねる中で、日本のものづくりの魅力を海外に向けて積極的に伝えてきたが、その難しさを実感していた。
「世界の人々に知ってもらうためには、各国で開かれる見本市や展示会に参加するのが王道ですが、言葉の壁や文化の違いをクリアするには時間もかかりますし、費用もかさみます。でも、東京にあるホテルの一室に日本のものづくりの粋を集約していけば、世界各国の人が滞在を通して工芸の風を感じ、おのずと理解を深めてくれる。TOKYO CRAFT ROOMは、文化が融合するポイントになるのです」
TOKYO CRAFT ROOMのウェブサイトでは、デザインや製作の背景を日本語と英語で詳しく伝えているほか、アイテムの購入に関する問い合わせも受け付けている。ホテルの客室でありながら、日本のメーカーや職人を紹介するショールームとしての機能も果たしているのだ。柳原氏は、見た目の美しさだけでなく、卓越した職人たちの技に支えられた機能性や品質もしっかり確かめてもらいたいとも話す。
海外のデザイナーを驚嘆させる日本の産地
TOKYO CRAFT ROOMのために行われた興味深い協働を紹介しよう。オランダのディー・イントゥイティファブリック(デザイン)と川合優氏率いるSOMA(木工)が協働したキャビネット、スウェーデンのインゲヤード・ローマン氏(陶芸)と香蘭社(磁器)が協働したカップ、スウェーデンのクラーソン・コイヴィスト・ルーネ(建築・デザイン、略称CKR)と、さしものかぐたかはし(木工)が協働したテーブル&ベンチ、デンマークのオール・ザ・ウェイ・トゥ・パリス(デザイン)と堀田カーペット(絨毯)が協働したラグ、熊野亘氏(プロダクトデザイン)と北嶋絞製作所(金属加工)が協働した鏡。2022年春には、さらに2つのアイテムが完成した。
これらのコラボレーションを通じて、参加したメーカーには、海外からの注文や発表のオファーが来ている。また、プロジェクトを手がけたデザイナーからは、日本の高い技術力は前から知っていたが、これほど多くのものづくりの産地が現存するのは欧米と比較しても驚異的であり、まるで宝箱を見ているようだという意見も聞かれた。
確かに陶磁器産業を例に考えてみても、ヨーロッパでは、フランスのセーブルやドイツのマイセンなど、国王や政府の支援を受けたごくわずかな企業が業界を席巻しているのに対し、日本は、佐賀県の有田焼、岡山県の備前焼、愛知県の瀬戸焼、滋賀県の信楽焼というように、地域ごとに多様な焼き物文化があり、現在も製造されている。有田焼だけでも100社あまりの工房が地域内にあるなど、その独自性は圧倒的だ。
こうした豊かな日本ものづくりの在り方を知ることができるという噂を聞きつけ、海外のトップブランドの経営者が宿泊したり、日本各地の工芸に従事する人々が視察に訪れたり、活用の幅も広がってきた。日本のものづくりの強みを伝えるTOKYO CRAFT ROOMの発信力は、着実に高まっている。