自分にできることは何か...冨永愛は発信力を武器に「途上国の母子」を守る

出典元:「ニューズウィーク日本版」
2012年のタンザニア訪問時、家族計画の重要性を理解してもらうセッションで COURTESY JOICFP

<NGOジョイセフの「広報リーダー」として、冨永愛は「発信力」という自らの強みを生かして社会を活動に巻き込むことに成功している>

 自宅の土間に布を敷いただけの場所で、使える道具はさびついたハサミとバケツくらい。せっけんも消毒液もなく、助産師はおらず、赤ちゃんを取り上げるのは妊婦の母親。そんな状況が当たり前で、感染症や産後の疾患で亡くなる人も多い──。

 冨永愛は2010年11月、NGOのジョイセフが支援活動を行うザンビア・コッパーベルト州を訪れ、妊産婦たちの現実を目の当たりにしたときのことを振り返る。

 「自分が経験した出産と現地の環境があまりに違って心が痛かったし、見たもの全てが目に焼き付いている。女性は子供たちに別れを告げて出産に臨むんです。生きて戻れるか分からないから。ほかにも13歳、14歳という若年での妊娠やレイプの問題、性教育をどうするかといった課題もある。自分にできることがあれば......と真剣に考えた」

 トップモデルとして世界のランウェイを歩き、現在はテレビ、ラジオなど活躍の舞台を広げている冨永が近年、積極的に取り組んでいるのが、社会貢献活動だ。その原点と言えるのが、ジョイセフの主催するイベント「MODE for Charity」の親善大使としてのザンビア訪問だった。

 ジョイセフは、戦後日本の母子保健・家族計画のノウハウを途上国で生かすために生まれた老舗NGO。これまでにアジア、アフリカ、中南米の39カ国で、性と生殖や女性の健康にフォーカスしたプロジェクトを実施しており、01年には国連人口賞(人口問題の解決に貢献した個人や団体に授与)を受賞した。

「現地の人々で続けていけるように」

 彼らの活動に共感した冨永は11年に「アンバサダー」に就任し、いわば広報リーダーとして情報発信を続けている。ザンビアに続き、12年にはタンザニア・シニャンガ州のプロジェクトを視察。帰国後は関係者向け報告会やメディアで、支援の現状を伝えた。

 「ジョイセフは施設を建設するだけでなく、何年もかけて現地のスタッフとやりとりしながら村々に必要なシステムをつくっていく。最初は私たちが手助けしても、あとは現地の人々で続けていけるように、例えば妊婦健診や家族計画、性教育の必要性を理解してもらい、根付かせる。草の根のサステナブルな活動です」と、冨永は言う。

 昨年8月にはミャンマー行きを予定していたが、コロナ禍でやむなく中止になってしまった。ジョイセフは日本の制度を基に、妊婦や母親、乳幼児の健康を支えるボランティア「母子保健推進員」をミャンマーで育成しており、その数は今や5000人以上。冨永は彼らの活動を視察するはずだった。

多様な視点で発信して

 今年2月の国軍によるクーデターも重なり、ミャンマーが再び候補地となるかは見通せないが、彼女にとって支援先の訪問は「コロナ禍が収束したら真っ先にやりたいこと」だ。

 自身の活動が実を結んでいると実感するのは? 「やはり具体的な数字を見たときですね。私がアンバサダーに就いた頃は世界で1日当たり約950人の妊産婦が亡くなっていた。それが今は800人強に減っている。もちろん私だけの力ではないけれど、少しずつでも結果が出ていることがうれしい」

 ジョイセフ・デザイン戦略室の小野美智代は、冨永の存在が支援活動への関心に確実に結び付いていると話す。「ここ3~4年は特に、彼女をきっかけにジョイセフを知ったという20代、30代の若い人が増えている。彼女がインスタグラムにジョイセフの活動を上げると、サイトのアクセス数やフォロワー数がぐっと伸びる」

 その発信力が注目される冨永は、19年に消費者庁のエシカルライフスタイルSDGsアンバサダー、そして今年は伊藤忠商事の「ITOCHU SDGs STUDIO」のエバンジェリスト(伝道師)にも就任。世界共通の目標で、今の時代のキーワードである「持続可能な開発目標(SDGs)」の広報役を担っている。

 こうした活動が「冨永さんの中で多角的につながっている」とも小野は言う。「彼女は当初、自身が日本で出産し一児の母になった経験から、日本であれば助かるはずの命を守りたい、出産時に亡くなる女性をなくしたいという思いが強かった。でもそこを出発点に熱心に勉強し、今では、SDGsやジェンダー問題の解決策をファッションの切り口で探るなど、多様な視点を持つようになっている」

 冨永がみんなに知ってほしいのは、「世界は大きいように見えて小さい」ということだ。「人間が環境に及ぼす影響は目に見えて分かる。つまり人間が地球を変えることができてしまっている。そう考えると地球って小さいし、アマゾンの森林が減少していることやアフリカで子供が飢餓で亡くなっていること、いまだにどこかで戦争が続いていることが、身近な問題だと感じられると思う」

 世界と日本、支援する人と支援が必要な人、さまざまな人をつなぐ橋のような存在の彼女を、これからも多くの人が頼りにしていくに違いない。

取材・文/大橋 希(ニューズウィーク日本版記者)
※本記事は「ニューズウィーク日本版」(2021年11月23日号)の提供記事です。