情熱と衝動とアニメ愛、日本で声優の夢をかなえた中国人・劉セイラ

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 大学から日本語を学び始めた中国人が、数多の困難を乗り越え、日本でプロの声優として活躍している。子供の頃に好きだったのは『幽☆遊☆白書』や『らんま1/2』。高校生のときに『鋼の錬金術師』に出合い、人生が変わった。

 「俺は今、猛烈に燃えている!」

 そう叫ぶと、言葉通り瞳に炎が燃え始める――往年の名作『巨人の星』が初出と聞くが、昭和の熱血少年アニメにありそうな場面だ。今やギャグでしか使われなそうな演出だが、目の前に座る小柄な女性声優はまさに目から炎を噴き出さんとする勢いで、情熱と衝動に突き動かされてきた半生を語り始めた。

劉(りゅう)セイラは北京出身の声優。東京の声優事務所、青二プロダクションに所属して今年で9年目になる

 「子供の頃は、声優じゃなく漫画家になりたかった。日本の漫画が大好きで。特に『幽☆遊☆白書』や『らんま1/2』に夢中だったことを覚えている。

 当時、北京には日本の漫画を掲せる雑誌が何誌もあって、その1つの『北京卡通』(北京カートゥーン)が開いていた漫画家養成ワークショップに、小学生のときに親に無理を言って参加させてもらった。周りは社会人とか大人ばかりだったけど。中国は受験地獄の国なので、子供を漫画の勉強に送り出す親なんて他にいないですよね(笑)」

マシンガントークで話し続ける劉。スピードはどんどん上がっていく。

 「ずっと漫画家志望だった自分を変えたのが、高校3年生で出合ったアニメ『鋼の錬金術師』。日本語が分からないのに声優の演技に感動した。スタッフロールを見ると主演声優の名前は朴璐美(ぱく・ろみ)さん。外国人なのに主演できるんだ、じゃあ私にもできると思って、将来の夢を声優に決めた。まあ、この決断は勘違いのたまものだったんだけど(笑)」

まずは日本語を学ばなければと2004年、北京外国語大学日本語学科に入学する。

 「高校の成績は結構よかったので、専攻さえ選ばなければもっと上のランクの大学も狙えるのにと先生に怒られた。中国は学歴命だから、専攻そっちのけで大学の名前だけで選ぶ人のほうが多いけれど、私は日本語学科以外は嫌だった。

 入学してからは大変。こっちは50音からスタートだっていうのに、同級生の3分の1は既に何年も日本語を勉強してきた人たち。最初の2年で彼らを抜かさないと駄目だったので、死ぬ気で勉強した。なぜかというと、優秀な学生には国費留学プランがあったから! 自腹で日本留学なんて無理だから、無料で行くしかないと決めていた」

ところが思わぬ落とし穴。

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アニメ『美少女戦士セーラームーンCrystal』やゲーム『THE KING OF FIGHTERS XIV』など活躍の場を広げている。

 「成績はトップになった。でも、国費留学の選抜は成績だけじゃなく総合点だった。寮の自室をきれいに整理整頓しているか、クラスでリーダーシップを発揮したか......とか。勉強に必死で掃除なんて全然やっていなかったので、その話を聞いてがっくり。最初に言ってよ! 必死に掃除したのに! まあ、調べていない私が悪いんだけれど。

 国費留学生には選ばれなかったけれど、ほかに一部自費での留学プランもあった。それでも、当時の中国の物価からしたら結構な金額。とても許してもらえないだろうと思ったけど、泣きながら父に頼み込んだら認めてくれた。うちは別にお金持ちじゃないのに。娘の望むように人生を歩ませてやりたいという、中国の価値観からすると奇特な父親と見られるだろうけれど、本当に感謝している」

インタビューを始めてはや1時間、声優になるどころかまだ日本に着いてもいない。ドタバタが続くが、これもまた「中国人が日本の声優になる」という道なき道を進む険しさなのだろう。

 「日本ではカルチャーショックの連続だった。日本と言えば至る所にアニメイトがあって......とオタク的な発想しかなかったけど、現実は名古屋近郊の田舎にある大学だった。空港から学校に向かうバスに揺られながら、どこに向かってるんだろう、身売りされちゃうんじゃないかとドキドキしていた(笑)。

 その大学には2年生の後半から10カ月間在籍したが、結構つらい時期で。憧れの国・日本にたどり着いたはいいが、いろいろと現実を知ってしまった。(『鋼の錬金術師』の声優)朴璐美さんが日本語ネイティブだと知ったのもその1つ。声優の道の難しさもよく分かった。

 声優の専門学校はたくさんあるけれど、留学ビザが取れない学校ばかり。当時は声優を目指す外国人なんて前例がないですもんね。ああ、もうダメだと諦めかけたが、お世話になった愛知文教大学の川田健先生が調べてくれて、日本工学院の声優・演劇科ならば留学ビザが出ると分かった。本当に恩師だと思っている。

 短期留学を終えて北京に戻った後、出願を進めて、日本工学院が受け入れてくれることになった。ただし面接を受ける必要があると。これが大変だった。今なら個人観光ビザを取って日本に行くのは簡単。でも2008年当時、一般人はツアーでしか行けなくて。

 まさか東京ツアーに参加して抜け出すわけにもいかないし、どうしようと思っていたところにラッキーな話があった。日中国交正常化35周年を記念した日中青少年歌合戦!

 北京からは予選を勝ち抜いた3人が東京の本戦に出場できる。これは運命だ、絶対に勝てる!と思ったし、実際そうなった。東京で本戦に出場した後、日本工学院の先生に面接してもらった」

アクロバティックな解決策で難関をくぐり抜けるのは、まるでアニメのような展開だ。だが難関はまだ続く。

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うちわに描かれているのは劉が声を担当する『THE KING OF FIGHTERS XIV』のキャラクター、明天君。 ©SNK CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED. 

 「日本工学院で勉強させてもらって、さあ卒業という段階になって、またビザが問題になった。社会人として日本に残るには就労ビザが必要だが、そのためには毎月決まった金額のお給料がもらえる職業じゃないと駄目らしい、と。声優は仕事に応じてお金がもらえる歩合制が一般的で、それだと就労ビザはもらえない。

 せっかく専門学校まで出たのに、日本で働けないの?!と絶望した。

 そんなときに拾ってくれたのが今の事務所。在学中に中国で開催された声優とファンの交流イベントの司会や、『一休さん』の中国語プロモーションアニメの吹き替えといった仕事をしていたのを、池田克明さん(現・青二プロダクション執行役員)が見てくれていて、誘ってくれた。

 ビザを取るのは大変だったようだけど、おかげで日本に残って声優として仕事をできるようになった。声優専業でビザが下りた初めての外国人だと思う。

 振り返ると、絶対に日本に行く! 声優になる!と、いま思えば無謀な目標を立て、猪突猛進しては勘違いやリサーチ不足で壁にぶつかるということを繰り返してきた。なんとか声優になれたのは、川田先生や池田さんといった方たちの助けがあったから。縁に恵まれたんだと思う」

 今や世界第2の経済大国となった中国。北京や上海には高層ビルが建ち並び、ショッピングモールには世界の商品が並ぶ。大都市だけならば、日本以上に先進的な街並みと言えるかもしれない。

 生活も変わった。海外旅行はもうお金持ちだけの特権ではない。「桜を見るために、ちょっくら日本に行ってくる」という人も少なくない。こうした今の中国だけを見ていると、劉が直面してきた壁は理解できないだろう。中国の成長は猛スピードなだけに10年前は今とは別世界だったのだから。

 「中国は本当に変わった。北京に戻ると街並みが全然違っているので違和感があるし、キャッシュレスが浸透しているから戸惑ってしまう(笑)。

 声優を目指す道も変わった。いま中国アニメはすごい勢いで成長していて、レベルも上がっている。お金もあるので、アニメーターも声優の待遇も悪くない。私に憧れて声優を目指している若い子もいると聞くが、今なら中国のほうがチャンスは大きいと思う。

 私自身も、お金のことだけを考えたら中国に戻ったほうが稼げる。大学時代には同人ラジオドラマの制作などオタク活動もやっていたけれど、そのときの仲間たちは今では中国アニメ業界で結構偉い人になっている。戻って来なよとよく言われるし、実際にオファーもある。

 ただ、帰るべきかどうかをどうしても決断できなくて。なんで迷っているのか、自分でも分からなかったが、最近気が付いた。日本まで来て、困難な道を進んできたのは、自分の大好きな作品に出演したい、大好きな人たちと一緒に作品を作りたいという情熱があったから。

 日中両国を股にかけて仕事をしていることで初めて見える景色もあるし、その価値はお金には変えられない。日本と中国、2つの世界に同時にいられるのは本当に幸せなことなので、中国だけにするのはもったいない。悩んで迷走している時期もあったが、最近やっと自分の原点や情熱のありかを再確認できた」

 劉は今、アニメ『美少女戦士セーラームーンCrystal』や『pet』、ゲーム『THE KING OFFIGHTERS XIV』や『ドラゴンクエストVR』、さらにはNHK『テレビで中国語』のナレーションなど、活躍の場を広げている。

 2019年12月には、来日10周年を記念したメモリアルブックを制作した。本のタイトルは『衝動』。仲間から、このタイトル以外あり得ないと勧められたという。瞳に炎を宿した、猪突猛進女子の歩みはまだまだ止まらない。

取材・文/高口康太 写真/いしだまこと ヘア&メイクアップ/大森由貴
※本記事は「ニューズウィーク日本版」(2020年2月14日公開)の提供記事です。