日本最大のLGBTQ映画祭、30回目の開催へ

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キンバリー・ヒューズ

【寄稿】世界中から選りすぐりのLGBTQ映像作品を集めた映画祭「レインボー・リール東京」が、2022年7月8日から始まった。記念すべき30回目の開催となる今回も、多様で奥が深いLGBTQの世界を垣間見る機会を与えてくれそうだ。

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『秘密のふたり』(2022年、フランス)は、パリ郊外のコミュニティで敵対しながらも惹かれ合う2人を描く。Photo: courtesy of Rainbow Reel Tokyo

 たとえば『フィンランディア』(2021年、スペイン・メキシコ)は、メキシコのオアハカ州で、色鮮やかな民族衣装の製作にたずさわるムシェ(第3の性)の人たちの生き様を描く。一方、フランス映画『秘密のふたり』(2022年、フランス)は、パリ郊外の移民コミュニティで、対立する不良グループに属する2人が惹かれ合う青春映画だ。韓国から届いた『遠地』(2020年、韓国)は、田舎で幼い姪と静かに暮らす男性カップルの日常に訪れる波紋を描く。

 日本の作品も2本ある。そのうちの1本である『沖縄カミングアウト物語〜かつきママのハグ×2珍道中!〜』(2021年、日本)は、新宿2丁目の老舗ゲイバー「九州男」のママが、10年前にカミングアウトして以来帰っていなかった故郷・沖縄を訪れるドキュメンタリー作品だ。

 レインボー・リール東京は毎回、多くの企業や大使館のサポートを受けている。今年もソフトバンクなど国内外の企業が協賛しているほか、アルゼンチン大使館やスペイン大使館、カナダ大使館が後援に名を連ねている。コロナ禍で2020年は取りやめとなり、2021年は一部オンライン開催となったため、満を持しての完全開催だ。しかも今年は、東京(新宿と青山)と大阪(心斎橋)の2都市3会場での開催となり、優れた映像作品によって性的マイノリティに対する意識向上を図るだけでなく、LGBTQコミュニティが集える文化イベントとしても一段と期待が高まっている。

映画でLGBTQの視点を伝えてきた30年

 レインボー・リール東京は、もともと東京国際レズビアン&ゲイ映画祭(TILGFF)として1992年にスタートした。記念すべき第1回の会場となったのは、LGBTQに優しい街として知られる中野。第24回はこだわりのある若者に人気の吉祥寺バウスシアターが会場に。

 そして1996年以降は、日本のファッションや文化の中心地である青山のスパイラルホールがメイン会場となっている。会期中はビルの壁面に大きなレインボーフラッグが掲げられ、やってきたLGBTQを歓迎する。多くの人にはどうということもない眺めかもしれないが、一般社会でポジティブに語られることが少ない性的マイノリティにとっては、とてつもなく大きな励ましになる光景だ。

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レインボー・リール東京の期間中、青山の複合文化施設スパイラルには大きなレインボーフラッグがはためく。Photo: Kimberly Hughes, 2008

 レインボー・リール東京の期間中は、スパイラルホールのあるフロア全体がお祭りのような雰囲気になる。広々としたホワイエには、記念グッズやクィア小説を販売するブースが並び、バーカウンターでは上映時間の合間に来場者が飲み物やスナックをつまんでいる。アムネスティ・インターナショナルなどの人権団体が、LGBTQの権利擁護を訴える署名を集めているときもある。こうした雰囲気のなかで、LGBTQへの理解を深めるアライ(味方)が増えて、社会の寛容性が高まるのは歓迎すべきことだ。それと同時に、日常生活の場ではマイノリティであるLGBTQに、ひとつのコミュニティとして集える場を提供するという映画祭のルーツも大切にされている。

 上映作品のラインナップを見ると、ひとくくりにLGBTQと言っても、そこには大きな多様性があることに気づく。その一方で、カミングアウトの悩みや、家族や社会に受け入れられない苦しみ、そして恋人探しなど、LGBTQなら誰もが味わったことがある共通の思いがあることも見えてくる。

 世界各地の映画が集まっているという意味で、特に印象的だったのは2009年に上映されたユン・スー監督のドキュメンタリー作品『分断の街で』(2009年、アメリカ)だろう。エルサレムに実在するゲイバーを中心に、セクシュアリティや自己決定権、そしてユダヤ人とパレスチナ人の衝突が絶えない街ならではの緊張感を描ききった。

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『分断の街で』のユン・スー監督(右)とパートナーのキャスリーン・ギボンズ。Photo: courtesy of Yun Suh

 この映画祭の大きな楽しみのひとつは、監督や俳優を交えたトークセッションが開かれることだろう。筆者が通訳ボランティアとして参加した2008年にも、多くのゲストが招かれて、心温まるトークセッションが繰り広げられた。この年から、新宿でも一部作品が上映されるようになったことも、興味深い出来事だった。なにしろすぐ隣に日本屈指のLGBTQタウンがあるのだから。

 なかには複雑な社会問題を語り合っているうちに、重苦しい雰囲気になるトークセッションもある。そんなときは、司会の腕の見せ所だ。2008年は著名なドラァグクイーンのマーガレットが多くのセッションの司会を務め、ゲストの発言にユーモアあふれるツッコミを入れて、来場者の緊張をほぐす笑いを引き出した。アメリカの田舎町を舞台に、ゲイの男子高校生が奮闘する姿を描いたミュージカル映画『シェイクスピアと僕の夢』(2008年、アメリカ)のQ&Aセッションでも、マーガレットの仕切りで監督とプロデューサーから興味深いコメントが次々と引き出された。

 やはり2008年に上映された『愛のジハード』(2007年、アメリカ)は、世界のイスラム社会におけるLGBTQの苦悩を描いたドキュメンタリーだった(イスラム教徒が大多数を占める国では、同性愛は犯罪とされていることが多い)。上映後のQ&Aセッションに登壇したパーベズ・シャルマ監督はイスラム教徒で、プロデューサーのサンディ・デュボウスキはユダヤ教徒。そんな2人のコラボレーションを目の当たりにできたことは、LGBTQ問題だけでなく政治の領域でも、未来に希望を抱かせてくれる経験だった。

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『フリーヘルド』(2007年、アメリカ)上映後のトークセッションに参加する政治家の尾辻かな子(中央)Photo: Kimberly Hughes

 この年の上映作品では、末期がんと宣告された米国の女性警察官が、自分の死後に女性パートナーが遺族年金を受け取れるよう奮闘するドキュメンタリー映画『フリーヘルド』(2007年、アメリカ)も印象的だった。上映後のトークセッションには、日本で初めてレズビアンであることを公表した政治家の尾辻かな子が登壇し、日本でも性的マイノリティが、同様の権利を得られる仕組みが必要だと訴えた。

日本でも大きく進歩してきたLGBTQの権利

 東京国際レズビアン&ゲイ映画祭は、2016年に正式に「レインボー・リール東京~東京国際レズビアン&ゲイ映画祭~」に改称された。そして今、日本の社会も昔と比べれば、LGBTQに対して着実にオープンで寛容になってきたと思う。もちろん、性的マイノリティの差別を禁止する法律や、同性婚を認める法律の整備など、まだ課題は多い。だが、新聞やテレビなどの主要メディアでLGBTQの権利がオープンに取り上げられるようになったことや、全国の200を超える自治体で同性パートナーシップ証明書が交付されるようになったことなど、特筆に値する進歩もあった(東京都も111日からパートナーシップ宣誓制度の運用を開始予定だ)。それは性自認や性的指向にかかわらず、すべての人が完全に対等な権利を享受できる未来が近づいているという手応えを感じさせてくれる。

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『サブライム 初恋の歌』(2022年、アルゼンチン)は、アルゼンチンの海辺の町に住む少年が、自分のセクシュアリティに目覚める青春ドラマだ。Photo: courtesy of Rainbow Reel Tokyo

 そんななか、レインボー・リール東京のようなイベントは、性的マイノリティが直面する問題に対する社会の理解拡大を促すと同時に、LGBTQの当事者たちが仲間とコミュニティの文化を楽しむ機会にもなっている。

 NPO法人レインボー・リール東京の宮澤英樹代表理事は語る。LGBTQをテーマにした映像作品をまとめて観られる機会が少なかった1992年に映画祭スタートしました。当時から、そして今も変わらず、ボランティアスタッフによって運営が続けられます。これからも(多くの方が)集まって楽しく映画を観られる場を提供していきます

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『ロザリンドとオーランドー』(2021年、台湾)は、シェイクスピアの『お気に召すまま』を現代の台北を舞台に描いたポップな意欲作。Photo: courtesy of Rainbow Reel Tokyo
第30回レインボー・リール東京 ~東京国際レズビアン&ゲイ映画祭~は、シネマート新宿(2022年7月8〜14日)、シネマート心斎橋(7月15〜21日)、表参道のスパイラルホール(7月16〜18日)の3会場で開催。
*公式サイト
https://rainbowreeltokyo.com/2022web/

キンバリー・ヒューズ

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フリーランスのライター、翻訳者、編集者、大学講師、コミュニティ・オーガナイザー。米国の南西部出身で2001年から東京在住。レインボー・リール東京(2008年当時は「東京国際レズビアン&ゲイ映画祭」)で通訳を務めたほか、LGBTQアクティビストとして「ダイク・ウィークエンド(DWE)」や「Rainbow Love Café」の企画を行う。また、中山可穂著『燦雨』など日本のレズビアン&バイセクシュアル作家の小説の翻訳も手掛けている。
kimberlyhughes.online
翻訳/藤原朝子