日本人は「小ぶりなライフスタイル」を誇りに思っていい

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アズビー・ブラウン(建築家、作家)

 東京を特別にしているのは、江戸時代から受け継がれてきた空間の使い方。町そのものが多くの役目を果たすため、コンパクトな暮らしでも生活の質は下がらない。

限られた面積を最大限活用するノウハウが詰まった日本の小さな家は、外国でも注目されている。Photo: HAJIME KIMURA FOR NEWSWEEK JAPAN

東京は近年、世界で最も住みやすい都市ランキング上位の常連だ。それも驚きではない。

清潔で確実で効率的な公共交通機関や低い犯罪率を理由に挙げる声は多いが、生活の質を決める要素はほかにも数多い。東京を特別にしているのは、空間の使い方だ。

東京の素敵な意外性の1つが、街路や建物が巨大都市のスケールを見せるにもかかわらず、飲食店でも住宅でも、室内にはこぢんまりとした親密感があること。おかげで人々が実際に集って時間を過ごす場所では、人間味のある交流ができる。

世界の主要都市のうち、最もリーズナブルな物件が東京で見つかるという発見には驚く。欧米の大半の大都市では、所得が平均レベルなら、中心部に住むのは経済的に無理だ。だが東京では、それも難しくない。

限られた都市空間を最大限に活用し、生活をより手頃なものにするために、この町では設計士や住民が独特のノウハウを駆使する。江戸時代に根差し、長屋で生活していた先祖から受け継いだこの知恵の要は、コンパクトさと融通性だ。

昔ながらの「間(けん)」を単位とする建築寸法が普及しているから、空間を無駄遣いしない調度や電化製品が簡単に見つかる。

折り畳み式や多用途のテーブル、寝床、戸棚や椅子がどこの家にもある。ホームセンターに行けば、多彩な収納アイデアに圧倒される。日本人の妻が私に教え込もうとしているように、なるべく場所を取らないように服を畳むのも、こうした知恵の1つだ。

町そのものが数多くの役目を果たしてくれるため、コンパクトな暮らしでも生活の質は下がらない。冷蔵庫やキッチン収納が欧米より小型でも問題ないのは、江戸時代と同じく、安価で高品質の料理が近所で手に入り、出前もしてもらえるからだ。

東京では、家の外が暮らしの舞台になる。おかげで空間をめぐるストレスが減り、自宅を私的な場としてフル活用できる。多くの国と異なり、パーティーやお祝いは家ではなく、飲食店で行うのが普通だ。

もちろん、自宅でもてなせたらいいのにと願う人は多いが、家に十分なスペースがなくても人付き合いは制限されない。

路地を「庭」に変える匠の技

同様の都市と比べると公園や緑地はそれほど多くないが、裏通りは植物や花々でいっぱいだ。家周りのわずかな隙間に、美しいミニガーデンを出現させる工夫には目を見張る。

ここにも、狭い庭に天然光やすだれの効果を組み合わせて、空間をより広く見せた江戸由来の知恵が生きている。鉢植えをたくさん置いて近所を「緑化」する手法もしかりだ。

立地の良さを追求し続ける東京の住民は、世界のほかの場所ではあり得ないと却下されるはずの空間もすみかにする。

私が訪れた何軒かの美しく快適な家は、わずか数区画分の駐車スペース跡に建てられていた。しばらく前に話題になった狭小住宅「9坪ハウス」は、優れた建築家らが生み出した驚くべき成果だ。

日本の建築家は誰もが当初から、限られたスペースという難題と格闘している。驚異的な設計ノウハウはそのたまものだ。

浴室やキッチンの必要最小限のサイズは? 階段や床下を収納場所にする方法は? 空間的制約を巧みに処理する技を世界が目にするなか、日本では当たり前のコンパクトな住まいが、外国の人口過密都市に登場し始めている。

日本の人々、なかでも東京人は「小ぶりなライフスタイル」の知恵を誇りに思っていい。

アズビー・ブラウン

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建築家、作家。1985年から日本在住。著書に『江戸に学ぶエコ生活術』(CCCメディアハウス)、『The Very Small Home: Japanese Ideas for Living Well in Limited Space』(Kodansha International)、『The Genius of Japanese Carpentry』(Tuttle)など。
※本記事は「ニューズウィーク日本版」(2021年8月10日/17日号)の提供記事です。