介護×ワークシェアリングを成功させたアプリ「カイスケ」
有資格者の多様な働き方をサポートする
超高齢社会においてはさまざまな課題があるが、なかでも介護業界の人材不足は深刻だ。第8期東京都高齢者保健福祉計画の推計によると、都内における介護職員数は、2025年度に約3万1千人不足する見込みだという。
限られた働き手を囲い込むように雇用するのではなく、ICTによって個人の働き方の幅を広げ、より多くの現場に人の手が届く社会を実現できないだろうか? 人材の「取り合い」ではなく「助け合い」のネットワークで人材不足をカバーするアイデアをかたちにしたのが、介護ワークシェアリングサービス「カイスケ」である。
カイスケの仕組みはシンプルだ。働き手はアプリを通じて介護資格の登録認証を行い、働きたい日や時間帯などの条件に合う仕事を選べる。数時間だけ1回働くといった応募が可能で、面接や履歴書は必要ない。雇用のマッチングから勤怠状況までアプリで一元管理され、給与は運用元を通じて最短で当日に振り込まれる。空き時間にスキルを活かして収入アップにつなげたり、資格は持っているけれども子育てなどで仕事を中断している人が、復職のきっかけに利用したりするそうだ。介護業界で転職先を探す際、試しに一日働いてみて相性を確かめるといった使い方も考えられる。
人手不足で余剰スタッフを抱えられない介護事業所にとっては、急な欠勤や不測の事態で明日ヘルプが必要といった場合に備えて、有資格者限定の求人ネットワークを確保できるのは心強い。さらに単発の仕事で来てくれた介護ワーカーを正社員で雇用した例もある。面接のみで判断するより、一日現場で働いてもらう方が人柄もスキルも把握しやすく、優秀な人材に巡り合う機会も増えるだろう。
介護ワーカーの方々に貢献できるビジネスを
カイスケを立ち上げ、運営するカイテク株式会社(東京都)の代表・武藤高史氏は、家族が寝たきりになったことがきっかけで、介護業界の課題と向き合ったと語る。
「介護士さんと接点をもつようになり、自分もボランティアで現場に入ったりもしました。そこから徐々に介護関係のコミュニティが広がり、世の中を支える介護ワーカーの人たちに貢献できるビジネスを立ち上げたいと思うようになったんです。やはり、取り組むべき一番の課題は人材不足。海外に目を向けると、オランダではICTをうまく使った訪問看護システムが好調ですし、アメリカにもワークシェアリングのモデルが多くあります。介護や医療にワークシェアリングの考え方をフィットさせる仕組みを考えました」
東京はスタートアップ企業が多く参入してくる都市だが、武藤氏によれば、介護業界に定着し、成長を持続している企業の数は限られているという。スタートアップやベンチャーの若い人たちの多くは、実生活で介護に触れる経験が少ない世代なので、プレーヤーは少ない。だからこそ、ビジネスチャンスがあるというのが武藤氏の考えだ。
「我々も立ち上げは順調ではなく、介護ワーカーが単発の勤務で入ることに不安を覚える事業者も多く、現場での反発もありました。しかし、そうした声を聞いて地道に改善を重ね、ようやく成り立つようになりました。介護の領域は、やはり人が重要。良いシステムを作るだけではだめで、ワーカーと高齢者の人間関係や、事業所側が一日だけなど短期間働くスポットワーカーをどう受け入れるか。我々がその社会的意義を伝え、ヒューマンとデジタルの掛け算をきちんと作らないといけない。まだまだ、日々改善しています」
質の高い日本の介護を世界の成長産業に
他分野に比べてテクノロジーの導入が遅れているとされる介護業界で、2020年1月にテスト運用を開始した「カイスケ」アプリ。しだいに軌道に乗り、現在は1千7百件以上の事業者と、約1万7千人の有資格ワーカーが登録する。経済産業省主催の「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト2020」では、アイデアコンテスト部門のグランプリを受賞。2022年4月には3.7億円の資金調達を実施するなど、ベンチャーとしても急成長を遂げている。今後はさらに、契約する事業所を増やし続け、十分な数のエッセンシャルワーカーを流動的に確保することで、複数の介護現場を包括して支え合う社会モデルをつくりたいと武藤氏は言う。
「素敵な介護ワーカーの方がたくさんいらっしゃると日々感じています。カイスケはそうした方々の活躍の場を広げるアプリ。介護ワーカーのQOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)を上げて豊かになるサービスを今後も展開していきたい。また、今後は自治体とも連携していく必要性も感じています。自治体は介護事業所と関係が深く、介護人材不足は共通の課題でもあります。まずは日本国内で介護ワークシェアリングを機能させ、いずれは海外の都市にもアプリをローカライズできたらいい。質の高い日本式の介護を世界に発信していくことも可能かもしれません」
写真/舛田豊明