Chef's Thoughts on Tokyo:
国際色豊かな街、神楽坂のエジプト料理店

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 コシャリにフムス、バクラヴァ......。本格的なアラビア料理を食べられるカフェが東京の神楽坂にある。一児の父として、店を切り盛りしながら東京での子育てに奮闘するエジプト人オーナーシェフに話を聞いた。
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オーナーシェフのイブラヒム・ジャーベル氏。東京のアラブ・コミュニティの間でも、彼の料理は人気がある。

ヴィーガンに支持される、ヘルシーなメニューの数々

 江戸時代から明治・大正期にかけて花街として栄えた面影を今に残しながらも、国際色豊かでグルメなエリアとして知られる、東京・神楽坂。駅前を通るメインストリートの一角に2021年にオープンして以来人気を博しているのが、アラビックレストラン&カフェ「アブ・イサーム」だ。

 看板メニューであるエジプトのソウルフード「コシャリ」は、ご飯とパスタとレンズ豆を混ぜて、トマトソースで和えた料理。トッピングのフライドオニオンがカリカリと香ばしく、ラムやケバブを載せれば、定食のように一皿で満腹になる。

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エジプトの国民食「コシャリ」。まろやかな特製トマトソースは万人に愛される味。

 中東で広く食されている「ファラフェル」も自慢だ。ひよこ豆や空豆をつぶした、丸いコロッケのような素朴なおそうざい。「アブ・イサーム」のファラフェルは、野菜たっぷりで油少なめ、化学調味料を使わないヘルシーさが売りだという。

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フムスとピタパン、野菜を盛り合わせた「ファラフェル・プレート」。ヴィーガンにも好評。

 テイクアウトに人気なのはサンドウィッチ類。なかでも「さばバゲット」は、大ぶりのさばと新鮮野菜をぎっしり挟んだボリューミーな一品。ひよこ豆のペースト「フムス」や、ナッツが入ったアラブのパイ菓子「バクラヴァ」も常連に親しまれている。すべてハラール認定された食材を使い、在日ムスリムからの信頼も厚い。

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弾力のある自家製のバゲットに挟んだ「さばバゲット」。ピタパンやトルティーヤも選べる。

自転車で配達しながら、国際色豊かな神楽坂に出会う

 オーナーシェフのイブラヒム・ジャーベル氏はエジプト・ルクソール出身。地元で農業を学んだあと、紅海に面したリゾート地であるシャルム・エル・シェイクのホテルに勤務し、23歳でクウェートのホテルに移った。そこでアラブ諸国のさまざまな料理やお菓子を習得し、現地で知り合った日本人と結婚。2014年、妻の帰国に合わせて一緒に来日したという。

 「東京にはインターナショナルなレストランがたくさんあり、英語を話せるスタッフも多いんです。『NOBU TOKYO』もそのひとつで、最初に私はそこでパティシエとして働きました」

 その後、妻の仕事の関係でパキスタンのイスラマバードに赴任。息子が2歳半になるタイミングから、東京で父子ふたりの生活をスタートさせた。

 「しばらくの間、ウーバーイーツをやりました。自分のお店をもちたいという夢があったので、配達の仕事は好都合だったんです。なぜなら、毎日自転車に乗っていろんな場所を走りながら、お店をどこにオープンしようか探すことができたから(笑)。東京中を走り回って、決めたのは神楽坂でした。理由は、このあたりにはアラビア料理のレストランがなかったことと、お客さんが多いこと。海外からの旅行者も、日本の人もね。オープンしてからは毎日忙しくて、客層にも恵まれています。飲食店をやるには理想的なロケーションですよ」

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ケバブとスパイスの良い香りに誘われ、ふらりと入ってみたくなる店。ナチュラルなスムージーや伝統的なアラビックコーヒーも美味。

 この日も、チャイルドシートのついた電動アシスト自転車で出勤してきたイブラヒム氏。輸入食材を扱う店などが点在する新大久保までは、自転車で約15分。仕入れがてら、立ち寄ってから出勤することも多いという。

 「東京は自転車で移動するのに快適な街。道路がきれいに整備されて走りやすいし、交通ルールもきちんと守られていて安全です。新大久保は野菜が安く、スパイスのお店がある。アラビア料理で使う特徴的なスパイスやハラール食材も、問題なく手に入ります」

保育園や公園に恵まれて、東京の暮らしやすさを実感

 店名の「アブ・イサーム」とは、「イサームのお父さん」の意味。息子のイサーム君とは現在二人暮らし。妻が海外勤務のため、イブラヒム氏がひとりで育児に取り組んでいる。

 「外国人が東京で子育てするのは、以前はお金もかかって大変でした。現在は制度がいろいろ整ってきて、自治体や保育園がサポートしてくれます。私は店にいる時間が長いのですが、息子も20時まで保育園に預かってもらえるので本当に助かります。また、東京は街の中にきれいな公園が多く、子どもが安全に遊べるのもいいですね」

 東京で自分の店をもつ夢を叶えたイブラヒム氏。毎日でも食べたくなると評判のファラフェルを求めて、遠くから通ってくるお客さんもいるという。

 「アラブ人だけでなく、イタリア人、フランス人、ドイツ人など、いろんな国籍の人が食べに来てくれます。常連さんは、近所に住むファミリーが多い。その方たちがまた誰かを連れてきてくれたり、口コミでおすすめしてくれるので、毎日忙しくお店に立つことができています。食に関心の高いお客さんが多く、都心で飲食店を営む毎日が、とても楽しいです」

アブ・イサーム https://abuessam.jp/
取材・文/岩崎香央理
写真/榊 水麗