メキシコ大使が語る、女性のエンパワーメントの鍵
「女性首長によるびじょんネットワーク」は、女性首長や女性経営者、そして駐日女性大使などを交えて、女性の活躍を推進する取り組みを共有するイベントだ。2019年にスタートして以来、毎年開催されている。
国内外の女性リーダーが東京に結集
基調講演でメルバ・プリーア駐日メキシコ大使は、自身のキャリアにおいて、歴史的に社会で不当な扱いを受けてきた女性たちと政策立案の中枢を結びつけることにもっとも注力してきたと語った。駐日メキシコ大使として赴任してきた日本でも、積極的に女性のエンパワーメントに関わる活動を実践している。
そんなプリーア大使が講演で強調したのは、政治的な代表を増やすことが何よりも女性のエンパワーメントの第一歩であるということだ。まず、交渉のテーブルに女性の席があること、そして政策づくりの過程で女性に明確な発言権があることが不可欠だという。
「女性の参画を阻む壁は、社会のあらゆる場面に存在します。それが法律に組み込まれている場合もあれば、慣習や考え方にしみついている場合もあります」
メキシコではすでに、連邦議会議員の女性比率を50%とする目標が達成されている。男女の比率を予めわりふるクオータ制が導入され、少しずつ実現されてきた。このことは女性議員たちがお互いの違いを乗り越えて、共通の目標のために協力した時に初めて可能になったと、大使は強調した。
一方、ジェンダー平等の領域では、日本が乗り越えなければならない課題は非常に多い。世界経済フォーラムが毎年発表する「ジェンダーギャップ・レポート」は、経済、教育、健康、政治の4分野のデータをもとに各国のジェンダー平等を評価するものだが、その2022年版で日本の総合順位は146カ国中116位だった。経済(賃金格差や管理職にある女性の割合など)分野に限ると121位、政治分野では139位とさらに低かった。国会議員に占める女性の割合が9.7%、閣僚では10.0%なのだから無理もないのかもしれない。
それでも今後を楽観するべき理由はあると、プリーア大使は語った。その例として挙げるのが、女性が知事、市長や村長を務める34自治体のご当地品を扱う「びじょネットオンラインマルシェ」(2023年2月まで開催)だ。「びじょんネットワーク」の一環として行われているこのプロジェクトに参加している山形県の吉村美栄子知事と東京都の小池百合子知事は、全国ではたった二人の女性の都道府県知事である。「現時点では女性首長の数はまだまだ少ないかもしれないが、このオンラインマルシェを見れば、自治体の代表を務める彼女たちがそれぞれの地方で活気ある市場のリーダー的存在であることがわかります」と、プリーア大使は語った。
イベントの後日に行われたインタビューで、プリーア大使は語った。「小池知事は、このマルシェをはじめ『びじょんネットワーク』そのものの原動力です。女性が何らかの大義のために全力を尽くすと、いかに素晴らしいことを起こせるかを示す最高のお手本でしょう。小池知事は有言実行の人。本当に素晴らしいことだと思います」
「小池知事から直接電話で頼み事をされたら、私の答えはいつもイエスに決まっています」と微笑んだ。
重要なのはジェンダー平等を実践すること
気取らず温かみ溢れるプリーア大使だが、2019年に東京に赴任してきた当初は、日本文化について学ぶべきことがたくさんあったという。前任地のインドではオートリキシャ(三輪自動車)を公用車に採用した大使として話題になり、東京でもそうしたかったが、当局の許可が得られなかったこともあった。また、初めて永田町のメキシコ大使館に出勤した日に、女性の職員がひざまずいてコーヒーを出した出来事に驚愕したという。
「あまりにもショックで、飛び上がってしまいました」と振り返る。「メキシコ大使館では、誰ひとりひざまずいたりしないこと、そんなことはしなくていいと説明しました」
プリーア大使は、いつも自分の信念を実行に移してきた。外交官のキャリアパスとしてはあまりないことだが、長期休暇をとってメキシコ先住民のコミュニティで働いたこともある。また、駐日メキシコ大使館には、戦争の撲滅を訴えるポスターなど、さまざまな社会課題に関する彼女の立場を示すポスターが掲示されている。戦争がいつも女性に深刻なインパクトを与えることを、「びじょんネットワーク」でも触れていた。
大使館の職員にも、自分の価値観を実践させている。真のジェンダー平等を実現するためには、家事の分担が不可欠であるとの考えから、男女とも、職員が家庭の事情で早退しなければならない場合があることに理解を示す。「他の人の生き方を決めることはできませんが、大使館内では、ジェンダー平等を反映した考え方や環境を整えることで、基本的な姿勢を確立することはできます」
プリーア大使によると、メキシコでは議会だけでなく、社会インフラでもジェンダー平等に向けた取り組みがなされているという。たとえば、共働き家庭が託児所を利用しやすくしたり、性的マイノリティの権利向上が図られたりしている。プリーア大使は、日本でもLGBTQのコミュニティを支援しており、国際的な団体「フルーツ・イン・スーツ」日本支部の夕食会を大使館で開催するなどしている。
課題を未来への希望に変える
プリーア大使は、日本とメキシコには多くの共通点があるという。豊かな食文化や家族を重視する文化や、女性を始祖とする歴史的系譜(日本は天照大神、メキシコは大地の女神コアトリクエ)などだ。また、どちらの国にも家父長的な文化があるものの、将来はもっと平等な社会になるだろうという希望をもっている。
「日本でも、手を高く上げて横断歩道を渡る女の子たちの姿や、育児休暇を取得する父親が増えているのを見ると、未来に希望を感じます」
東京都議会で女性議員が増えていることもポジティブな動きだ。東京都では、2022年度末までに都の審議会などで女性委員の任用率を40%以上にするというクオータ制が導入されたが、「びじょんネットワーク」の冒頭挨拶に登壇した小池知事は、すでにこの目標は達成されていると報告した。
さらにプリーア大使は、日本で伝統的に女性にわりふられてきた役割から、政治に活かせることがあるのではないかと語る。
「日本の家庭では、女性が財布の紐を握っていることが多いですよね。それなら女性を財務大臣に抜擢してはどうでしょう。また、子どもの教育を見ているのは母親が多いようですから、女性を文部科学大臣もいいと思います。女性には家庭を切り盛りするスキルがあるのですから、女性の総務大臣もいいのではないでしょうか」
「未来の国民を育てているのは女性たちでもあります。ですから、(閣僚の任命も)平等主義的に行われてほしいなと思います」
世界中の国で、コロナ禍は男性よりも女性のキャリアに大きなダメージを与え、かねてから存在するジェンダー問題を悪化させてきた。プリーア大使はそれを認めた上で、将来直面する予期せぬ課題に対処する練習になった側面もあるのではないかと語る。
「コロナ禍は予期せぬ出来事でしたし、今後も予想もしなかったことが起きるでしょう。つまり、問題が発生した時点で対処するしかないのです。このように不確かな世界で、唯一確かなのは、変化が起こるということだけです」
「びじょんネットワーク」でのプリーア大使の基調講演には、はっとするような指摘がたくさんちりばめられていた。なかでも、シンプルだが深いひと言はこれだろう。「チャンスさえ与えられれば、女性は輝くことができる」
メルバ・プリーア
https://bijonet.tokyo/
写真(人物)/榊水麗
翻訳/藤原朝子