Correspondents' Eye on Tokyo :
在京のオーストラリア人作家が語る出版への情熱と創作の場としての東京
東京アートブックフェアへの出展をきっかけに初の自身の書籍を出版
当初は職業体験のつもりで来日したビジス氏だったが、わずか数ヶ月後には東京の出版界へと姿を現すことになった。一刻も早く東京でのクリエイティブの現場に触れたいと考えた彼女は、成田空港に到着するや否や、東京アートブックフェアのブース出展を申し込んだのだ。そのブースでは、シドニーと東京の両方の紙を活用して、DIYで制作したスクラップブック形式のZINE(個人制作の雑誌)を展示した。
東京は、世界的にも文房具や書籍、出版などクリエイティブの現場が非常に充実していることで知られている。東京アートブックフェアは、この街の出版界で何が起こっているかを把握し、同じ志を持つクリエイターとつながることができる、またとない機会であるとビジス氏は考えたのだという。
実際にこのイベントで、彼女は東京の出版社であるBNN社と出会い、その2年後には、最初の本をこの出版社から発売することになった。
それ以降も、ZINEの自費出版や、出版社からの本の刊行などに取り組むことになるが、『Vogue』誌でアート部門と編集部門の両方に携わった経験を持つビジス氏にとって、自身の本の出版もそれほど特別なことではなかったという。
「インターネットは確かにアイデアの共有には素晴らしい手段です。しかし、出版には私にとっていつも心に残る特別な思いがあるのです」
「東京の青山ブックセンターは、何度行ってもワクワクさせられる大好きな書店です。一歩、店内に踏み入れると、美しくデザインされた日本の書籍を彩るオフセットインクの素晴らしい香りに迎えられます。そして次の瞬間には、日本の書籍の素晴らしいデザインと、それぞれの本にあわせて徹底的に考えられた帯付きのコンパクトサイズの本が整然と陳列されている姿に目を奪われるのです」とビジス氏は語る。
地元の街の散歩で得たインスピレーションからZINEを発行
ビジス氏は、自身が暮らす世田谷区からインスピレーションを得て、『Tokyo Iso Walk』というZINEを自費出版した。その中では、幡ヶ谷、下北沢、笹塚で日々散歩した際の様子が記されている。散歩で出合った一見どこにでもありそうな路地裏や昭和からある商店を紹介することで、東京の日常の美しさを表現している。
「コロナ禍の中で、東京の魅力を世界に発信することを目的にこれを制作しました。2022年の東京アートブックフェアで販売した際には、日本人読者からの反響が想像以上に大きく、嬉しい驚きでした」と彼女は話す。東京に住む外国生まれのクリエイターのユニークな視点が日本人の読者には目新しく感じられたのだろう。
また、ビジス氏は自費出版のZINE『Hello Sandwich Tokyo Guide』を通じても、自身の視点からさまざまな東京の側面を長年にわたり紹介している。現在、3版目となるこのZINEは何千部もの売り上げを記録しており、東京の持つ奇抜な面を外国人観光客だけなく、日本人にも気づかせている。日本人からの関心の高さは彼女自身にとっても意外だったそうだ。その反響は雑誌『POPEYE』や『GINZA』にも取り上げられるほどで、代官山の蔦屋書店や表参道のユトレヒト書店などでも販売されている。
お気に入りの東京の書店で出合う斬新な着眼点
東京でお気に入りの書店はあるかと聞かれたビジス氏は、「ユトレヒトです!」と即答。ユトレヒトは、非常に芸術的な日本のクリエイターの新しい作品を発見できる絶好の場所なのだという。
「ユトレヒトは、非常に芸術性の高い日本のクリエイターの新作を発掘するのには最高の場所です。最近も、ここを訪れた際、東京で活動する芸術家のワム氏(Wham)のZINE『Ikebana Scrap』を見つけました。このZINEでは、道路わきの公衆トイレに置いてある、ペットボトルの容器などに生けられた花が紹介されていました。こういった東京ならではの斬新さやユニークさを捉えた着眼点は実に素晴らしいものでしたね」
もしZINEの購入や制作へのインスピレーションを求めているなら、ビジス氏自身もかつて写真展を開いたことがあるという駒沢のマウントジン、シブヤ・パブリッシング・ブックセラーズ、そして幡ヶ谷のギャラリー・コミューンへ足を運ぶのがおすすめだという。これらの各店舗にはこだわりの厳選されたZINEが揃っており、あらゆる趣味や嗜好に対応しているのだそうだ。
ニューサウスウェールズ大学(オーストラリア)で美術学の修士号を取得したビジス氏は、学生時代から今に至るまで出版に高い関心を寄せてきた。そんな彼女だが、現在は都内にある「Hand Saw Press」というスタジオで行うリソグラフ印刷に夢中なのだという。「この印刷方法は低価格で大量印刷も可能なので、東京でZINEを制作・印刷したい方にはぜひおすすめですね。低コストで大量に印刷できるのが好評なのですが、この印刷方法はパズルのようなもので、インクの層や、限られた色を使うので、不完全な仕上がりとなることもあります。ただ、こういった制約はデザイン上の選択肢ともなり、むしろ創造的なプロセスや成果を生み出すことにもなり得るのです」
「実は、『Vogue Australia』は日本で印刷されていたこともあるんですよ!現在も東京は世界の出版界をけん引する都市の一つであり続けています」日本各地のクリエイターが東京に集っていることからも、東京での創作活動には特別な魅力があるとビジス氏は語る。ZINE制作のための材料を購入できる店舗が身近にあることはもちろんのこと、ギャラリー、美術館、書店など、インスピレーションが得られる場所も豊富にあるため、東京はアートやZINEなどの創作活動に適した世界有数の街なのだという。
ビジス氏は在住の世田谷区からだけではなく、東京都全体から多くの刺激を受け、『Hello Sandwich Tokyo Guide』を制作しているそうだ。地元の人に愛されている昭和風情のある喫茶店、賑やかな渋谷にひっそりと佇むルーフトップバー、100年にわたり続く近所の豆腐屋さんなど、これまで旅行者にはなかなか垣間見ることができなかった東京の宝をこのZINEを通じて紹介している。
「東京は本当に面白い街で、見どころがたくさんありますよ。この街で体験したことを世界に発信することが大好きなのです!」
エボニー・ビジス
写真提供/エボニー・ビジス
翻訳/笹原唯