東京での森林浴体験の魅力に迫る

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 「森林浴」という言葉は1980年代に農林水産省がつくったもので、英語では「forest bathing」や「forest therapy」と訳される。森林浴は今や世界中で大ブームとなっているが、東京が森林浴をするのに適した都市である理由とは?
東京は森林浴に適した多種多様な森林と緑地に恵まれている。

「森林浴」とは

 「森林浴」とは森林の中で香りや常緑樹の風景を楽しみながら、広大な自然のエネルギーを全身で感じるものである。瞑想の一種でもあり、日本各地の科学的研究により、驚くべき癒しの効果が実証されている。ストレスホルモンであるコルチゾールの濃度や血圧を低下させ、副交感神経を活性化させるなど、自然の中で過ごすことで心身の健康増進が期待できる。

 人口の約8割が都市部に住んでいるといわれている日本だが、多くの人々が新型コロナウイルスの影響により室内で過ごす時間が増えたことだろう。そんな今こそ東京近郊の広大な緑地へ足を運び、自然が心身にもたらす効果を実感したい。都内の山や森、史跡、公園など世界でもユニークな森林浴が体験できる場所を紹介しよう。

 日本列島は独特な地形であり、おおよそ4分の3は山地である。東京も例外ではなく、都心から車で1時間も走れば筑波山、御岳山、高尾山という3つの有名な山へ行くことができる。

 高尾山は、あらゆるレベルの登山家にとって定番の場所だ。比較的ゆったりとしたハイキングコースで、都心からのアクセスも良く、都会を離れて日帰りで出かけるには最適だ。周辺の森林は人工林が多いが、高尾山の森はほぼ自然のままだ。標高599メートルで、ブナ科の木や亜熱帯森林に見られる植物などが驚くほど豊かに茂っている。この素晴らしい環境の中で、鳥や昆虫、動物が四季を通じて生息している。樹木や植物が作り出す化学物質「フィトンチッド」は免疫力を高めると言われており、緑に包まれるには東京近郊の山間部はうってつけだ。

都民の森

 都市が無秩序に拡大する「スプロール化」のイメージがある東京だが、実は都の面積の約4割は森林だ。東京都は30年ほど前、都民に身近な自然を感じてもらおうと、檜原(ひのはら)村と奥多摩町にある2つの森林を「都民の森」に指定した。

 奥多摩は自然を愛する人々に人気の観光地であり、その理由は明白だ。いくつものハイキングコースに、広大な山々、人造湖もあり、自分好みのアドベンチャーが選択できる。新宿から電車で2時間かかるが、日帰りや12日のいい小旅行になる。

 英国の森林浴研究所のゲイリー・エバンス氏によると、森林浴によるマインドフルネスを体験するには、木の根元に触れ、横になるのがいちばんだ。奥多摩には、樹齢約800年という国内有数の巨樹「金袋山のミズナラ」をはじめ、ナラやモミなどの古木が立ち並ぶ。

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奥多摩の「しだくら吊橋」を歩く森林浴を楽しむ登山者。Photo: iStock

史跡と名勝

 何世紀にもわたる豊かな歴史を持つ東京には、江戸にゆかりのある緑地が数多くあり、この都市での森林浴は、リラックスだけでなく学びの体験にもなる。旧白金御料地(現・国立科学博物館附属自然教育園、国の天然記念物にも指定)、小石川植物園、浜離宮恩賜庭園はいずれも国の特別史跡に指定されており、後者の2園は特別名勝にも指定されている。

 自然教育園は、中世には豪族の館、明治時代は軍用火薬庫、大正時代は皇室の御料地で、歴史的に一般の人が足を踏み入れることができなかったため、手付かずの自然が残されている。都内の多くの公園や庭園とは異なり、自然な状態で緑を残すことに重点が置かれており、タヌキやオシドリなどの動物も生息する。

 小石川植物園は、東京大学が所有しており、植物科学研究とその豊かな歴史の両面が特徴だ。ここには約4,000種の植物と、徳川幕府や500年以上前の遺構を擁することから、森林浴だけでなく、歴史好きにとっても魅力的な場所である。また、春には何種類もの桜が開花し、混雑も少ないため、穴場の花見スポットにもなっている。

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隅田川河口付近の浜離宮恩賜庭園。Photo: iStock

 浜離宮恩賜庭園は、水辺に座りながら森林浴をしたい人にぴったりの場所だ。東京湾沿いに位置する浜離宮には、海水池があり、茶室では緑に囲まれながらゆったりとした時間が過ごせる。また、一般公開されるまでは皇居の離宮であったため、設計や建築、植物の種類の日本らしさが際立っている。銀杏、梅、桜など、東京の四季の移り変わりと日本文化を堪能することができる。

公園

 かつては林野や畑が広がっていた東京には、現在でも広大な緑地が点在している。地図を見るとほとんどの地域に公園があり、地元の人々に親しまれている。研究によれば、わずか20分の森林浴でもうつ病や不安症、ストレスの軽減に効果があるという。多様な公園がある東京では、遠出をしなくても自然の中でリラックスできる場所を見つけることができる。

 井の頭公園、上野公園、代々木公園は、犬の散歩をする人やTikTokのダンサーなど様々な人が訪れる。また、新宿御苑には、フランスの整形式庭園、英国の風景式庭園、日本庭園があり、洗練された森林浴を楽しめる。

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等々力渓谷の名所「ゴルフ橋」。Photo: iStock

 都内最大の駅である新宿からほど近い新宿御苑には、複数の異なるエリアから成り、ここを訪れるだけでいくつもの体験ができる。広大な芝生、ジブリ映画に出てきそうな巨大な古木、日本庭園、ロマンチックなバラ園、絶滅の危機に瀕している植物が多く栽培されている温室など、自然を愛する人なら誰でも満喫できる。都会の真ん中という好立地のため、昼休みにちょっと立ち寄ったり、ピクニックや散歩をしたりと、一人でも仲間と一緒でも楽しめる。

 手つかずの自然が残る等々力渓谷公園は、渋谷駅から電車で22分と、ちょっとした森林浴に最適なロケーションでありながら、広く知られていない。ゆったりと流れる川にかかる木々、竹林、小さな寺や橋など、時間を忘れさせる小さなオアシスだ。近くには趣のあるカフェや弁当屋もあり、森を五感で感じながら心も体も満たすことができる。

 自然の中で過ごすことの良さは古くから知られているが、森林浴という言葉は比較的新しい。しかし、その効果はかつてなく重要だ。デジタル時代においては、携帯電話から離れ、その瞬間を大切にし、自然環境とつながる機会は極めて稀だが、普遍的に欠かせないものだ。東京は川や湖、渓谷、山が近いことに加え、豊かで古い歴史と四季があり、都民や観光客が森林浴の効果を得ることのできるユニークな都市だ。

文/ アリーナ・クランプ、パトリック・バルフ
写真/ デイビッド・カプアーノ
翻訳/ 前田雅子

*本記事は、「Metropolis(メトロポリス)」(2021年10月21日公開)の提供記事です。