狂言師・野村萬斎が語る、東京が世界のエンタメの中心となる可能性
日本の伝統芸能「能・狂言」とは
昨年、日本のみならず海外でも人気が高い漫画『鬼滅の刃』が野村萬斎氏らの手によって能・狂言化された。能とは、約650年の歴史を誇る日本の伝統芸能。能が本格的な芸能となったのは室町時代、将軍・足利義満のもとで活躍した観阿弥・世阿弥親子によるものだ。一方狂言は、能と交互に同じ舞台で演じられてきた芸能で、その特徴は「笑い」。庶民の日常や説話を題材として、その中から生まれる感情の機微を対話やしぐさで表現し、観客の笑いを誘うのである。
日本の伝統芸能である能・狂言で現代の漫画作品を表現する試みや、東京のエンターテインメントの可能性について萬斎氏にインタビューした。
--漫画作品を能・狂言化した感想をお聞かせください。
漫画作品を能・狂言化するにあたって、まずお客さんの中には原作を知っている方と知らない方がいるので、状況や設定、心情をどれくらい細かく説明すべきかを考えました。しかし、この疑問は能の創成期に立ち返ったら解決しました。なぜなら能がつくられた中世、人々は『源氏物語』や『平家物語』を知っており「あの物語が能になるらしい」と聞き、喜び勇んで観に行ったようです。お客さんが原作を知っていることを前提に、原作をアレンジしてきた芸能が能であり、それは原作が漫画作品でも同じことだと思ったからです。
昨年7月、観世能楽堂GINZA SIXで行った「能 狂言『鬼滅の刃』」の東京公演には、これまで能楽堂にご縁がなかったであろう原作ファンが数多く訪れました。皆さん、能楽堂をバックにキャラクターのぬいぐるみなどの写真を撮っていて、能楽堂では初めて見る光景で新鮮でした。能楽堂の写真がこんなにSNSで発信されたことは今までなかったのではないでしょうか。
--観世能楽堂GINZA SIXをはじめ、東京には日本の文化・芸能にふれられる施設がたくさんありますよね。
東京・銀座にある観世能楽堂GINZA SIXは、皆さんがファッションやグルメを楽しむのと同じ感覚で能や狂言を観ていただける、非常に親しみやすい空間だと感じています。今まで能楽堂は「敷居が高い」と思っていた方も「敷居が少し低くなった」と感じてもらえるならうれしいです。
現在、世界のエンターテインメントの中心はブロードウェイ(アメリカ)、ラスベガス(アメリカ)、ウエスト・エンド(イギリス)の3カ所だといわれています。しかし、東京も本来エンターテインメントの中心になる力を持っている都市だと思います。
世界中から東京や日本に外国人観光客が大勢訪れていますが、ぜひ日本の文化の層の厚さをお見せしたいですね。私は、日本ほど文化が多種多様に発展してきた国はないと思っています。そして、それを全部網羅できるのが東京の大きな魅力です。東京では雅楽を鑑賞できる機会もありますし、能楽堂で能や狂言を、歌舞伎座で歌舞伎を、さらに宝塚歌劇なども楽しむことができます。
--能や狂言をはじめ、日本文化・芸能をより多くの方へ発信するために考えていることを教えてください。
皆さんが親しんでいる物語を能・狂言でお見せすることで、「日本の文化は深いな」「物語の本質を表す手法として能・狂言は優れているな」と感じていただけると大変ありがたいです。さらに、「こういう文化が日本にはある」ということを若い方々に知ってもらい、何かしら影響を与えることができたらうれしいですね。
室町時代に能をつくり出した世阿弥も、その時代の新しい発想を持った若いクリエイターだったわけです。若い方々には、先行芸能を学んで生かし、次なる新しい日本の芸能を生み出してほしい。そんな未来を願っています。