狂言師・野村萬斎が語る、東京が世界のエンタメの中心となる可能性

Read in English
 国内外で多数の狂言・能の公演に参加し普及にも貢献、さらに現代劇・映画などにも出演し、多彩な活躍を見せる野村萬斎氏。2022年、漫画『鬼滅の刃』の能・狂言化を成功させ、大きな話題となった。萬斎氏に東京のエンターテインメントの魅力について話を聞いた。
20230220130640-8cff9a06730c396181b35a3c3d30512b9fdeda81.jpg
野村萬斎氏は「『鬼滅の刃』は鬼を扱っているところや、喜劇的要素と悲劇的要素が入り混じった作品であるところなど、能・狂言との親和性が高いと感じました」と話す。写真は狂言「朝比奈」 撮影:政川慎治

日本の伝統芸能「能・狂言」とは

 昨年、日本のみならず海外でも人気が高い漫画『鬼滅の刃』が野村萬斎氏らの手によって能・狂言化された。能とは、約650年の歴史を誇る日本の伝統芸能。能が本格的な芸能となったのは室町時代、将軍・足利義満のもとで活躍した観阿弥・世阿弥親子によるものだ。一方狂言は、能と交互に同じ舞台で演じられてきた芸能で、その特徴は「笑い」。庶民の日常や説話を題材として、その中から生まれる感情の機微を対話やしぐさで表現し、観客の笑いを誘うのである。

 日本の伝統芸能である能・狂言で現代の漫画作品を表現する試みや、東京のエンターテインメントの可能性について萬斎氏にインタビューした。

--漫画作品を能・狂言化した感想をお聞かせください。

 漫画作品を能・狂言化するにあたって、まずお客さんの中には原作を知っている方と知らない方がいるので、状況や設定、心情をどれくらい細かく説明すべきかを考えました。しかし、この疑問は能の創成期に立ち返ったら解決しました。なぜなら能がつくられた中世、人々は『源氏物語』や『平家物語』を知っており「あの物語が能になるらしい」と聞き、喜び勇んで観に行ったようです。お客さんが原作を知っていることを前提に、原作をアレンジしてきた芸能が能であり、それは原作が漫画作品でも同じことだと思ったからです。

E262_2.jpg
「能 狂言『鬼滅の刃』」では「若手が新たに取り組めるような能・狂言作品をつくり出そう」という構想があったという。左から大槻裕一氏(竈門炭治郎役)、野村太一郎氏(嘴平伊之助役)、野村裕基氏(我妻善逸役)。

 昨年7月、観世能楽堂GINZA SIXで行った「能 狂言『鬼滅の刃』」の東京公演には、これまで能楽堂にご縁がなかったであろう原作ファンが数多く訪れました。皆さん、能楽堂をバックにキャラクターのぬいぐるみなどの写真を撮っていて、能楽堂では初めて見る光景で新鮮でした。能楽堂の写真がこんなにSNSで発信されたことは今までなかったのではないでしょうか。

20230221103712-133a59b9ed52d8e3845618c058992fedcaf04823.jpg
野村萬斎氏は「能 狂言『鬼滅の刃』」で演出などを担当。鬼舞辻󠄀無惨役、竈門炭十郎役で出演もされた。

--観世能楽堂GINZA SIXをはじめ、東京には日本の文化・芸能にふれられる施設がたくさんありますよね。

 東京・銀座にある観世能楽堂GINZA SIXは、皆さんがファッションやグルメを楽しむのと同じ感覚で能や狂言を観ていただける、非常に親しみやすい空間だと感じています。今まで能楽堂は「敷居が高い」と思っていた方も「敷居が少し低くなった」と感じてもらえるならうれしいです。

20230220140757-e2826e3181e75c1c7df10e1428413ba56cb6f975.jpg
観世能楽堂GINZA SIXは2017年4月にオープン。総檜造りの能舞台を備えた本格的な能楽堂だ。年間120公演以上の能楽公演のほか、コンサートや演劇も行われている。Photo: courtesy of Kanze school noh theater

 現在、世界のエンターテインメントの中心はブロードウェイ(アメリカ)、ラスベガス(アメリカ)、ウエスト・エンド(イギリス)の3カ所だといわれています。しかし、東京も本来エンターテインメントの中心になる力を持っている都市だと思います。

 世界中から東京や日本に外国人観光客が大勢訪れていますが、ぜひ日本の文化の層の厚さをお見せしたいですね。私は、日本ほど文化が多種多様に発展してきた国はないと思っています。そして、それを全部網羅できるのが東京の大きな魅力です。東京では雅楽を鑑賞できる機会もありますし、能楽堂で能や狂言を、歌舞伎座で歌舞伎を、さらに宝塚歌劇なども楽しむことができます。

20230220141027-6445bd5d5eca1d290bed1c742d3c64d2f3eab48a.jpg
能は、現存する世界最古の演劇としてユネスコの無形文化遺産にも登録されている。写真は2022年の大槻文藏裕一の会東京公演のもの。左が大槻文藏氏、右が大槻裕一氏。Photos: courtesy of OFFICE OHTSUKI

--能や狂言をはじめ、日本文化・芸能をより多くの方へ発信するために考えていることを教えてください。

 皆さんが親しんでいる物語を能・狂言でお見せすることで、「日本の文化は深いな」「物語の本質を表す手法として能・狂言は優れているな」と感じていただけると大変ありがたいです。さらに、「こういう文化が日本にはある」ということを若い方々に知ってもらい、何かしら影響を与えることができたらうれしいですね。

 室町時代に能をつくり出した世阿弥も、その時代の新しい発想を持った若いクリエイターだったわけです。若い方々には、先行芸能を学んで生かし、次なる新しい日本の芸能を生み出してほしい。そんな未来を願っています。

20230220141240-11d1cdeccd67be9b22662bacce9c17740d0fa1a3.jpg
「能 狂言『鬼滅の刃』」では、新体操のリボンを用いたり、ライティングを駆使したり、現代だからこそできる演出効果も注目された。

野村萬斎(のむら・まんさい)

20230220141405-5a8b204eab317097191caa6121b10a656c0d1019.jpgPhoto: courtesy of Mansaku-no-kai
狂言師。祖父・故六世野村万蔵及び父・野村万作に師事。重要無形文化財総合指定者。国内外で多数の狂言・能公演に参加、普及に貢献する一方、現代劇や映画・テレビドラマの主演、舞台作品に古典の技法を駆使した作品の演出など幅広く活躍。狂言の認知度向上に大きく貢献。2021年より公益社団法人全国公立文化施設協会会長。
取材・構成/小野寺ふく実