Tokyo Embassy Talk:
オーストラリア人外交官が感銘を受けた、アートが身近にある都市

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 芸術家の家庭で育った在日オーストラリア大使館のトム・ウィルソン参事官(広報・文化担当)は、東京におけるアートの力と開放的な美術館の数々に感銘を受けている。
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トム・ウィルソン参事官(広報・文化担当)。港区のオーストラリア大使館に飾られている画家ティム・ストーリアの作品『Point to point(Evening blaze line)』(19881990)の前で。

--東京に赴任するまでの道のりを教えてください。

 大使館に赴任したのは20201月末ですが、日本とのつながりはもっと昔にさかのぼります。初めて来たのは1996年、高校の交換留学生としてでした。ニューサウスウェールズ州は東京都と姉妹友好都市で、毎年15人の高校生を日本に1年間派遣していたのです。私はその一人に選ばれた、とても幸運な生徒だったわけです。今思えば、人生を大きく変える経験でしたね。日本との深いつながりを感じますし、当時、私を迎え入れてくれた東京の人たちに強い感謝の気持ちを抱いています。

 とにかく素晴らしい経験でした。日本の学校に通い、一般家庭にホームステイしたのですから。その学校、国際基督教大学高等学校(ICUHS、小金井市)も最高でした。とくに素晴らしい日本語の先生がいて、毎日マンツーマンで教えてくれました。学校が非常に手厚いサポートをしてくれたわけです。ものすごく厳しい日本語の先生もいたのですが、おかげで日本語がめきめき上達しました。とても楽しい思い出です。この経験があったからこそ、日本は私の心の中で特別な位置を占めるようになりました。

 大学卒業後はオーストラリア外務貿易省に入り、中東での勤務を経て、東京赴任のチャンスがやってきました。また日本に来られる、とくに東京に来られると思うと、本当にワクワクしましたね。東京はとてもダイナミックな街で、オーストラリアの外交官の間では人気の赴任先ですから。

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各地の芸術祭や展覧会などに、オーストラリア人アーティストが参加する橋渡しも、広報・文化担当の参事官の役割の一つ。

--広報・文化担当参事官として、日本各地で開かれる多くの文化イベントに関わっていますね。東京で開催されたイベントで、とくに印象に残っているものはありますか?

 たくさんあります。コロナ禍の時も、行政や美術館が、展覧会を予定どおり開催しようと懸命に努力してくれたことには、本当に感謝しています。とくにコロナの大流行が始まった頃は、私自身にとっても平常心を保つうえで大きな心の支えになりました。世界中の多くの美術館が閉鎖するなか、東京では週末、東京都現代美術館やサントリー美術館、森美術館に出かけて展覧会を見ることができたので、ちょっとした現実逃避もできました。しかも、家族と一緒にそうした週末を楽しめたことが、とても重要だったのです。

 展覧会で印象に残っているのは、2021年に東京都写真美術館で開かれた「リバーシブルな未来 日本・オーストラリアの現代写真」展です。キュレーターを務めたのは、メルボルン大学のナタリー・キング教授と、同美術館の山田裕理学芸員のふたり。キング教授はコロナ禍で設営やオープニングには来日できなかったのですが、あれほど大規模な展覧会をメルボルンに居ながら手がけられたことは、本当に素晴らしかったと思います。東京の展覧会では、たくさんのさまざまな日本人アーティストとオーストラリア人アーティストを紹介できました。私にとってもすごく特別なことで、あの展覧会を大使館がサポートできたことをとても誇りに思っています。

--東京はアートや文化に接しやすい街でしょうか。

 東京には本当にたくさんの美術館や文化施設があります。けっこう大変かもしれませんが、その全部に足を運びたいと思っています。東京のアートシーンの深みと洗練性は驚異的です。とくに素晴らしいと思うのは、多くの美術館が大型の企画展を開催する一方で、収蔵品も公開していることです。そちらは追加の入場料なしで見られることもあります。誰もがアートにふれられるようにするために、これは重要だと思います。都内の美術館にいろいろな人が来ているのも楽しいですね。若者やお子さん、家族連れ、お年寄り、美術を学ぶ学生、そしてデート中のカップルなど、あらゆる人たちが来ているので、人間観察にも最適です。

 このようにアートに接しやすい環境は、重要なポイントだと思います。しかも美術館やギャラリーが都内のあらゆる場所にあります。麻布十番にあるオーストラリア大使館の徒歩圏内にも、国立新美術館や森美術館、サントリー美術館など、素晴らしい施設がひしめいています。このようにアートが身近な街に住めるのは、とても幸運だと思います。その気になれば、印象派から日本美術、西洋美術、浮世絵までを、1日で見て回ることもできます。

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アーティゾン美術館(中央区)。旧ブリヂストン美術館から2020年にリニューアルオープンした。古美術品から日本近代絵画、印象派絵画、現代美術まで幅広い分野の作品を扱う。
Photo:アーティゾン美術館提供

--一番お気に入りの美術館はどこですか。

 では好きな美術館を3つ挙げましょう。まずは、オーストラリアの先住民の作品を収蔵しているアーティゾン美術館です。おもにエミリー・ウングワレーなど、オーストラリア中央部と西部の砂漠地帯から出てきたアーティストたちです。アーティゾン美術館はウングワレー作『春の風景』(Spring Landscape)を収蔵しています。ですから、ちょっとホームシックになった時には、家族を連れてアーティゾン美術館に行きます。オーストラリアと非常に強いつながりがある美術館なんですよ。ここのコレクションには、ルノワールといった印象派から、ゴッホやピカソ、そして平安時代の美術品まであります。とても明るくて美しい美術館なので、行くと気分が落ち着きます。

 大きな展示室を持つ国立新美術館も大好きです。世界的に有名な黒川紀章氏による建築はとても開放的で、明るくて、まるで未来の空間にいるかのようです。この美術館でも、さまざまなオーストラリア人アーティストの作品が展示されました。2008年の『ユートピア エミリー・ウングワレー展 ―アボリジニが生んだ天才画家―』は、日本における先住民アートの地位を確立するもので、今も語り草になっています。

 恵比寿にある東京都写真美術館も素敵ですね。2021年には、先ほどお話しした『リバーシブルな未来』展が開かれましたし、同年までは世界報道写真展の会場になっていました。

<オーストラリアの魅力>

Q1. オーストラリアについてとくにアピールしたいことはありますか。

 オーストラリアはスポーツ大国で、アスリートのことをとても誇りに思っています。「黄金の10年」と呼ばれる、大型スポーツイベントが目白押しの10年がもうすぐ始まるんですよ。

 まず、2023年にサッカーのFIFA女子ワールドカップをニュージーランドと共催します。日本代表チームの活躍を期待しています。オーストラリアと対戦するといいですね。続いて、2027年の男子ラグビーワールドカップ、2029年の女子ラグビーワールドカップが、2032年にはブリスベンオリンピック・パラリンピック大会がオーストラリアで開催される予定です。これからの10年、日本とオーストラリアは、スポーツの分野でいろいろなことを一緒にやっていくことになると思います。

Q2.注目すべきオーストラリアのスポーツはありますか。

 オーストラリアを訪れる方にぜひおすすめしたいのは、オーストラリアンフットボール(AFL)の試合観戦です。8万人の観客が応援するスタジアムの熱気を感じてほしいですね。最高にオーストラリアらしい経験ができるはずです。

 AFLに関しては、東京ゴアナーズというチームもあり、東京でのAFLの認知度アップに貢献しています。日本オーストラリアンフットボール協会(AFL Japan)は、東京に女子チームを育てようと頑張っているんですよ。試合を観に行ったら、オーストラリアの名物ミートパイ、フォーン トゥエンティとオーストラリアンコーヒーを片手に、オーストラリア気分を満喫してほしいですね。女子チームはメンバーを募集していますから、興味があれば、練習に参加してみてください。

トム・ウィルソン

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2020年に在日オーストラリア大使館参事官(広報・文化担当)として来日。日本とオーストラリアの戦略的パートナーシップの構築や、文化、スポーツ、メディアを通じた現代オーストラリアの紹介に取り組んでいる。趣味はランニングで、2022年には東京マラソンにも参加した。
在日オーストラリア大使館
https://japan.embassy.gov.au/
取材・文/パトリック・バルフ
写真(人物)/殿村誠士
翻訳/藤原朝子