日本で唯一の国連本部機関・国連大学について聞く

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 東京都渋谷区にある国連大学は、国連のミッションを遂行する上で重要な役割を担っている。その歴史と役割とともに、東京を拠点とした取り組みを通じて感じる都市の魅力について、サビーネ・ベッカーティエリー国連大学学長室長の話を聞いた。
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青山、表参道エリアを一望する国連大学本部にて。

 国連大学の役割は、暴力や戦争や環境破壊などグローバルな難題の解決を支援するとともに、その相互関係を明らかにすることだ。シンクタンクと大学院の両方の機能を持ち、世界12カ国に計13カ所の研究所を置く。その本部とサステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)が、東京にある国連大学本部ビルに入っている。アジアでは唯一の国連機関本部だ。

1960~70年代に遡る歴史

 国連大学の構想は1969年、ウ・タント国連事務総長(当時)が提案したことから始まった。1973年に日本政府が受け入れに関心を示し、1億ドルの基金を提供。東京都内に常設機関として国連大学本部ビルを建設することが決まった。1975年に仮本部が渋谷区内に設置され、1992年には表参道に近い青山通り沿いに現在の国連大学本部ビルが完成した。

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東京メトロ表参道駅から徒歩5分の場所にある国連大学本部とサステイナビリティ高等研究所。Photo: courtesy of UNU

 ベッカーティエリー氏は語る。「国連大学本部ビルがある場所には、とても興味深い歴史があるんですよ。ここにはかつて都電の車両基地があったのです。でも、クルマ社会の到来で使われなくなっていました」

アクセスの良さは抜群

 「国連大学本部の建設に日本政府が約120億円を供与し、東京都が土地を無償貸与してくれることになりました。都心で、こんなに美しくアクセスの良い場所を提供してくれた日本政府と東京都に、とても感謝しています。世界の国連機関でもあまり例がないことです」と、ベッカーティエリー氏は続けた。

 国連大学本部ビルの前には、「What's your idea(あなたのアイデアは?)」という大きなポスターが掲げられている。これは、国連が掲げる持続可能な開発目標(SDGs)を達成するための試みにアイデアを寄せてほしいという、一般の人々への呼びかけだそうだ。

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SDGsの達成に向けて、一般人のアイデアを問うポスター。Photo:  Kimberly Hughes

 「日本では政府、企業、若者など、あらゆるレベルでSDGs関連の取り組みが増えていますよね。とてもユニークなことだと思います」と、ベッカーティエリー氏。

 国連大学は、20109月、国連総会から学位授与を認められた唯一の国連機関となり、世界各地の国連大学で計3種類の修士号と3種類の博士号を授与する課程を運営している。

 国連大学は研究者と政策立案者の橋渡しとなり、国連と加盟国に独立した研究と提言を行うことをミッションとしている。

 「たとえば、気候変動の影響は開発途上国ではるかに厳しいものとなっています。それを解決するためには、大学や企業をはじめ、すべての利害関係者が関わる必要があります」

 ベッカーティエリー氏は続ける。「そのためには独立した機関による分析が極めて重要です。一国では解決できないグローバルな課題が大きくなればなるほど、虚偽の情報が飛び交うようになる現在はなおさらです。この責務の一端を担えることを、私自身とても光栄に思っています」

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開発分野での自身のキャリアについて語るベッカーティエリー学長室長。

人道的で公正な世界をつくるために

 学長室長としてのベッカーティエリー氏の仕事には、戦略的マネジメントと資金調達、問題解決など、さまざまなスキルが必要だ。「より人道的で公正な世界をつくる一助となる」ことを目標に、これまで積み上げてきたキャリアを大いに活かしている。

 ベッカーティエリーという姓は、ドイツ語の旧姓(ベッカー)と、フランス人である夫の姓(ティエリー)を合わせたもの。生まれ育ったのは、豊かな自然に恵まれたドイツのバイエルン・アルプスにある小さな村だという。

 「美しい山や湖や牛を眺めながら、自転車で学校に通うような子ども時代でした。大都会の東京とは正反対ですね」と笑う。

 やがて外の世界に目を向けるようになり、紛争や格差といった社会問題に関心を抱き、地方の青年組織に参加したり、アフリカのトーゴやガーナでボランティア活動をしたりした。

 「そこで開発援助とその条件付けに疑問を抱くようになりました。また、二国間援助に関わっていた時、複数の拠出国が横のコミュニケーションも調整もなく、さらに受益国の意見を聞くこともなく、重複した援助をしていることに気づきました」

 こうしてドイツのパッサウ大学で、ジャーナリズムと法学と政治学の3分野を学び、さらにパリ政治学院とソルボンヌ大学で国際関係を学んだ。パリでは、国際NGO「国境なき医師団」の創設者であるベルナール・クシュネル氏や、ユベール・ヴェドリーヌ元仏外相などの有力者に師事した。

 その後、コンサルティングの仕事に就き、パリとバルカン半島を行き来した後、ニューヨークにある国連のジュニア・プロフェッショナル・オフィサー(JPO)となり、国連のプロジェクトや南スーダンなどさまざまな地域における国連平和維持活動の評価活動に携わった。

 「興味深いプロジェクトにいろいろと関わりました。でも6年ほど経った時、転機に恵まれました」

拠点をニューヨークから東京へ

 結婚して第一子を出産したベッカーティエリー氏は、夫が東京の民間企業で働き始めたのを機に家族でニューヨークから東京に移った。これまでの経験を活かして開発コンサルタントとなり、東京を拠点に世界を飛び回ることになった。

 「この街の生活のクオリティが大好きです」と彼女は言う。「巨大なコンクリートジャングルという側面がある一方で、どこでも自転車で簡単に行ける側面もある。美しくて、安全で、人々は礼儀正しく、街はとても機能的ですよね」

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表参道エリアからほど近い渋谷区神宮前にあるイートリップは、お気に入りのレストランのひとつ。Photo: courtesy of Sabine Becker-Thierry

 「東京の食文化や、子どもたちが一人でも安心して歩ける安全性も、とても気に入っています。何世代も同じ場所で商売を続けているお店があるなど、小さな村のような文化がありますよね」

グローバルな問題に関する議論を盛り上げる

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国連大学対談シリーズ「未来の街:都市開発とSDGs」で、2019年12月にはアジア・パシフィック・イニシアティブ(API)の北澤桂エグゼクティブバイスプレジデントと対談を行った。Photo: courtesy of UNU  

 ベッカーティエリー氏は、自転車通勤を実践するなど自分なりのサステイナビリティに取り組んでいる。また、国連大学では運営面だけでなく、さまざまな重要課題を探る対談シリーズにも関わっている。

 「東京で開催されるイベントに参加して、ある国の首脳と握手したり名刺交換したりする機会なんてなかなかありません。日本の若い学生たちが、国連大学のイベントで堂々と英語で発言する姿にも励まされます」

 ベッカーティエリー学長室長は、次世代を担う若い学生たちへ次のような期待を寄せている。「(国連大学のイベントは)自分とは異なる暮らし方を知ったり、さまざまな不正に立ち向かうために、自分にはどんなことができるかを考えたり、気づいたりするチャンスになります。そこから国連でのキャリアや、グローバルな問題への関わりが始まるのです」

サビーネ・ベッカーティエリー

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国連大学学長室長。国際連合大学理事会幹事。開発関連のコンサルティングや評価に関する豊富な経験がある。以前は、国連大学首席補佐官を務めていた。パリ政治学院とソルボンヌ大学で修士号を取得。早稲田大学で博士号を取得。
国際連合大学
https://jp.unu.edu/
取材・文/キンバリー・ヒューズ
写真(人物)/榊水麗