多彩な文化を宿すシャンソンシンガーの魅惑の歌声
ジャズシンガーに直談判で弟子入り
六本木にあるジャズライブバー「All Of Me Club」。都内でも人気の老舗ライブハウスであるこのステージには、ジャズやシャンソン、ボサノバなどさまざまなジャンルで活躍する国内外のプロミュージシャンが立つ。ある日のステージでは、レイチェル氏はアコーディオン奏者Meme(土屋恵)氏の伴奏で、シャンソンやタンゴなど十数曲を透き通る声でパワフルかつ情熱的に歌い上げ、客席を魅了した。
空手の師範の父の下、幼い頃には無理矢理空手を学ばされたという。だが、本人は歌うことが大好きだった。家でも友人の前でもよく歌い、合唱団にも入った。
「空手を習ったのは小学5年生まででしたが、いま思えばその頃に鍛えられた体幹がシンガーとしての基礎になっていますね」
大学生の頃、モデル活動をしていた兄の影響で自身も華やかな世界に憧れ、ライフスタイル誌『Fine』の専属モデルとしてデビューしたが、業界の雰囲気になじめず、卒業後は不動産会社に就職した。しかし2007年、人生の大転機となる衝撃的な出会いが連続して訪れる。1度目は、同年公開された伝記映画『エディット・ピアフ〜愛の讃歌〜』。2度目は、All Of Me Clubで聴いたフィリピン出身のジャズシンガー、マリア・エヴァ氏の歌声だった。
「映画でシャンソンへの憧れが一気に高まり、私も歌の世界に挑戦したいと思ってボイストレーニングを受け始めました。そしてほどなくしてエヴァさんの歌を間近で聴いて、その迫力、歌声に引き込まれ、衝撃と感動を受けました。いつか私もあのステージで歌いたい、絶対に歌うって思ったんです」
その場でマリア・エヴァ氏に直談判して弟子入り。シンガーとして、まずはジャズの世界に飛び込んだのだった。
3大シャンソンコンクールでの快挙
以後、師匠からジャズの基礎をみっちり叩き込まれた。もちろん歌詞は英語。同時にシャンソンへの憧れも強まり、フランス語も独学で体に馴染ませた。
「やはり自分のルーツの影響か、アメリカが主流のジャズの英語よりもシャンソンのフランス語の方がすっと体に入っていく感じがして」
師匠の前座としてジャズでステージに立つようにもなるが、ジャズを基盤としつつ徐々にシャンソンも歌うようになった。やがて自分の実力を試すべく、コンクールへの出場を考え始める。
「実は東京はシャンソンのコンクールが多いんです。私は音大を出たわけでもないので、自分の歌唱力がどのレベルなのか評価を知りたいという気持ちと、プロとして活動する上で冠も欲しかったし、勝負してみたいという思いもありました」
だが、初出場では入賞できなかった。後日関係者から「日本のシャンソンコンクールでは日本語訳で歌う方が評価される」と耳打ちされたが、自分はやはりフランス語で挑戦したいとの意志を貫き、ついに2022年、半世紀以上の歴史を誇る「日本シャンソンコンクール」でピアフの名曲『Mon manège à moi(私の回転木馬)』を歌い、優秀賞に輝いた。続く翌年には、これもピアフで知られる『Rien de rien(本当に何にも起こらない!)』を歌った「第10回東京シャンソンコンクール」でグランプリを、さらに2024年には、「第11回JCCシャンソン・カンツォーネコンクール」でアルゼンチンが生んだタンゴの革命児アストル・ピアソラの『Yo soy Maria(私はマリア)』をピアソラの母国語であるスペイン語も交えて歌い、グランプリも獲得。3年連続で主要コンクールで入賞する快挙を成し遂げた。
シャンソンには人生や愛を歌った曲が多い。そこに自分なりの経験、感情を込めていかに自分の歌として歌い上げるか。そして聴いている人にどれだけその情景を映像として思い浮かべてもらえるか、共感して感動してもらえるか。コンクールで自身が評価されたのはその点ではないかとレイチェル氏は考えている。
東京は音楽の宝庫
ニューヨークなど海外でのライブ経験も多いレイチェル氏にとって、東京でのステージは観客の反応により深みがあると感じられる。
「海外だと、よければブラボー、そうでなければブーイングと反応がストレート。それだけに緊張もするし鍛えられます。対して東京だと、静かにじっくりと聴いてくれた後で、涙が出たよと仰ってくださる。私自身も感動が深まりますね」
東京を拠点にするレイチェル氏にとって、都心ばかりではなく郊外やちょっとした路地裏にも、ライブハウスや歌を聴いてもらえるバーやカフェなどが至る所にある点が魅力だ。
「様々なジャンルの世界レベルのプロミュージシャンが目の前で歌い、演奏し、感動させてくれる。そんな場所がそこら中にある街って東京くらい。まさに音楽の宝庫って感じかな。受け入れられているジャンルの多さって、そのまま東京の多様性につながっていると思う。そんな街で私ももっと揉まれつつ、感動をお届けしたいと思います」
レイチェル
写真/藤島亮




