眠れる人材を、ビジネスの新たな力へ
「インクルージョン」の事業価値
VALT JAPAN株式会社代表取締役CEOの小野貴也氏にとって、「働くこと」への問いは製薬業界に端を発する。2014年の起業以前、製薬会社に勤めていた小野氏は、薬が症状を安定させ健康をサポートすることで人々の生活の質は向上すると信じていた。ところが、ある患者会に足を運んだことで、その認識は揺さぶられることになる。
精神面の課題や発達特性を抱える約30名が、それぞれの経験を語り合っていた。薬のおかげで症状をうまくコントロールできるようになったという声は多かったが、一つの悩みが全員に共通していた。安定して働ける場が見つからないのだ。「あれは衝撃でした」と小野氏は振り返る。「症状が良くなって健康状態が安定すれば、生活の質も自ずと上がるはずだと思っていたんです。でも、そんなに単純な話ではありませんでした」
この経験がVALT JAPAN創業の原動力となった。掲げるビジョンは、「就労困難者が大活躍できる時代をつくる」こと。ここでいう「就労困難者」とは、障がい・疾患・健康上の問題、またはその他の事情から、働きたくても困難に直面している人々全般を指す。現在、企業の業務を全国の就労支援事業所と就労者へつなぐBPO(業務プロセスアウトソーシング)プラットフォーム「NEXT HERO」を運営するとともに、直営のデジタル就労支援センター「NEXT HERO DIC(デジタルイノベーションセンター)」も手掛けている。
小野氏はこの問題を、社会的な課題であると同時に経済的な課題としても捉えている。リクルートワークス研究所によると、日本は2040年までに約1,100万人規模の人手不足に陥る可能性がある。一方、就労困難者は国内に推計1,500万人いると小野氏は語る。そうした人々をより多く労働市場へつなぎながら、企業にとっての価値をも生み出す仕組みをいかに構築するか。それが小野氏の問いである。
分断された市場をつなぐ
VALT JAPANのNEXT HERO BPO事業は、小野氏が目にしたあるギャップから生まれた。人手不足・業務のボトルネック・デジタル人材需要に直面する企業と、働く意欲がありながらも適切なビジネス機会になかなかたどり着けない人々の間のギャップだ。「事業所も企業もたくさん存在しますが、今まではうまくつながっていませんでした」と小野氏は言う。「そのギャップは、完全な空白でした」
NEXT HEROを通じて、VALT JAPANは企業から業務を受託し、提携する事業所や就労者の能力や特性に関するデータに基づいて振り分ける。重視しているのは、「簡単な」仕事を見つけることではなく、実際のビジネス業務を起点に、就労者が貢献できる仕組みを設計することだ。
このコンセプトをより直接的な形で体現しているのが、三菱地所との連携によって開設されたNEXT HERO DIC丸の内だ。VALT JAPANはDICを、ビジネスとデジタル技術、そして実践的な就労経験を組み合わせた就労支援モデルと位置付けており、5年間で全国20拠点のDICを展開する計画を発表している。
DICでは、障がいや慢性疾患、あるいはその他の就労困難を抱え、これまで労働市場の外に置かれてきた人々が、一般企業の職場に近い環境でデジタル業務に従事する。従来の職業訓練はクライアントへの納品義務がないことが多いが、DICでは就労者が企業の実際の業務を担う。まず作業サンプルなどのデータを通じて一人ひとりの能力と特性を可視化し、実際の業務を通じて、どのような仕事と環境であれば力を発揮できるかを見極めていく。
提携する企業にとっては、採用プロセスにも変化が生まれる。書類選考・面接・短期インターンシップだけでなく、採用前に実際の業務に取り組む様子を見られるからだ。就労者は実践の中でスキルを身に付け、双方が本当に可能性のあるマッチングかどうかを見極められる。
このアプローチは数字やコンプライアンスのためのものではないと、小野氏は強調する。「DICは法定雇用率を達成するために存在するのではありません」と小野氏は言う。「障がいや慢性疾患のある人々が企業の戦力になるための場なんです」
デジタル業務が生み出す本物の価値
DICで行われている業務の多くは、デジタルトランスフォーメーション(DX)やAIと関係している。生成AIがビジネスのあり方を変えつつある今、小野氏はそこに混乱と機会の両方を見いだしている。消えていく仕事がある一方で、新しい働き方も生まれているからだ。
DICで働く人々は、AIを活用して、営業リストの作成・更新や業務運営の改善、従来はより多くの人員を必要としていたプロセスの効率化に取り組んでいる。また、AIシステムの性能向上に用いられる学習データの整備に関わることもある。「AIを活用するだけでなく、AIの進化を支えるデータ作りにも携わっているんです」と小野氏は話す。
これは重要な点だ。AIはしばしば人の仕事を置き換えるものとして語られるが、VALT JAPANのモデルは異なる見方を提示する。デジタルツールは働くことへのハードルを下げ、より明確なプロセスへと分解し、これまでは不可能だった方法で、人々が高度なビジネスニーズに応えられる環境を生み出している。
社会的価値から経済的価値へ
2025年、VALT JAPANは「東京金融賞2024」のサステナビリティ部門で表彰された。東京都が創設したこの賞は、東京をサステナブル・レジリエントファイナンスの先進都市とし、グローバルに活躍するスタートアップが生まれる都市の実現という目標を後押しするものである。
小野氏にとって、この受賞は創業以来抱いてきた信念を裏付けるものだった。深刻な社会課題の解決には、共感だけでなく、人材、資本、そして仕事が必要だという考えである。雇用支援には善意が集まりやすい一方で、構造そのものを変えるだけの資源は集まりにくい。「根深い社会課題は、人、お金、そして仕事から遠いところにあります」と小野氏は語る。「両者を近づけるのが資本の力なのです」
小野氏は、DIC丸の内の存在が受賞理由の一つだったと考えている。東京都の経済規模は一国に匹敵するほど大きく、東京都総務局統計部によれば、2023年度の都内総生産は125兆円超に上る。中でも、丸の内は日本屈指のビジネス街だ。そこにDICを構えることは、小野氏にとって、就労に困難を抱える人々を経済の中枢に位置付けることを意味する。
「属性」から「能力」へ
東京には、企業、資本、人材、そして社会課題が、他都市にはない規模で集積している。小野氏は、この集積こそVALT JAPANが東京に存在すべき理由だと考えている。労働市場から取り残されてきた人々と市場を結ぶことを目指す同社にとって、東京は課題と可能性の両方が凝縮された場所なのである。
小野氏は、海外にも展開の余地があると考えている。多くの国で職業訓練自体は存在するものの、その先の仕組みは十分に整備されていないという。スキルを身に付けても、企業への就職や収入、長期的なキャリアへとつながる明確な道筋を持てない場合がある。DICは、持続的な労働参加というゴールから逆算し、属性ではなく能力に着目する。つまり、その人に何ができるのか、どのような環境であれば活躍しやすいのか、どこでそのスキルが価値を生み出せるのかという点に焦点を当てるのである。
こうした視点の転換が、小野氏のビジョンの中核にある。グローバル金融、大企業、そして社会イノベーションが交差する東京だからこそ、「インクルージョン」を政策理念上の言葉から経済活動の実践へ転換するあり方を示すことができる。「人は最も重要な投資対象です」と小野氏は語る。「そして、最も大きな可能性を秘めた未開拓市場は、就労に困難を抱える1,500万人の人々だと私は信じています」
小野貴也
VALT JAPAN株式会社
https://www.valt-japan.com写真/穐吉洋子
翻訳/舘山未来




