何者でもない自分でいられる場所:東京の銭湯で描く新しい夢

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 関根江里子氏にとって、銭湯は肩書や立場に関係なく見知らぬ人同士が空間を共有できる場所である。この思いが彼女の人生を変え、銭湯を社会に残すためのアプローチに影響を与えた。
フィンテックと銭湯経営の経験を生かして公衆浴場の未来ビジョンを描く、株式会社ゆあそび代表取締役社長の関根江里子氏

誰もが何者でもない自分でいられる場所

 関根氏は上海で生まれ、3歳の時に日本に移住した。幼い頃の東京の記憶に、清掃員として働いていた父と通った銭湯の思い出がある。父は朝3時から4時に家を出て、仕事を終える昼すぎに近所の銭湯が開く。一緒に銭湯に通うことが日課だった。

 中国人と日本人の両親のもとで育った関根氏は、自分と同級生たちの家庭に違いがあると気づいていた。学校で正月文化など季節の風習が話題に上ると、自分の知識が人と同じとは限らず、不安になることがあった。その隔たりを埋めてくれるのが銭湯だった。銭湯は、日本の暮らしに関わる季節湯などの伝統を体験できる身近な場所だったからだ。「自分の生活には『普通の日本人が経験している何か』が欠けているような気がしていましたが、銭湯に行くとその不安が満たされました」と関根氏は言う。「私にとって銭湯は、いつも特別な場所でした」

 最も心に残っているのは、人々が人間関係を築かなくても同じ空間を共有できることだった。客同士は顔見知りかもしれないし、多少言葉を交わすかもしれないし、黙って一緒に湯船に浸かるだけかもしれない。だからこそ、関根氏は安易に銭湯を「コミュニティ」と呼ぶことには慎重だ。彼女はある先輩から、銭湯は『社会問題の解決』という表現が多いが、ありのままの社会を受け入れる場所をつくることにも意味があるのではないかと言われたことがある。「コミュニティをつくりたいわけではありません。ただ同じ湯船に浸かって、それぞれの居場所があれば十分です」

有名な銭湯絵師、中島盛夫氏による富士山の壁画が女湯をレトロな空間に変える

スタートアップの出口戦略より銭湯を選ぶ

 関根氏のキャリアは、まったく違った道から始まった。20代半ばでフィンテック・スタートアップのペイミーに入社し、最初はカスタマーサポートを担当したが、すぐに幅広い業務を担当するようになり、やがて取締役COOに就任。急速にマネジメントのノウハウを身に付けた。成長企業の制約の中で、突然、会社の方向性を決めるだけでなく、全員が素早く現実的に動けるよう切り盛りする役割を担うこととなった。

 この経験は、将来の目標について疑問を持つきっかけにもなった。ベンチャーキャピタルの支援を受けるスタートアップの多くがそうであるように、ペイミーも、買収にしろ上場にしろ「出口」を目指して進んでいた。その理屈は理解できるが、関根氏は次第に、その最終目標に関心を持てなくなっていた。「本当にこれが人生を捧げたいと思うことだろうか」と考えたという。

 ある難航した会議の後、関根氏は銭湯に行き、見知らぬ高齢の女性と20分ほど、天気のこと、近隣地域のこと、廃業した別の銭湯のことなどを話した。たわいのない会話だったが、それにこそ意味があった。「もう長い間、何ということのない時間を過ごしていませんでした。特に目的もなく、このようなゆったりした時間を過ごすことで、次の日も頑張れそうな気持ちになりました」

 浴室を出たときには、銭湯を経営したいと心に決めていた。会社を辞めた後は、いざという時の代案も考えずに銭湯業界に飛び込んだ。それでも、スタートアップ時代の経験は、今も彼女の経営スタイルに影響を与えている。特に、スタートアップのようにミッションを壮大に掲げるのではなく、シンプルにするのが好みだ。「私たちは銭湯を運営する会社ですし、それが私たちの仕事です」。その周辺にコミュニティや地域のつながりが生まれるとしたら、それは作り出すものではなく、自然に生まれてくるべきものだと関根氏は考えている。

「小杉湯原宿」は、都内有数のファッション街の中心にある商業施設、東急プラザ原宿「ハラカド」の地階にある Photo: courtesy of 東急プラザ原宿「ハラカド」 

原宿にある普通の銭湯

 ファッションと若者文化の中心地として多くの人が訪れる原宿で、新しい商業施設の中に入浴施設「小杉湯原宿」を作ることになった時、はやりの施設を真似たりしないと関根氏は決めていた。サウナが人気だからという理由だけでサウナを作ることも、外国人観光客向けのいわゆる「日本文化体験」のために意匠を凝らすこともない。「銭湯のような何かを作るのであれば、他の誰かでもできるでしょう。私が作りたかったのは普通の銭湯です」

 それはつまり、入浴料を東京都が定める公衆浴場料金に合わせ、目新しさよりも地域の常連客を優先するということだ。さらに、原宿という立地に対する固定観念に抵抗することでもあった。このエリアを訪れる外国人観光客は多いが、関根氏によると外国からの客はごくわずかで、自ら小杉湯原宿について調べて一人か二人で訪れる人が多いという。日本の入浴施設では刺青(タトゥー)に関する方針はまちまちだが、ここでは入浴を認めている。しかし、あえて「タトゥーフレンドリー」な施設であることを前面に押し出したりはしない。関根氏は「『タトゥーOK』と言った時点で、刺青のある人とない人の間に線引きすることになりますから」と言う。

 この施設の成功を何よりもはっきりと示すのは、地域住民や原宿で長年働く人たちが常連客になっていることだろう。この銭湯を通じてだけの知り合いで、たまに一杯飲んでからそれぞれ帰路につく客もいる。何人かのスタッフは近所に引っ越してきて、近くの飲食店や町中でばったり客に会うこともある。関根氏は「原宿のような場所で、そのような地元感覚を生み出せるとは思ってもみませんでした」と語る。

入浴エリア入口の下足箱は銭湯エチケットのはじめの一歩だ。簡単な手順とお互いへの配慮で成り立つ共有空間へ客を迎え入れる

経済的に持続可能な日常とは

 小杉湯原宿を運営する株式会社ゆあそびにとって、都内の一等地で手頃な入浴料を守り続けるのは、そう簡単なことではない。入浴料だけで得られる収益には限界があるため、企業とのパートナーシップが、ビジネスモデルにおいてもう一つの重要な要素となっている。花王、パナソニック、サッポロビール、富士フイルムなどの企業と協業し、パートナー契約とプロモーションを通じて銭湯の経営が成り立っている。他にも任天堂「花札」とのコラボレーションや、メディアパートナーとしてニッポン放送と協業するなど、多様な取組が生まれてきた。

 難しいのは、銭湯を支える資金によって、人々が銭湯に求めているものを台無しにしないようにすることだという。「原宿ではすでに至る所に広告や看板があります。ここへ来ても周りが広告だらけだったら、それは私たちが守ろうとしているものではありません」

 そこで、短期間で入れ替わるブランド広告にスペースを貸すのではなく、この場所の日常的なリズムになじむ形での協業を促している。関根氏は富士フイルムを例に挙げる。新たに加わった富士フイルムの存在は、デジタル写真をプリントして形あるモノに変える楽しさと自然に結びついている。これは、ほとんどの家庭に風呂がある時代に、銭湯が公衆浴場の価値の再発見を提案するのと同じである。最も強力なパートナーシップは、数日ではなく数十年先を見据えて文化について考える企業との間に生まれるという。

 営業時間もこの理念に基づき決定した。最初から最大限の集客を見込むのではなく、当初は営業時間を制限し、さらに原宿周辺で暮らす人や働く人のみが利用できる期間を設けた。開店当初の注目から混雑が起きる前に、スタッフにルーティンを確立してほしいと考えたためだ。目新しさが薄れると、常連客が残った。

関根氏は、日常生活の中に特に目的のない時間という余裕を生み出すことが重要だと話す

東京に余裕を生み出す

 関根氏は、自分が育ったこの街に複雑な思いを抱いている。東京には多くの機会があるが、選択肢が多い分、何でもない時間を持つ余裕が足りないと感じている。母親になってから、何も特別なことのない数日を作り出すことの難しさを痛感している。

 それが、より身近な銭湯に存続してほしいと願う理由の一つである。自宅では入浴もやるべきことの一つになる場合がある。銭湯では、見知らぬ人同士が譲り合って場所を空け、使ったものを元の場所へ戻し、ちょっとした気遣いで保たれる空間の一員となる。「ここへは一人で来ても一人ではありません。顔見知りがいても、話をしなければいけないわけではありません」

 それこそが銭湯が文化たるゆえんだと関根氏は考える。人々がただ一緒に入浴するからではなく、空間の分かち合い方に人々を取り巻く社会のあり方が見えるから文化なのだ。彼女が長期的に目指す目標の一つは、いつか海外で公衆浴場の可能性を模索することである。パリやニューヨークといった都市で、決して日本の銭湯をそのままコピーするのではなく、その土地の文化を反映した公衆衛生の場にしたいという。

 当面の目標はもっとシンプルだ。人々がしばし自分の役割から離れ、他の人々と空間を共有し、来たときより少し良い気持ちになって帰れる場所を守ることである。

関根江里子

株式会社ゆあそび代表取締役社長。1995年上海生まれ、東京育ち。慶應義塾大学経済学部を卒業し、2020年にフィンテック企業のペイミーに入社、同年に取締役COOに就任した。2022年に銭湯経営を志してフィンテック業界を離れ、高円寺の老舗銭湯、小杉湯に入社し、後に副社長に就任。小杉湯原宿の開発を主導し、2024年4月に同店をオープン、同年10月にこの施設を運営する株式会社ゆあそびを設立。Forbes JAPAN 30 UNDER 30 2025を受賞した。

株式会社ゆあそび

https://kosugiyu-harajuku.jp/

取材・文/リサ・ワリン
写真/井上勝也
翻訳/伊豆原弓