宇宙に熱を放出して、東京を涼しく

熱を宇宙へ逃がす仕組みは、SFではなくシンプルな物理学
後にSPACECOOLの画期的なテクノロジーへとつながる末光氏の研究は、京都大学の大学院生時代に始まった。フォトニック結晶に関する研究が権威ある科学誌『Nature』に掲載されたのを機に、彼は放射冷却素材の開発に注力するようになった。この技術の実用化の可能性を見いだした末光氏は、2017年にSPACECOOLの開発に乗り出し、2021年に事業化に向けたスタートアップとしてSPACECOOL株式会社を創業した。
「私はエネルギー業界で働きながら京都で研究していました。おそらくこの組み合わせがSPACECOOLを着想するきっかけになったと思います。私はエネルギー業界での仕事を通して、多くの人々に手頃な価格で十分なエネルギーを供給することの難しさを痛感しました。その一方で、研究内容を現実世界の問題にうまく応用すれば、実際にインパクトを生み出せることもわかりました。そして日本の夏の暑さ対策というテーマが思い浮かび、フォトニクス(光工学)研究の経験から、解決策の一つとして放射冷却素材にたどり着きました」と末光氏は説明する。
SPACECOOLの素材と聞くと、SF小説に出てくるテクノロジーのような響きだが、実際にはシンプルな科学原理に基づいている。地球の表面は、赤外線放射という形で絶え間なく宇宙に熱を放出している。晴れた夜が涼しいのはこのためだ。暑い昼間には、太陽光の熱量が地球から放射される赤外線のエネルギー量を上回るため、地表が熱せられる。建物では、この熱が屋根や壁を通じて伝わって、室内温度を上昇させる。

このような温度上昇への対策としては、強力な空調設備が用いられている。だが、この方法は経済面と環境面のコストを伴う。「私たちのアプローチは、建物が熱くなる前にできるだけ熱を放出するというものです。SPACECOOLの粘着剤付きフィルムやマグネットシートを表面に貼ることで、赤外線の大部分が大気圏を抜けて宇宙に放出されます」と末光氏は語る。
これにより、建物やその他の構造物の内部温度を大幅に下げることができる。さらに、放射冷却素材は光を反射すると同時に赤外線として熱を放射するため、アルミニウムの遮熱材など、太陽光を反射する一方でかなりの熱を吸収・伝導する遮熱対策と比べて、優れた効果を発揮する。そして高度な機械や電力を使わずに機能することから、エネルギー使用量が抑えられ、光熱費も削減できる。
気候変動へのレジリエンス強化と災害対応を主導
研究段階からスタートアップを経て、事業として自立するまでの過程で、SPACECOOLは官民の幅広い機関と連携してきた。中でも重要なパートナーが東京都である。「東京都との連携の何が素晴らしいかといえば、一つは都が革新的なスタートアップを熱心に支援していること。もう一つは求める基準が非常に高いことです。当社のテクノロジーが実現しうるメリットはもちろん、当社の事業についても、財務面の実現可能性や環境面の持続可能性という観点で徹底的に審査されました」と末光氏は話す。
2025年9月、SPACECOOLは東京都と連携し、東京2025世界陸上競技選手権大会(東京2025世界陸上)に放射冷却テントを提供した。末光氏は「大変興味深い経験でした。世界中から集まった一流アスリートが、テントの中で準備や着替えをし、競技後に休憩していました。コーチや選手の皆さんから多くの好意的な声が寄せられただけでなく、体温を下げたり暑さに起因する障害を防止したりする上で、SPACECOOLのテントがどのように役立つかを実証する豊富なデータも得られました」と語る。

SPACECOOLにこのような機会をもたらしたのは、最先端テクノロジーによる持続可能な都市の実現を目指すグローバルイノベーションカンファレンス、SusHi Tech Tokyo 2025の官民協働PITCHでの優勝だ。「この種のイベントは私たちの業界にとって非常に重要です。実に多様なイノベーターたちが、潜在的な顧客や投資家と共に一堂に会します。こうした交流を通して、驚くほど多くの新たなアイデアや協働プロジェクトが生まれます。自分たちのテクノロジーが持つ、それまで想像もしなかった可能性に気づくこともあるのです」と末光氏は指摘する。
2026年7月に熊本県でマグニチュード7.1の地震が発生した際、東京都による災害支援活動の一環として、東京2025世界陸上で使用したSPACECOOLのテントが被災地にて活用された。テントは夏の猛暑の中で、避難生活を送る人々を暑さから守ることに貢献した。
「世界陸上の会場で当社のテントを見たときは、もちろん胸が躍りました。しかし本当にやりがいを感じたのは、トップアスリートから集めたデータを生かして、助けを必要とする人々を支援できたときでした」と末光氏は話す。
より涼しい未来に向けた協業
猛暑対策の分野では、世界各国の都市が新しいアイデアを求めて東京に注目している。こうした世界との結びつきは、SPACECOOLが海外進出の可能性を探るきっかけになった。タイでは、「Honda Engineering Asian Co., Ltd.(EGAS)」の工場屋根に、同社の放射冷却シートが使用されている。サウジアラビアでは、このテクノロジーを建設作業員の住環境の改善に活用することが検討されている。アラブ首長国連邦の「エミレーツ・パレス・マンダリン・ホテル」では、テニスコートのテント屋根としてSPACECOOLを採用したところ、空調設備を使用せずに、コートを利用できる時間が大幅に延びた。
冷却テクノロジーの最も意外な用途の一つが農業だ。末光氏は微笑みながら話す。「私は知らなかったのですが、豚は暑いと食欲が落ちてしまい、十分に体重が増えません。そのため夏場は豚肉の価格が跳ね上がります。ある農家の方が、私たちの冷却テクノロジーを豚舎に導入したらどうなるかを試してみました。大満足の結果が出ました。豚が元気に大きく育ち、出荷時の利益が格段に増えたのです」

東京の人々の日常生活をより良いものにするために、SPACECOOLはさらなる取組を進めている。2024年には東京都交通局と連携し、都営バス品川自動車営業所で空調設備が使用する電力の低減を目指した。対象をバス停留所にも広げ、都営バスの車両2台の天面には放射冷却シートを取り付けた。また世田谷区の小学校2校は、体育館の室温を下げるためにSPACECOOLテクノロジーを使用した。

温暖化が進む中、世界は数々の課題に直面しているが、末光氏は未来に希望を持ち続けている。父親でもある末光氏は、週末にボランティアで子ども向けに科学教室を開いている。「2025年の大阪・関西万博では、ある小学生がSPACECOOLにとても興味を持って、放射冷却を夏休みの自由研究のテーマにしたとのことです」
「私たちは気候変動にもしなやかに対処できると確信しています」と末光氏は続ける。「そのために必要なのは、力を合わせて新たな適応方法を見つけることです」
末光 真大
SPACECOOL株式会社
https://spacecool.jp/![]()
Sustainable High City Tech Tokyo = SusHi Tech Tokyoは、持続可能な都市を最先端のテクノロジーで実現することを目指して、世界中からスタートアップや投資家、大企業、都市、大学などが東京に集まり、未来の都市を構想・実践するグローバルイノベーションカンファレンスです。
SusHi Tech Tokyo | Sustainable High City Tech Tokyo
写真/藤島亮
翻訳/友納仁子
