日本、2050年温室ガス実質ゼロへ:識者・企業に聞く 「これからの10年が勝負」(後編)

出典元: サステナブル・ブランド ジャパン 2020年10月28日記事

前編記事: 日本、2050年温室ガス実質ゼロへ:識者・企業に聞く 「これからの10年が勝負」(前編)
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 日本が新しい経済社会への一歩を踏み出した。菅義偉首相は2020年10月26日、成長戦略の柱として「経済と環境の好循環」を掲げ、2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにすると所信表明演説で発表した。世界における脱炭素経済への移行が必須となる中、日本は、国際NGOや国内の若者の団体などから気候変動対策の早急な転換が求められてきた。これまで国の方針が定まらず、企業も再生可能エネルギーやそれに伴う事業への転換に遅れるなどの課題を抱えてきた。将来世代の未来を左右し、日本経済の転換点となり得る今回の決定。具体策に注目が集まる中、識者や企業に話を聞いた。
日本、2050年温室ガス実質ゼロへ:識者・企業に聞く 「これからの10年が勝負」(後編)



これからの10年が勝負に 産業界でも本来の挑戦が始まる

古野 真

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 気候変動に関するアジア投資家グループ(Asia Investor Group on Climate Change)プロジェクトマネージャー 、『ThinkESG.jp』編集長

 日本が2050年までにCO2排出量実質ゼロを目指すと発表したことは、地球にとっても、また気候変動に対する野心的な行動から恩恵を受ける日本企業にとっても素晴らしいニュースだ。 投資家は、2030年のエネルギーと温室効果ガス排出削減目標を更新したことを皮切りに、日本経済の脱炭素化へのスムーズな移行を促すような、近い将来の具体的な施策にも注目している。

 日本が脱炭素へ舵を切ることで現在、アジアの三大経済国、日本、中国、韓国は、今世紀半ばまたはそれに近い時期に炭素排出量実質ゼロを達成するという明確な目標を掲げている。これは世界的に見ても重要なシグナルであり、取引先の政策やサプライチェーンの需要がゼロエミッションへとシフトしていく中で、気候変動対策に遅れをとっている企業や他のアジア諸国は競争上不利な立場に置かれることになる。サプライチェーンの多元化においても、相手国の脱炭素化もカギになるだろう。

 政府がようやく脱炭素化を成長戦略として位置付けたことは、産業界、資本市場、そして国際社会の日本に対する期待に応える形で、スタートラインに並ぶことを示す。長期目標を立てたところから、本来の挑戦が始まるだろう。今後の10年間が勝負で、2050年までにCO2ゼロを目指す場合、2030年までに現在の排出量の半減が中期目標となる。あらゆる方策がある中、市民セクターや若者世代を含む幅広いステークホルダーを交えた議論と明確な道筋を期待したい。


投融資が脱炭素に進む、仕組みづくりを 日本企業のイノベーションに期待

吉高まり

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 三菱UFJリサーチ&コンサルティング 経営企画部副部長 プリンシパル・サステナビリティ・ストラテジスト

 先進国においては、欧州が脱炭素経済移行に大きく舵を切り、米国の民間セクターや自治体、中国政府等も積極的に取り組んでいる。菅首相が所信表明演説の中で、「宣言」という形で発信したことは、内外への公約と言え、脱炭素経済への移行に向けた英断だ。特に、米国大統領選挙前に打ち出せたことは、どちらの候補者が勝っても、日本の立場が揺らがないという点で国際的に意義がある。

 金融機関においては、リスク管理としての座礁資産(市場や社会環境の激変によって価格が大幅に下落する資産)の解消が急速に進むと同時に、クリーンエネルギー、温室効果ガス削減産業市場への資金導入のゴーサインとなる。ESG投資では気候変動が重視されているが、これは株式市場が主流。欧州では中央銀行(ECB)が、企業の発行するグリーンボンドを購入しており、さらに、グリーン国債、グリーン・リンクト・ローンなどでさらに、気候変動に関連した事業に資金が流れている。気候変動が金融を動かしており、このような動きが国内でも出てくるだろう。三菱UFJフィナンシャルグループも2030年度までにサステナブルファイナンスを20兆円という目標を掲げ、気候変動に関するファイナンスをさらに加速させる。

 日本がグリーン・リカバリーを果たし、経済面で復興していくには、金融業界がさらに動きやすくなるよう、具体的な規制緩和や公的資金の導入などの政策が掲げられる必要がある。また、カーボンプライシング(炭素の価格付け)が重要だ。投融資が脱炭素の方向に進むためにはアセットをきちんと金銭価値化する仕組みがなければならない。欧米では、CO2排出に関するプライシングのデータが蓄積されており、金融機関がアセットの価値を算定してきた歴史がある。しかし、日本にはそれがなく、これでは日本企業の価値が測れない。

 注目しているのは、2年後に決まるエネルギーミックス(電源構成)の計画、具体的なトランジションのシナリオと、2050年の産業構造のあるべき姿。特に、産業の自家発電の脱炭素化、少子高齢化が進むことによる分散化したエネルギー需給構造などだ。

 日本は、新型コロナウイルス感染症の影響が先進国に比べると低く、激甚災害からのリカバリー力が高い。一方、資源は少ない。そのような国がどのように脱炭素社会をつくれるのかという点では世界的なモデルになれるのではないだろうか。なぜなら、そのような国は自立した強靭な国となり得るし、そのようなモデルを求める国はアジアには多いからだ。日本の企業はこれまでもさまざまな困難を乗り越え、新たな経済を築いてきた。モデル国になるようなイノベーションを起こすことを日本企業に期待する。

箕輪 弥生 (みのわ・やよい )

 環境ライター・ジャーナリスト、NPO法人「そらべあ基金」理事。東京の下町生まれ、立教大学卒。広告代理店を経てマーケティングプランナーとして独立。その後、持続可能なビジネスや社会の仕組み、生態系への関心がつのり環境分野へシフト。自然エネルギーや循環型ライフスタイルなどを中心に、幅広く環境関連の記事や書籍の執筆、編集を行う。著書に「エネルギーシフトに向けて 節電・省エネの知恵123」「環境生活のススメ」(飛鳥新社)「LOHASで行こう!」(ソニーマガジンズ)ほか。自身も雨水や太陽熱、自然素材を使ったエコハウスに住む